第5話 道具屋

 道具屋の主人はアリサという、メガネのグラマラス魔女みたいな耳の先が少し尖った女性。オレンジ色っぽい茶色の髪にシルバーブルーの瞳、胸の谷間が見える黒いロングドレスと肘の上までの手袋、と言えば伝わるだろうか。


 メガネは鑑定のための魔道具のようで、見るものによって時々掛け替えている。鑑定の性能がいいものは、掛けているだけでだいぶ疲れるらしい。


 今の世界は髪も瞳の色も、見かけも様々。お約束のように獣人もいるし、やはり元とは違う。


「まずアナタのやることは、生活手段の確保と、この世界を知ること。次に早々にこの町を出てゆくこと」


「え、ひどい!」

早々に追い出す宣言!


「しょうがないのよ、アナタの【聖痕】強すぎるの。いるだけで結構な魔素を集めてしまうでしょう? 道具屋ここには強い魔素が宿るものもたくさんあるから、多少は猶予をあげられるけど」


 【聖痕】を強くしすぎた……!?


 町でのんべんだらりと生きる計画が、早々に破綻しそうなんですけど、どういうことですか? 魔王としては魔素を集めてしまうのほぼ封印してるんですよ、これでも!


「ある程度魔素の強い場所に住むか、魔素の濃い素材がたくさん持ち込まれる町に住むか――。アナタの場合、後者もちょっと危ういわねぇ……」

色っぽい流し目で見てくるアリサ。


 言ってることが色っぽくない。困る。


「人恋しくて町に住みたいなら、両方に家を持つといいわ」

「それは行き来が遠くないか?」

強い魔素のある場所は大抵強い魔物がいる場所でもあるので、町から遠い。


「いくつか魔道具を作れるようになれば可能よ。まず、魔素の濃い場所に住むために、魔物を寄せない結界の魔道具」

一つ指を折るアリサ。


 魔物が寄ってきても危険はないんだが、まあ穏便にしときたいしいるかな?


「魔素の濃い場所と町とを移動する魔道具、もしくは足の速い魔物を使役するためのかせ

さらに一つ、指が折られる。


「町に家を買う資金が貯まる、売れる商品」

3本目の指が折られる。


 3つでいいのか?


「あとは魔素の濃い場所に自力で家を建てるための魔道具や、付与の方法」

全部の指を折り曲げ、順番に開き、また折り曲げた。


「たくさん……っ!」

道が遠そうなのに、時間はなさそうである。


「大丈夫よ。アナタの【聖痕】、強いもの。とりあえず薬剤の基礎を教えるから、『回復薬』を作れるようにするといいわ。この町も冒険者は多めだし、いくらでも売れるから」


 とのこと。どうやら、「売れる商品」については直ぐのようだ。


「期限は一年ほどかしら? その間に素材は手配してあげる。でも、結界は強いほど使う素材は高いわよ。移動用の魔道具の方もね」

にっこり笑うアリサ。


「馬車馬の様に働けと……っ!」

俺ののんべんだらり! 


「何もせずに【聖痕からだ】から魔素を抜けば、弱くなるから町にいられる。でも、それじゃ生活できないでしょ?」

アリサから向けられたのは、金が稼げないでしょ? 何をするつもり? ヒモ? みたいな目です。


「……稼ぎます」


 俺ののんべんだらりは家を作ってからだ!


 アリサにまず一般的な傷薬を教わる、これは道具の扱いを学ぶのも兼ねて。危なげないとジャッジされ、すぐに『回復薬』に。


 素材が持つ魔素を『よきもの』に変えながら、物理的な加工を行う。素材の効能を引き出すには「手仕事の加工」と「付与」、両方が必要。「付与」が加工を伴う場合もある。


「器用で何よりだわ。傷薬も『回復薬』もアナタにかかれば大差がないのね」

見守っていたアリサが感心したように言う。


 差は薬草の形が違うなーくらいしか分からん。もしかしなくても大きな差があるな? さては?


 傷薬と『回復薬』の違いは、後者が瞬く間に傷が塞がること。傷薬はまあ普通、ちょっと血止めになるくらい。


 そんなこんなで馬車馬です。まあ、俺の使える魔素は多いので、そう根をつめなくても普通より量はできた。普通がよくわからんが、アリサがちょっと引いていたくらいには製造できている。


 今の世の中、個人でこつこつファンタジー的な高いものを作るか、会社勤めで物を作るか二極化しているようだ。


 例えば、一般的な傷薬程度は企業で作っている。素材も大手がまとめて買い取っているので、それ以外の出回る素材は少なく取り合いだし、作った物は買い叩かれるしで金にならないどころか、素材代で持ち出しになる。なかなか世知辛い。


 要するにあまり【付与師】として強くない場合は、企業に勤め画一的なものを作って、サラリーマンをやっていた方が安定する。それは他の【聖痕】持ちも同じこと。


 ついでに人が多いとそれだけで魔素を消費するため、周囲の魔素が薄まる。町に住む人数を制限しているところもあるそうだ。付与によって便利になり、町に人が集まれば集まるほど個人の力は弱くなる。


 外に出て魔物を狩ってくるなり、強い魔素を持つ素材に関われば別だが、安全な町から出ない人も多いようだ。


 町は便利だ。それでもやっぱり変異前より物は少ない。大量生産といっても結局は付与――魔素を害のないものに変えるため、人力作業をするしかない。家内制手工業である。


 出回る量以外の違いは、品質に【付与者】の腕があからさまに関係してくること。服がいまいちゴワゴワなのも、素材があまりよろしくないからで、いい素材が使えないのは【付与者】が弱いから。


 【付与者】だけは自重せずに強くしといてよかった。自分で服というか布は作って裁縫屋に持ち込みした。


 ちなみに着ていた魔素漬けの服は高く売れたんだけどね? これから必要になる魔道具の素材のお値段が可愛くなかったんですよ!


 俺のぐーたら生活!

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