第2話 あたりさわりない聖痕

 魔王――魔素の器として召喚された途端に返されて、ずっと眠っていた。


 魔素は体の一部というか俺自身状態なんで、そこから知識を取り出した。知る気になれば、地球の裏側で誰が何をしているかもわかります。


 さて、とりあえず【聖痕】とやらは何がいいかな?


 あまり目立ちたくないんで、弱い【聖痕】でいいのだが、濃い魔素の中での眠りが長いほど【聖痕】は強くなる。


 正しくは、魔素に晒された中で、魔人化しない程度には聖女の力である『よきもの』も持っている、なんだが。


 異世界から返された聖女の力も変質はしているものの淡く広がり、この星を取り巻いている。聖女は自ら生贄になり、その体があるわけではないが。


 異世界人たちを憎み恨みまくっていたが、元いた世界 ここ に恨みはない。ただ、好いた人々への気持ちと郷愁が混ざる。


 もし聖女の家族的なのがまだ生きている――身に宿した魔素の強さで寿命が変わっていることも考えられる――なら、聖女のことを伝えてやってもいい。わざわざ探す気はないが。


 流れ込んできた記憶は、まあ可哀そうだなと言えなくもないが、俺はその聖女にもっと直接的な生贄っぽい状態で喚ばれているので、同情しづらい。


 おのれ、動画の続き……っ! 配信楽しみにしてたのに!


 それはそれとして、二百年寝ていた身としては弱すぎる【聖痕】というのも二人に疑われそうだ。罷り間違っても魔王とか、面倒くさそうな存在になるのは嫌だ。俺はぐーたらしたい。


 【聖痕】は強いほどはっきりと浮かび上がる。とりあえず戦闘系でない【付与者】を一番はっきりと。次に【勇者】、【魔法使い】。【聖者】はぼんやりといこう。


 色は何だ? ああ、地水火風とかの属性の色か。真っ白が全属性で一番強い? 【付与者】を白にして、他は――金色ってなんだ? 光? 魔物に有効? 面倒くさそうなんでパス。


 【勇者】は闇と雷で黒に青白い光沢、【魔法使い】は火と闇で赤黒く、【聖者】は氷と闇で青黒く。


 だいたい相性のいい属性というのはあるものらしいんで、闇を基に調整した。【魔法使い】と【聖者】の聖痕は一番薄く、輪郭もぼやけているはずだが。


「……」

カッターシャツを脱ぐ。


 着ていた物はベッドに転がっていたときのまま、魔素に覆われて朽ちることもなく――起きたらすっぽんぽんとか困るのでいいことだ。


「……【付与者】。せっかくこんなにはっきり浮かび上がっていて、全属性なのに戦闘系ではないとは……。と、【勇者】もそこそこはっきりしてるが闇か……」

アオノが残念そうに言う。


 【付与者】が付与を使うと、かけた対象の魔素を少し奪う。よほど強い魔物と戦うような時以外、必要とされないというか、かけると嫌がられる。


 魔素を奪うのは【聖者】も同じなのだが、そこはそれ命には変えられないというやつだ。


 なお、全属性ではっきりした【勇者】や【魔法使い】の【聖痕】だと、高位の魔物との戦いに参加しろの圧がすごいらしいので遠慮します。


「背中」

アオノにそう言われて後ろを向く。


「さすが二百年、全種類の【聖痕】か。だが残念、闇は高位の魔物ほど効かなくなる属性だ」

コンテン老師が言う。


 魔物を倒せば強くなり、それに比例して【聖痕】も濃くなる。【聖痕】は鍛えることが可能なんだが、闇は魔物に効果的ではない。


 本来、闇に良いも悪いもなかったんだが、聖女が持っていたイメージがそうさせた。自分から溢れる憎しみや悲哀を闇ととらえ、夜の闇と混同し、混同されたまま聖女の恨みは魔素の中に溶けたのだ。光についても同じく。


 それはそうとして、【付与者】以外は微妙な感じにしたので、魔物との戦闘に駆り出されることは少ないだろう。


 【聖痕】はへその上あたりに【付与者】、右手首の背側の上あたりに【勇者】を、左の手首の背側の上には【聖者】を。背中に【魔法使い】をつけてみた。


 どこにあるのか自分で知らない設定なので、今回はシャツを脱いでいる。尻とか足裏とかに出てる場合もあるんだが、さすがに避けた。


 ぼやけている【聖者】と【魔法使い】は十把一絡げというか、個別でどうこうではなく、コンプリートしててすごいね、の扱いだ。


 注意して見ると、コンテン老師の手のひらには白に近い金色の【勇者】の【聖痕】が、アオノには肩から二の腕にかけて青い【魔法使い】の【聖痕】と手の甲に赤い【勇者】の【聖痕】がある。コンテン老師には【付与者】もありそうだが。


 俺が【勇者】と【聖者】を手首の少し上につけたのは、見せやすいようにだ。で、一番強い設定の【付与者】は普段は少し隠しやすくした。【魔法使い】はまあ、【付与者】を腹につけたんで背中につけるかと、肩甲骨の間についている。


 この世界、魔人ではないアピールに【聖痕】は晒しがち。普段は【聖者】を見せておいて、何か絡まれるようなことがあれば【勇者】を見せる方向で。闇属性は魔物には効きにくいが人間には他の属性と同じように効くので、面と向かって侮ってくることはないだろう。


 今の俺は万能に近いが、とりあえずこの【聖痕】の設定に合わせた生活をしてみよう。あんまり目立って、魔王討伐とか言い出されても困る。


 命の危険は全く感じないが、延々絡まれるのは面倒だ。俺はのんべんだらりと過ごしたい。

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