第9話 旅の用意

 宿に帰って、ベッドの上で本を広げる。全体地図、その後に今の大きな地方の括り、都市単位で載っており、それぞれの簡単な特色が書いてある。よく眺めている本だ。


 変化前の大きな都市はそのまま残っているものも多い。地図上で名前を確認しただけで、行ってないが。


 ファンタジーな世界に変わったのに、上野とか名古屋とかあるぞ。都市ごと魔素に飲み込まれてるところもあるそうだが。梅田駅ダンジョンは本物のダンジョンになった模様。


 今いる場所は関東某所の変化後にできた新しい町。地形が変わってるので、はっきり元はこの辺とは言えない。そもそも都道府県の場所、自分の住んでる近隣以外は変化前からうろ覚えだしな。


 とりあえず二人に聞いたラーダの町を探してチェック。町の方はフラフラしたくなったら引っ越しすればいいし、とりあえずここは決定。


 で、問題の外はどうしよう? 


 魔人の支配域、人の支配域。俺の場合、面倒がないのは魔人の支配域寄りな気がする。寄ってきた魔物は倒しても文句は出ないだろうが、人の支配域で魔物を倒したり、魔物を寄せない結界なんか使ってると手伝えとか言われそうだし。


 濃い魔素の土地や魔人が支配している土地は、地図に空白が多く情報量が少ない。とりあえずはっきりした魔人のいるところは避けつつ、魔素が濃いのはこのへんか。


 魔素が濃ければばんばん付与魔法が使えるし――その前に俺がいて、ばんばん魔素を出してても吸ってても平気。人目がないって素晴らしい!


 うん、とりあえずは。


 移動はどうしようかな。速さを求める正当な手段は、金を払って馬系か鳥系の使い魔に運んでもらうこと。ただ、俺が望む地点には運んでもらえない。非常時はともかく、街道かその上を飛ぶルートのみ。


 まあ、これで行けるところまで行って、あとは乗れそうな魔獣を捕まえる方向か。もしくはすでに従魔となってる魔馬とかを買うか。


 一応、魔物を使役するための魔道具は作ってあるが、さて?


 道具屋により旅立ちの挨拶をする。


 明日出発予定だが、朝早い予定なので。宿屋暮らしだし、道具の類は借りている物だしで、ほとんど思い立ったが吉日。身軽なものだ。


「これはマディからよ。そこの棚のものは私から、確認なさい」

「ありがとうございます」


 マディからの餞別は肩掛け鞄。マディは道具屋の倉庫を作った【付与者】と同じ系統で、空間付与の類が得意。おそらく鞄は見た目の何倍かが入る魔道具だ。


 道具屋で数回顔を合わせただけの俺に対して、大盤振る舞いな気がするが、コンテン老師が拾ってきた後輩へのはなむけだろう。俺ももし後輩ができたら何かやろう。


「マディからの鞄、アナタには意味がなさそうだけれど」

「いえ、嬉しいです。普段はこちらの方が使い勝手はよさそうですし」


 一年前から魔素の濃い場所に家を造ることは決定している。魔素の濃い場所に人がいないのもわかっている。


 家を造る素材を運ぶ手段として、魔法を習得した。道具に付与するんじゃなく、【補助魔法使い】として使う感じだな。


 空間魔法は【付与者】の管轄である。道具という物に働きかける代わり、空間に働きかける高度な――聖女のイメージのせいですね。わかります。


 魔法と魔道具、何が違うかというと安定性。前者は自分の魔力――任意で放出できる魔素のこと――を使う。魔道具では造る時に使うけど、作動は周囲にある魔素で問題ない。


 問題ないというか、問題ないレベルのものしか持ち込まないのがお約束。


 魔法は術式の如きモノを止めておくのが大変っぽく、ずっと効果を継続させておくのは難しいらしい。なので、普通の【補助魔法使い】が使う魔法は一時的な強化とか能力の上昇とか。すみませんね、魔力ほぼ無尽蔵で。


 ついでに空間うんぬんは五属性以上を持っていないと使えないらしい。すみませんね、全属性ぶちこんでるんで。


 街中では集められる魔素が少なく、減ってゆく分の補充というか回復が間に合いそうにないんで使えんのだけど。


 なお、魔道具を作るには素材がバカ高い。なので早々に諦めたのだが、マディから貰ってしまった。いいヤツである。


 アリサからは返却した『回復薬』を作る道具より、コンパクトな一式。旅の途中で生産して路銀を稼げってことだな?


 もう一つ、ウルトラライトダウンのロングコートみたいな魔道具。温度調整でもついて――いや、これ地面との間に空気を確保する効果?


「それはアナタの前に道具屋ここから巣立った、【付与者】から後輩への餞別。外で寝るのが嫌いな子だったわ」


 なるほど、地面に寝てもゴツゴツせずに快適、ウレタンマットとシュラフの代わりってとこか。外で寝るのが好きなヤツなんているのか? ああ、コンテン老師たちは地面に直寝でしたね……。


 そしてやはり、コンテン老師が拾ってきた【付与者】は全員この町の外に出ている様子。


 まだ見ぬ先輩、少なくとも倉庫分マディを除いて7人いるわけだ。あまり他人に興味がなかったので深く聞かなかったが、ここにきて聞いておけばよかったかとちょっと思っている。


 やはり急足で町を出なくてはならないこの状態、追い出されるように感じて寂しいと思う気持ちがあるらしい。あまり交流のなかったマディからの餞別がやたら嬉しく感じるのもそのせいか。大事に使おう。


「私への感謝はいらない。でも、落ち着いたら未来の後輩に贈る物を一つよこしなさい。縁ができた子に贈るのは止めないけれど、甘やかしは良くないからそれも一つだけだよ」


 マディに贈られた鞄に目を向けながら言うアリサ。なるほど、贈りすぎもよくない、と。


「わかった。ありがとう」


 別れの挨拶をして道具屋を出る。


 日持ちのしそうな道中食と、あの黒い渋い実などを買い足して宿屋に戻る。アリサに借りていたものは返したし、荷物はとても少ない。


 宿屋暮らしで増やせなかったともいう。拠点を整えたら、色々集めよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る