第12話 落ちてたたぬき

 朝早く町を出る、面倒だが徒歩だ。


 地図上でいくつか選んだ候補地は、周辺の情報で気候や地形を類推した場所。なにせ、魔素が強い場所は魔物も強くて、人が入っていけない。地図上では空白地帯なので、実際に行かないとどうなっているかわからない。


 魔素溜まりやそばにいる強い魔物の影響で、地形も気候も周囲と大幅に変わっている可能性も高いのだ。ひどいと10メートル歩かずに雪景色から灼熱に変わることもあるとか。


 魔物から姿や気配を消す魔道具を使用し、街道を外れて林にわけいる。町の周辺にも弱いとはいえ魔物はいる。道がないがそこそこ歩きやすい地形は、やがて人を拒むようなものに変わる。


 魔物、乗せてくれそうな魔物はいないか? デカイ兎がいるが、乗り心地最悪な気しかしない。ゴブリンっぽいのもパス。


 ヘイ、そこの狼! 魔物だね? 俺を乗せてかない?


 人目の届かない程よく町から離れた場所、その辺にいた大きな狼を捕まえ、魔道具の首輪――従魔じゅうまの枷と一般的には言われる布の首輪バージョンをはめる。


「……っ!?」


 すみませんね、いきなり失礼しますよ。姿を見せて頼むんじゃ、絶対抵抗されるし。


 従魔になったことで、俺の姿が見えるようになった狼がちょっとパニック気味だが、諦めてもらおう。 


 すごく不本意そうな狼に乗って移動。不本意そうだが、とても足が速くて素晴らしい。実は名のある魔物ですか? ごめんね、詳しくなくて。


 作った魔道具、素材の関係で一級品とはいえないが、狼くんが強くても付与し続けるという力技でねじ伏せている。ただ、これを続けると魔道具が物理的に保たないと思うのでちゃっちゃと行きたい。


 そういうわけで大きな狼に乗って目標地点の周囲をうろつく。


 第一候補の魔素溜まりのそば。毒霧毒沼状態で見た目の環境がよろしくないので却下。四季どころか、ずっとぺったり毒霧で視界がないだろこれ。好んで近づきません。


 次。


 魔素の弱い人の住む土地は見慣れた地形や植生だったが、魔素の濃い土地は影響を受けて随分変わっている。奇岩の地、水墨画の世界のような地、霧の中に点在する湖沼、湿地、鏡のような湖、何故か一面の麦畑など。


 これ、寝てる間に俺と聖女の知識というかイメージから適当に反映されてるのではないかという疑惑。


 とにかく魔素の濃い場所はどうなっているかわからない。普通、普通の畑に良さそうな土地はどこだ?


 候補の土地は諦めて、魔素が濃そうなところを片っ端から見てゆく。見た目からしてあれなんで、大半が走り抜けるだけだが。


 狼くん、なんか棲んでるとこは避けてくれ。見た目狼、犬科なんだから鼻が利くだろう?


 というか、見かけた魔物が避けていくんだが、強い魔物なのかい狼くん? なんで人間の生活域から出てすぐのとこにいたんだ? もしかして町の襲撃予定を邪魔したか?


 荒涼としたオレンジ色の岩の砂漠みたいなとこ。パス。


 触手好きが喜びそうな植生のとこ。パスだが、採取。


 どんよりじめっとしてるとこ。パスだが、水を含んだ黒い土と苔を採取。


 シンプルに岩山。パスだが、建材採取。


 腐葉土ならぬ腐敗した土が広がる場所。パスだが、頭を半分突っ込んで行き倒れてたたぬきを拾う。


 なんでこんなところにたぬき? 魔物なんだろうけど無駄に丸いなお前。丸さに免じて助けてやろう。


 毛が多くてぱっと見怪我はないが、よく見ると血で毛がぺしょっとしているところがある。『回復薬』――は、魔物にも効くが、同時にダメージも与える。なのでまず、狼くんと同じ従魔の首輪をつけて、『よきもの』が害にならないようにする。


 ……従魔の首輪を使ってしまったので、帰りの足がなくなることが決定したが仕方がない。だって丸いんだもん。いいよ、いっそ魔素溜まりにしばらくこもって生産するから。たぬきだってきっと薬草採取くらいはできるだろ。たぶん。


 狼くんが「マジかよ……っ!?」みたいな顔で見てくるが、たぬきは元気になるし、俺にとっては労働力だし、お互い悪くないはず。たぬきが死にたがってるとかじゃなければだが。


 普通のたぬきみたいにあちこち齧ったりしないよな? マーキングも勘弁してください。たぬきは叱ると虐待された! みたいにとるから躾できないって聞くけど。まあ、労働が無理だったら時々腹や尻をむにむにさせてもらえればよしとする。


 とりあえず『回復薬』をかけて傷を治し、タオルに包んでシュラフローブの入った鞄に入れる。顔も尻尾もはみだしとるが、まあ、返って息苦しくなくていいだろう。ちょっと愉快な姿になっとる気がするのはしょうがない。


 途中川を見つけたので水を汲み、浄水濾過の魔道具――限りなくしゅこしゅこポンプな見た目――でもって綺麗にし、たぬきを洗う。


 しょぼしょぼしてるたぬきをタオルドライして――ああ、【魔法使い】は火と闇だし、火魔法で乾燥いけるか?


 いや、付与魔法でいいのか。ふくふくに……ならないな? お前、『回復薬』ききが悪いな、まだ血が出てるのか?


 なんか傷が塞がらないとか、特殊な付与ついた武器とかで斬られたオチじゃないよね? 


 とりあえず【聖者】の弱弱しい回復魔法をかける俺。

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