第6話 町

 道具屋のあるこの町は、変化以前にあった町ではなく、地形が変わった後、暮らしやすい場所に造られた新しい町。


 魔素は濃すぎず、薄すぎず。人体や物に急激な影響がない量の魔素が、程よく揺蕩たゆたう場所に作られている。


 この町の中心部の建物はだいたい4階建程度。どうやら、そのあたりの高さまで、どこからか沸いている魔素が溜まっているということのようだ。


 魔素が薄すぎると魔道具が不具合を起こすので、下の階の方が家賃は高い。魔素溜まりの高さによっては、人目の気にならない2階の方が高いこともあるそうだが。


 なお、魔素溜まりは別に盆地ではない。雲がそこに留まっているようなもので、地形は関係がない。


 この町の建物は石造が基本。


 近くに岩山があるので、そこから切り出して建材にしている。ストンとしたビルのようなもの、日本風のもの、ヨーロッパ風のものと様式は入り混じっているが、建物の多くが同じ石や素材を使っているため、統一感があり景観はなかなかいい。


 移動は大抵徒歩か、枷――使役のための魔道具をはめた魔物を利用するのだが、この町には路面電車が走っている。少なくない数の【付与師】が、朝から線路に付与して回り、維持しているものだ。


 そういうわけで町の環境は悪くない。金があれば暮らしも悪くない――が、生活基盤が安定していない俺は、安宿を取って道具屋に通っている。


 最初は最低限の安全を確保した安宿だったが、すぐに替えた。別途金を払わないとダメだけど、風呂を使える宿屋に!


 銭湯はあるのだが、毎回行くのが面倒。そしてなんというか、共同の風呂はあれだ、この時代肉体労働者が多くて、かつ野郎の衛生観念がさらに低下しててだな? 同じ野郎の俺でもちょっとぎょっとする時がある。


 勘弁してください。潔癖症ってわけでは決してないんです、魔素の中で寝て起きる前の生活が基準なんです。

 

 道具屋は素材の買取りをして、扱える【付与者】に回すこともやっている。付与の基礎を教えてもらった後は、生産のための道具を借りてアリサお勧めの『回復薬』をコンスタントに作っている。


 当然の様に素材を回してもらっているが、本当はそう簡単にツテは得られないようだ。普通は冒険者に依頼を出して採ってきてもらうとかそんな感じらしい。


 【聖痕】というのは便利で、素材を見ればどう魔素を引き出し、注ぎ、変えてやればいいか見当がつく。もちろん知識があった方が見当がつきやすいし、何ができるのか分かっていたほうが断然いい。


 その点、コンテン老師の紹介してくれた道具屋は、いい商品を扱っているので色々勉強になった。本を借りて調べたり、宿屋や入り込める場所の魔道具を見て歩いたりもしたが、知識の大部分は今のところ道具屋で仕入れたものだ。


 とりあえず金が貯まったところで、姿変えの魔道具は早々に作った。マイホームのためのものではないが、ずっと借りっぱなしというのも気持ちが悪い。


 姿は元の日本人の姿――よりはちょっと男前に。ちょっとだけです、ちょっとだけ!


「前の姿は眼福だったけど、確かにあれじゃあ普通の生活するには面倒だろうしね。アナタ、今の顔もいい男よ」

と、アリサには言われた。


 借りていた魔道具は、とても平均的なモブ顔に見えるようになっていたが、アリサの鑑定メガネの前では効果なしだったらしい。


 なので鑑定を無効にする高性能な姿変えの魔道具を作った次第。無事、鑑定メガネも欺けたようで何よりだ。お高い素材使ったからな!!!!


 せっせと『回復薬』を作り、家の候補地を地図で探し、住むのに良さげな町の情報を集める。


 町では金を稼ぎ情報を集めるため、不定期開業な道具屋でもやろうか。魔素の濃い外の家は魔道具作りとごろごろできる感じでこう――一緒にごろごろしてくれる猫でも飼おうか。犬は散歩が大変だし。


 魔素がいっぱいだし、魔物の猫になるのか? 従魔? 従魔なら生産を手伝ってくれるやつ捕まえないと。薬草の栽培とか、採取とか、掃除洗濯風呂の用意――


 準備と妄想で時はあっという間に過ぎた。


「こんにちは」

「こんにちは。納品ね?」


 カウンターに『回復薬』を並べる。瞬時に傷を治すファンタジックな薬だ。

高いんですよ、しかも消耗品。アリサが金儲けに勧めてくる訳だ。


 比較的町に近い場所で小規模な魔物の氾濫が起こり、町と冒険者ギルドに『回復薬』を安く買い上げられたが、その後に数が不足して値上がった。しばらく高止まりしていたので、予定より早く金が貯まった。


「教えて欲しいんですが――」

「やあ! アリサ、僕の美しいひと!」


 話しかけたところで、緑の巻毛のきらっきらした男が、笑顔で倉庫へ続く階段から上がってくる。


「マディ、納品は?」

対するアリサはいつもの表情、いつもの口調。


「もちろん、いつものように棚に並べておいたよ」

甘やかな声で答えるマディ。


 マディは植物系の人――見た目は、髪が緑。肌も少し緑色といえば緑色か? 程度の違い――だそうで、納品という言葉からもわかる通り【付与師】だ。


 この男もコンテン老師が拾ってきて、この道具屋に預けたらしい。アリサをずっと口説いてるが、全く相手にされていない。


 何度か道具屋ここで顔を合わせているが、毎度俺の存在はガン無視である。

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