第10話 旅立ち
マディから贈られた鞄はやはりたくさん入った。空間切り替え6つ、鞄の口より大きなものは入れられないが便利である。
この鞄はお高い物。コンテン老師が連れてきただけあって、マディはいい【付与者】だ。アリサのそばにいると敵視してきたり、そうかと思えばこうして後輩の世話を焼く。けっこう単純でいいやつ。
1つ目の空間はウルトラスリムダウン、隙間に魔物を使役するための首輪、そして結界のための魔道具など。あまり見られたくないお高い物。
2つ目にアリサに贈られた道具類など、腰を落ち着けて使うもの。
3つ目にタープ、ランプ代わりになる水晶、鍋や食器、虫除け。野営の道具類だな。
4つ目に調味料と缶詰とレトルト。回復薬やあの不味い黒い木の実。
5つ目に、水筒と、4つ目と同じく食材。こっちはチーズとかナッツとか旅人が食っててもおかしくないもの。
6つ目に着替えと財布、町中で使いそうなもの。
首輪はやわらかな組紐で作った。どうも街中や街道で見かける使役獣の金属の枷は好かない。効果は同じなのでただの欺瞞ではあるけれど。
用意した魔道具は、一般的な旅で使いそうな普通の魔道具。そして、一般的でない、お高い魔道具数点。
魔素の濃い場所まで連れていってもらう魔物の使役用の首輪が2つ、気配を消すための魔道具、結界の魔道具、一回使い切りの移動用の魔道具が2つ。
この町でたまに扱われるものとしてはだいぶ強力な魔道具だが、一級品というほどではない。アリサをして、一年では素材が集まらなかったのもあるが、お金がね? いい素材は高いんで。
俺が使う分には、魔素を流し続けて一級品の性能まで一時的に引き上げることが可能なので、数を用意した次第。まあ、いざとなったら魔法を使用します。
魔道具が作れるってことは、その系統の付与ができるってことなので。なんというか、俺が習得した付与の種類って、すごく偏ってる。力が強いもんだから、強引に覚えることができた。
正しくは、力が強いので町にいる時間がなくって、引っ越しに必要そうな付与を急いで詰め込んだ。必要な魔法を練習したせいで魔素を吸ってしまった気もしなくもない。
うん、必要なことだったんですよ……っ!
で、旅立ちの朝。
とりあえず旅の初めは借りた馬に乗って。馬といっても魔物だが。
借りた馬にも使役するために枷がついている。生捕にしてくるのは【勇者】や【魔法使い】【聖者】だが、人を襲わぬよう付けたモノに【聖痕】に似た効果を与える枷を作るのは【付与者】だ。
なお、乗馬は初めてである。
コンテン老師たちとの旅は、素材集めでもあったので街道から離れがちな上、徒歩だった。
車やバイクの類は、付与の難しさと道の整備の関係で廃れている。大きな町ではとてもとてもクラシックな、初期の車みたいなのならあるみたい?
貸し馬、借りるのは割と高額で、目的地について馬を返したら料金を差し引いて金が戻ってくる仕組み。使役の枷がついてるし、返さないと脱走して大抵は元の店に戻るので、真面目に返却しないと損するだけだ。
行き先の町には移動用の魔法陣があるので、馬の旅は2日半くらい。借りた馬は世紀末覇王が乗る馬みたいな顔してるが、貸し馬屋で一番大人しい乗りやすい馬を頼んだらコイツだった。
姿に似合わず、乗ってしまえばあとはお任せで、乗り心地も悪くない。町と町の間の決まった街道を行き来しているので、馬の方が道に詳しい。
休憩ポイントまで馬任せで、馬が止まったところで降りて、街道から通行の邪魔にならない林? 森? に分け入り、休憩である。
馬のお気に入りポイントであるらしく、草をむしゃむしゃしている。たぶん街道沿いの中では魔素が濃いのか?
魔物のいいところは、あまり餌のコストがかからないこと。普段の食事は少量で、定期的に魔素の濃い場所に放つと勝手に補充してくる。
草を堪能している馬を眺めながら、俺も水分と栄養補給。水とチーズと不味い黒い実。
携帯用コンロも持ってきたんだが、面倒が勝った。というか、馬。お前、この休憩場所、馬用だな?
下調べの時、小川がある場所が休憩場所として上がってたの見たぞ? まあいいけど。
街道には魔物避けの結界の付与が施されている。入れるのは人間と、普通の動物、使役の魔道具をつけられているモノだ。
予算の都合か人員の都合か、結界には強弱や種類――弾くタイプのもとか、魔物が嫌がるタイプとか――があるが、基本空飛ぶ使役魔も街道の上をいくのは他の魔物を避けるためである。
この街道は、左右に広めに魔物避けが広がっているはずだが――コラ、馬! 小さいけど魔物出たじゃないか! ここ結界から外れてるだろ!
「ぶふっん!」
鼻を鳴らしながら、でかい蹄で魔物を踏み潰す馬。
……まあ、自己責任で解決してくれるならいいか。
夜はタープを張り、鎖のついた水晶を吊るす。水晶は灯りの魔道具で、2メートル四方ほどを柔らかく照らす。
携帯用コンロで湯を沸かし、飯を食う。メスティンみたいなので、ご飯を炊いてレトルトの牛丼をかける。牛丼というか魔物肉丼だが、牛に近い味だ。脂がくどいが、まあまあ。
変化前を基準にするならダメな感じだが、変化後基準のまあまあ。使える食材や調味料が限られる中で、味を追求するのはさすが日本人。
ウルトラスリムダウンな魔道具にくるまって眠る。一応、街道の結界内であるし、周囲の警戒は馬がしてくれると聞いている。――自作の結界魔道具は使うが。
馬は元気よく結界外に出かけていった。周囲の警戒とは?
翌日朝。起きたら黒魔術の儀式みたいにタープの周りに魔物の部位が取り囲んでた。どうやら馬が戦利品を持ってきたらしい。くれるのか?
そんなこんなで最初の目的地に到着。
「ええっ! 覇王……っ!? ちょ、ちょ、待て! 俺じゃ扱えない!」
貸し馬屋に馬を返しに行ったらこの反応である。もしかしなくても、騙されたのか俺。絶対大人しい馬じゃなかったな?
まあだが、魔物の素材ももらったし。貸し馬屋で、馬と仲良くなるための干し葡萄を買って馬にもぐもぐさせる。
腰の引けた店員が、同じくおっかなびっくりな感じの店員を連れてきた。
金を返してもらい、馬を見送る。曳いてゆく店員がものすごくびくついている。馬、ちゃんと魔道具ついてるよな?
人間への敵意と攻撃衝動を抑えるためのものであって、完全に隷属させるようなものではないはずなんで、もともとの性格だろうか。
町で必要な物を買い足し、町同士を結ぶ魔法陣での移動の時間を確認し、予約を取る。一泊して、翌日には目的の魔素溜まりに近い町に移動。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます