とある少年と浮気したカノジョとその間男と炎上系動画配信者

西基央

前編





 春乃宮満重には、幼馴染で恋人の女の子がいる。

 夏令院ここあ。

 ショートヘアの活発な美少女。反してスタイルが良く、運動が得意で料理も上手。

 少し勉強は苦手だけどそれも愛嬌。二人とも高校二年生だから受験を控えて忙しくなる時期、よく一緒に勉強会をしていた。

 しかし最近は様子がおかしい。


「ごめんっ、満重くん。今日も用事があって!」

「そうなの? 大丈夫か、もうそろそろ受験なのに」

「うん。それは……いろいろ勉強してるというか、教えてもらってもいるし。とにかく、勉強会はまた今度っ! 時間ないからもうイクね!」


 放課後、今日も勉強会を放棄してここあは一人で帰ってしまう。

 最近はいつもだ。それに、偶のデートも上の空だったりする。

 かと思えばこの前の夜は急に電話をしてきた。


『みち、しげ、くん……♡ い、今、なにしてるっ?』

『え、家だけど』

『あぅ♡ そっか、だ、大丈夫だった?』

『なにが? というか、そっちこそ大丈夫か? ずいぶん息荒れてるけど』

『う、運動♡ うん、どう、した後だから、すっごく汗かいちゃってるし……♡』

『そっか、あんまり無理するなよ』

『ううん……♡ きょ、今日は一晩中、スるつもりだから♡』


 なんて電話をかけてきた。

 もともと幼馴染だったここあは、よく両親がいない時には夕食を作りに来てくれた。

 ただその時も。


『あれ? 今日の煮物、いつもより味濃い?』

『えっ。あ……さ、最近、ちょっと味付けを色々試しててっ。変かな?』

『いや、これも美味しい』

『そっかぁ……なら今後は、ずっとこれでイクね?』


 本当に、些細なことではあるが。

 最近のここあには色々と変化がある。

 だから心配になってしまう。


「大丈夫だよな、ここあ……」


 夏令院ここあが他校の素行がよろしくなさそうなチャラ男と一緒にいるのを見た、という噂を聞いた。

 それでも満重は信じていたかった。

 彼女が自分を裏切ることなんて決してないと。




 

 ◆




「…………とか思ってんのかねえ! ざんねーん、弱者男くん! お前みたいなやつはお呼びじゃないってよ! お前の恋人のぉ、一番大事なところはもう全部俺が食っちゃいました! ざまあみろ、カスは一生一人で地べたに這いつくばってろよばーか!」


 そんな思いが叶うことは、決してないけれど。





たぶん、ガラス細工のような恋だった。

 

 春乃宮満重はるのみやみちしげにとって、夏令院かりょういんここあは大切な幼馴染だった。

 もともとお互い裕福な家の生まれで、両親のかかわりが深かった。

 仲良くなったきっかけは小学校の頃。うまく友達の輪に入れなかった満重の手を、ここあが引いてくれたこと。

 以来二人は親しくなり、小学校でも中学校でもずっと一緒にいた。


 ここあは勉強はできないけど運動が得意な、可愛らしい女の子。

 少しおてんばなところもあるけれど、朗らかで明るく優しい。奔放なカノジョに満重はどんどん惹かれていった。


 高校二年生になって満重の方から告白。

 ここあは「嬉しい……。私も貴方が、好きだったの」と喜びの涙を流してくれた。

 天にも昇るとはこのことか。

 幼い頃から大好きだった彼女と、恋人同士になれたのだ。


 けれど、満重にとってこの恋は、たぶんガラス細工だったのだろう。


 もし自分が欲望をぶつけたなら、彼女は傷ついてしまうのでは?

 大切にしたかった。壊したくなかった。

 恋人を慮る気持ちと、嫌われることに対する怯え。拙い恋心が彼女に触れることを躊躇わせた。


 その末路が、自らの性欲のため女を傷つけることを厭わないクソ男に、彼女を奪われるという最悪の状況だ。

 ここあは、付き合って2週間も経つのに触れてくれない恋人に欲求不満を募らせ、手慣れたチャラ男の誘いに乗って初めてを捧げてしまった。早くない?

 そこからはもう転がるように堕ちていく。

 少女は知らなかったことを散々教え込まれ、女として花開いた。

 快楽に飲まれたここあは当たり前のようにチャラ男を優先するようになり、そいつの頼みを聞いて満重を傷つけることに、何の違和感も持たなくなった。

 違う、そこに背徳的な享楽を見出すようになってしまった。


「ハァーイ、満重君見てるぅ?」


 日焼けした肌に茶髪の、イカにもなチャラ男がカメラの前でいやらしい笑みを浮かべている。


「君さぁ、恋人のここあちゃんに全然手出ししてないんだってねぇ? その間にぃ、俺が処女食っちゃいましたぁー!」

「……ごめんね、満重君……」

「この子のでっけーおっぱいも、満重君は一回も揉めないままぜーんぶ俺のモン! 残念でしたぁ! ぎゃははははは!」

「ポウっ! うわぁお、ベッタベタな間男ですよー、皆さん」


 恋人を奪われた情けない男に、チャラ男は優越感たっぷりの態度を見せつける。

 彼氏をバカにされているはずなのに、ここあの目は怒りどころか情欲に染まっていた。


「そりゃあよ、お前みたいな弱者男よりも。イケメンで、バスケ部エースの俺の方がいいに決まってやるよなぁ? でもぉ? 俺は優しいからぁ? 満重君にもサービスが必要だと思ってさぁ。ここあちゃんの堕ちた姿を見せてやるからぁ、しっかりシコれよぉ! どうせもう、二度と触れられない女なんだからよぉ!」

「おお、盛り上がってまいりました!」

「……ん?」


 カメラの向こうにいる満重にチャラ男は語り掛ける。

 しかし途中で、なぜか“僕”の方に視線を向けてきた。

 チャラ男と僕の視線が合う。でも僕は撮影に忙しいので、特に気にせず作業を続ける。

 次はいよいよ本番だ。これはすごい。きっと投稿すれば再生数もうなぎ昇りだろう。


「……って、お前誰だよ!?」


 いきなり叫ぶチャラ男。

 あ、今さらながら申し訳ない。この話、寝取られ少年も浮気女もCYA・RA・Oも本題ではありません。

 これは僕という動画配信者の努力の記録です。


「僕? あ、どうも。『ポウッ、ポポウッ、ポウポポウポウッ!』でおなじみの動画配信者、迷惑怪人デバガメンです。チャンネル登録お願いします」

「知らねーよ⁉」

「えぇ、これでも登録者七万人くらいいるんだけど」

「微妙じゃねーか!」


 ひどい。

 七万人になるまですごく頑張ったのに。


「まあまあ。とりあえずさ、今寝取られビデオレターの撮影中なんでしょ? 最初のアレ、もう一回撮り直しても微妙になると思うし。ひとまず続けない?」

「いや、なんでお前が仕切ってんだ。ていうかこのラブホにどうやって入った」

「あ、実はここの受付、僕のチャンネルの視聴者だったんですよー。今回の動画の趣旨を説明したら普通にいれてくれました。なので君も普通に挿れてください」

「なにやってんだ受付ぇ⁉」


 元気なチャラ男くん。

 でも元気じゃないと人様の恋人を寝取ったりしないだろうからね。


「おい、まずカメラ止めろや。なんで撮ってんだよ」

「それ言ったらなんで寝取られビデオレターなんて撮ってんのって話にならない?」

「ならねーよこっちは楽しんでんだよ」

「僕だって楽しんでチャンネルをやってるよ。やっぱりさー、コメント貰えるのって嬉しいよね。投げ銭はもっと嬉しい」


 ここあちゃんが怯えるように体を隠してる。

 でもさ、恋人に他の男との行為晒そうとした時点で今更じゃない? と思う僕です。


「つか、本気でなんだお前」


 怒りと不信感の混ざり合った視線を僕に向けてくる。

 聞かれたなら善良な一市民として自己紹介の一つもしないといけない。


「えーと、繰り返しになりますが。僕は、“迷惑怪人デバガメン”の名前で活動している動画配信者です。初めて四カ月で登録者数七万人。炎上前提の、いわゆる迷惑系動画配信者ってやつですね」


 まあ二回ほど垢を転生してるけど。

 前回も前々回も鳴かず飛ばずだったので、デバガメンチャンネルは炎上系だけどかなりの人気だと言える。


「それで、今回も投稿動画の撮影中でして。まあ、なんというか。“寝取られビデオレターを撮影しているクソどもを撮影したったw”っていうタイトルの動画を作成してます」

「ふざけてんのか⁉」

「いや、ふざけてないですよ。僕、お金が欲しくて迷惑系やってるけど、ホント言うとけっこう弱気な小市民タイプなんです。だから人様に迷惑をかけるのって、実は苦手なんですよね」


 これはほんとに。

 僕もまだ高校生だけど、本質的には教室の隅っこで本を読んでるような陰キャだ。

 正直イジメっぽい絡み方をされたこともある。

 その時はいじめっ子のリーダーの腕の皮膚を皮むき器で肉が見えるまで剥いで事なきを得たけれど、やっぱり僕みたいな気弱に見えるヤツはターゲットになりやすいらしい。

 そうやっていじめっ子を撃退した後、クラスメイトは僕を遠巻きに見るようになった。

 なんて悲しい。もう僕にはネットの世界しか居場所がないんだ……!


「だけど途中で気付いたんです。何もしてない人に迷惑をかけるのは心苦しい。なら、迷惑かけても問題ないヤツになら、なにやっても良くない? って」


 そうして誕生したのが迷惑怪人デバガメンチャンネルだ。

 

「つまり! いじめの加害者ならいじめてもいいし、人の女を寝取る奴ならなにも気にしないで燃やせる! 相手に悪いところがあれば、僕は何をやっても悪くないの精神で炎上道を走り抜ける迷惑怪人! それこそが僕、デバガメンなんです!」

「やべーよ、こいつが何言ってんのか俺全然わっかんねーよ」


 あれ? なんか引かれてる?

 女の子を寝取る人に引かれるの納得いかないんですが?


「わりと理路整然と説明したつもりなんですけど。やっぱり頭悪いんですか? どうでもいいから早く寝取られの続きお願いできません?」

「つーか撮影やめろってんだ」

「え? でも、動画撮るんですよね? で、それをラレ男くんに無修正で送りつけるんですよね?」

「……そうだよ」

「じゃあ僕が無修正で配信サイトに投稿してもいっしょですよ! なんでそんな理不尽なことを言うんです⁉ どうせラレ男くんのところに届いたら流出する可能性だってあるんだし、1クッションおいて僕の動画再生数養分になってくれてもいいじゃないですか!?」

「なんだコイツ⁉ 気弱って厚顔無恥の類語だっけか⁉」 


 やっぱりチャラ男はちょっと意地悪な人らしい。

 だって僕がこんなに誠実な対応をしているのに、いきなり頬を思い切り殴りつけてきた。

 そして見下すような視線を向けてくる。


「いた、痛い……」

「はっ、調子乗ってるからだよ」


 僕は殴られた頬をさする。

 

「くそぉ……なんてひどいんだぁ。僕はただ君達の寝取られビデオレターを動画投稿サイトで全世界に拡散しようと思っただけなのに……!」

「あれおっかしーなこれ。全然俺悪くねーよな?」


 僕に暴力を振るいながら、あまりにもひどい言葉を吐き捨てる。


「ちっ、興が冷めた。おい、帰るぞここあ!」

「う、うん……」


 そうしてチャラ男は去って行ってしまう。

 あとたぶん、興が醒めるだと思います。僕は興が削がれるをよく使う。醒めるだと色々勘違いされて配信用の言葉だと割と問題起っちゃうんだよね。

 ラブホに残された僕は、強く奥歯を噛み締める。


「負けない。ぜったい炎上して動画再生数を、ありていに言うとお金を稼いでやる……!」


 僕は炎上前提迷惑系動画配信者としての誇りにかけて、必ず燃やしてみせると覚悟を新たにした。

 その結果チャラ男やここあちゃんの実生活に多少の弊害が出ても問題ないよね、迷惑系だもの。でばが。



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