第3話 基本的なことを習う

 アオノがこの世界が今どうなっているかやそれぞれの【聖痕】について、歩きながら説明してくれている。


 【聖痕】は鍛えれば――魔素を集め、強くすることもできる、から始まっているのだが、その辺は多分俺の方が理解している。


 【聖痕】や【魔痕】は魔素を集めるための器でもある。器を広げるまで鍛えるのは至難の技――持っている【聖痕】や【魔痕】を限界まで鍛えた後に、特殊なアイテムや儀式が必要になるそうだ。


 強い方が、勝手に周囲魔素を取り込むし、ロスなく集めやすい。そして、魔素は濃縮というか一定以上の濃さに達すると増える性質がある。強い存在は魔素を周囲に振り撒く。


 今ある魔素は魔王オレのもの、増えた魔素も魔王のもの。いや、誰かが増やした分は違うのかと思ってたんですけど、そんなことなかった。


 もっとこう、実生活に役立つ情報が欲しいのだが、アオノにとっては戦闘イコール実生活のようである。困る。


「――というわけで、水と火の属性もありますし鍛えれば強くなれますが、魔物相手の戦闘では闇の属性が邪魔をして、大成することは至難の業となります。こだわりがないのであれば、生産に力を入れた方が活計たつきは楽になるかと思われます」


 今は俺の今後の話。水ではなく氷なんだが、ツッコミは入れない。


「闇は魔物の目から姿をくらます道具なぞも作れるが、戦闘でも同じように気配を操れる。悪い属性と言うわけではない」

コンテン老師が属性へのフォロー。


 大丈夫、戦闘に参加したくなくて選んだ属性だ。


「生産か。先ず材料や道具をどうしたらいいか。なんだかまだ夢の中のようで実感がわかない」


 魔王らしく、そのへんの町から略奪するわけにもいくまい。無一文である。


「実感がわかないのは魔素に浸かって長いからだな。代わりに暫くは錯乱することもない。魔素溜まりから引き離されて、しばらくするとじわじわ来る。その前に生活基盤は整えておくことだ」


 落ち着いているのは魔王だからです。それともあの寝ぼけた状態のことを言っているのだろうか。


 右も左も分からないまま放り出されたら確かにパニックになってもおかしくない。ある程度生活基盤ができていれば、混乱してもなんとかやっていけるので優しいシステムだ。これも魔素に溶けた聖女の影響か。


 最初に起きた大多数の人に、脳内に直接説明かましたのも優しさだったのかもしれない。意識がしっかりしないところで刷り込みしたともいう。


「この山は魔素が濃くていい素材がとれる。儂らもその採取依頼で来ておる。一か所はもう回り終えたが、これから二か所目だ。真似て採取していけ。それに着ている服、その魔素に漬かった服を売れば、そこそこの金になる。売る場所は紹介する――というか、色々教える代わりにそこで売ってもらおうか。なに、買い叩かれたりはせんから安心しろ」


 ということになった。今はその採取場所に来ている。


 まだ周囲に魔素を纏う状態の俺は魔物の目眩しになるらしく、2人にとっても都合がいいらしいのだが、それでも何度か魔物との戦闘があった。


 アオノの戦闘は、格闘と二本のショートソードを組み合わせたような戦い方。力強いというより、洗練されている。


 2人とも強い……んだと思う、正確に分からんけども。戦っているのはアオノだけで、コンテン老師の出る幕はないままだ。


 高く売れる部位は魔素の濃い部位、大抵は牙や爪など魔物が獲物を仕留めるために使っている部位だという。それらは倒した後、親切にもぽろりと魔物の身体から分離する。


 魔物の身体から魔素が抜けるため、魔素が定着している魔素の濃い部位と身体との繋がりが途切れて剥離するためだ。


「魔素の強い部分が体内にある場合もあります。それに毛皮や肉など、生活に欠かせないものも良い値が付きます。ただ、それなりの処理をしなくてはなりません」

そう言って、牙を拾うアオノ。


 ああ、うん。ここで捌いて皮をなめしてとか嫌ですよね。わかります。


 そんなこんなで着いたのは、大きな岩が転がり小さな礫が間を埋める沢。


「ここです。ここで採れる――ああ、ちょうどありました。これを集めます」

「石? いや、水晶?」

アオノが拾って見せた石を見て聞く。


 拾えるもんなのか?


 この新しい世界について全部一度に知ってしまうのは面白くないし、何よりいつポロリして怪しまれるかわからないので、『眠り人』の基本的な情報を集めた後は、魔素からの知識の流入を止めた。


 感覚的にはごくごく一般人、聖女の厨二病世界は知らない世界です。それに俺のこれから先はすごく長そうなのだ。果たして寿命があるのかないのか、それさえもわからない。


「これは蛍石と言います。なるべく四角くて大きなものが高く売れます」

「こんなところで採れるのか……」

眠る前からある石だ。


 割と安価なイメージがあるのだが、実は値段はピンキリで、集めている人もいると聞き驚いた記憶がある。


「蛍石に限らず宝石はあちこちで採れる。属性との色の相性はあるが、とりあえず今回はあまり気にしなくていい」

コンテン老師も見つけたらしく、足元に手を伸ばす。


「……宝石があちこちで?」

うん?


「あちこちは言い過ぎか。魔素が溜まってるとこでは、だ。儂らのような冒険者は別として、魔素の濃い場所には近づかないのが普通だ。石は魔物の中から出ることもある、強い相手から出た石は魔素が強くて高く売れる」


 どうやら俺の知っている宝石と似ているが、違うものでもあるようだ。アオノとコンテン老師の話を聞きつつ、蛍石を探す。


 蛍石ってブラックライトを当てると蛍光発光するんだったか。これ、夜に来てブラックライトで照らしちゃダメか? 


 足元には割れた石がゴロゴロしている。その中から、石にへばりついたような蛍石を探す。くすんだ緑色のものをいくつかと、茶色がかった紫をいくつか、薄い水色に紫の縁取りのもの、ピンク色のものを2つずつ。


 川というには細くて頼りない水の流れ。この辺りの石は、蛍石も含めて大雨で増水した川に上から押し流されて来たんじゃないのか?


「上流には強い魔物が何匹か棲みついています。夢中になって遡ってくと、奴らのテリトリーに入ってしまいますよ」

俺が上を眺めていることに気づいたのか、アオノが声をかけてくる。


 なるほど、強い魔物は強い魔素でもあるわけだ。で、この蛍石はそこで出来てるんだな? 


 納得して、石探しに戻る。面倒だが、ここでたくさん手に入れておけば、後で楽ができるに違いないので、真面目にやる。

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