第4話 今の世界

 魔素を含んだ素材は、【付与者】が加工して『よきもの』に変え、安全に使えるものになるらしい。


 魔物の肉も食えるそうだが、自分よりはるかに強い魔物の肉を食うと【聖痕】が魔素に負けて魔人化したりするとのこと。こっちも【付与者】が処理をしてから流通に乗せるのだそうだ。


 【付与者】は戦闘では不人気だが、どうやら食いっぱぐれはないようだ。


 が、人数が多い。【付与者】の【聖痕】持ちが突出しているわけではなく、二つ以上の聖痕持ちが結構いて、【付与者】がついてたら戦闘ではなく、生産系を選んで町にいる人が多いのだそうだ。


 山の中で2日間、蛍石拾いや、教えられつつ薬草や木の根やらの採取をして過ごした。もちろん魔物との戦いも少々、これは毎回見てただけだが。


 食い物はやたら渋い黒い小さな実、これも今回の収集物。魔素たっぷりで、3つ4つで1日活動できる優れものだそうだ。味が優れてないので御免被りたい。


 贅沢言える立場ではないので口には出さないが。でも多分顔に丸々出てる、渋い、渋いんですよ! あと野宿にはキャンプ道具が必要だと思います。切実に。


「慣れないとそうなるな」

コンテン老師にはカラカラと笑われた。


 地面に直接寝た方が、魔物の接近に気づくのに便利だそうです。無理。


 山を降り、旅する上での注意や魔物への対応、食える植物や金になる採取品を教わりつつ移動する。


 途中、俺の纏う魔素がまだ薄れないことを凄いと言われたので、ちょっとずつ封じました。隠蔽、隠蔽。


 で、町である。


 思っていたより普通だが、背の高い建物はなくなっている。平家か2階建の古屋で、瓦が板葺きに変わった感じの家が並ぶ。


 もっとファンタジー頑張れ。なんか中途半端な廃村みたいで怖い。


 俺はアオノの毛布兼用みたいなローブを借りている。容姿がね、目立つらしい。鏡を見ていないので分からんが、魔王サマは美形らしいぞ?


「ここは通り過ぎます。辺鄙な村は、場合によっては魔物の巣より危険です」


 訂正、町ではなく村でした。


「って、危険とは?」

アオノさん? まさか六部殺し的な旅人殺しが……? もしかして廃村の方がマシか?


「魔素の影響、と言いたいところですが普通の人間です。家族や同じ集落の者には優しいですが……」

言葉を濁すアオノ。


 戦いが身近になると、暴力や死が近くなる。助け合い分け合う仲間が、見殺しにする者の範囲が、手に入る物の量で決まる。


 俺が目覚めて、出会ったのがこの2人で幸運だったのだろう。俺が魔王なんでどちらの幸運かは謎だが。


「日本の自慢の治安が悪く……」

「他の国よりはるかにいいと聞きますよ。それに、本当に一部の集落ですから」

アオノが慰めてくる。


「【聖痕】を持つ人間がいきなり襲いかかってきたり、人を攫ったりは――センツイさんは気をつけたほうがよろしいかもしれませんが」

「センツイは、まずその容姿を隠す道具を手に入れたほうが良さそうだな」


 ちょっとアオノ、コンテン老師! この話の流れでそれは笑えない!


「ああ、駐在が来ます。代表者だけでいいのですが、一応センツイさんも【聖痕】を見せてくださいね」

何か言い返そうとしたところで、アオノが前を向いて言う。


 視線の先に、わかりやすいおまわりさんの格好をした男性が歩いてくる。デザインが変わっているけど、あの色と帽子、ベルトは警察官。


「あのー。駐在ですが、村を出るまで同道させてください」

「ええ、よろしくお願いします」

アオノが【聖痕】を見せながら答える。


 俺も手首の【聖痕】を見せる。なるほど、魔人は人の姿をしているし、人の出入りに警戒するのも当然か。


 駐在さんの仕事は、まずは人か魔人か見分けること、次に大袈裟にいうとよそ者の護衛兼監視らしい。村人が旅人にちょっかいかけないように、旅人が野盗の類に変わらないように。


 お互い害意がなければ平和だ。


 さらに旅して数日、目的の町じゃないけど町。


「うわ、割といい」

初遭遇の村があれだったんで、町も怖いところを想像してました。魔王だけど。 


 緑が多く、家は木と白い漆喰か、土壁、石でできている。その方が魔素と相性がいいらしい。建築にも【付与者】が関わっているのだそうだ。


 窓にはガラスと見せかけて、魔物の素材を固めたものがハマっていた。微妙に表面が柔らかくてしなる。ガラスもあるそうだが多くはない。


 瓦もちゃんとありました。ヨーロッパまでいかない、大正時代の洋館が並んでるみたいな印象。生活感があるのでメルヘンチックなテーマパークみたいとはいかないが、とりあえず町はファンタジー! 


 食い物もまあまあ普通、かみごたえのある肉が多め。住環境は少し残念、小さな虫が侵入してくるし、洗ってあるが使い古しだとわかるシーツの類、ベッドには綿の入った敷布団。


 ファンタジー混じりではあるが、なんかこう、明治大正、昭和の初期あたりに戻った? みたいな印象に変わってきた。ファンタジー、トイレに苦労したり、虫に苦労したりしない。


 で、また数日。


 ようやく目的の町につき、コンテン老師の懇意の道具屋に予定通り連れて行かれ、服と採取してきたものを売って、この町のものを買う。着心地が悪いんだが、どうにかならんか?


 買ったのは服と靴など身につけるもの、鉈みたいなのと、荷物を入れる袋。何かあってもどうにかなるように、渋い木の実。それと簡単な目眩しの魔道具。


 鏡を見せてもらったらびっくりな美形でした、魔王サマ。俺なんだけどね。俺じゃない感半端ないのだが、これは聖女のせい。


 闇属性のイメージと同じく、魔王召喚をやらかした時に聖女がイメージしていた魔王の姿がこれだった。


 もっと恐ろしくて、体が動かなくなるような圧のある姿――は想像しようとして、はっきり想像しきれなくてこれに落ち着いたようだ。なんかの小説の挿絵が元らしいぞ? 寝てる間に不覚にも俺の体として定着してしまった。


 異世界召喚されて、魔素やらに馴染んだ時間の差だな。聖女のほうが断然長い――が、これからは俺の方が長くなる。


 ここでコンテン老師とアオノとは別れ、俺の面倒は道具屋に託された。俺に【勇者】や【魔法使い】として見込みがあったなら、連れ回されたかもしれないが、俺の才能は【付与者】だ。


 二人ともこの道具屋には時々顔を出すそうなので、また会う機会はあるだろう。


 なお、道具屋からは姿変えの魔道具を貸与された。俺の容姿、そんなにアレか? 

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