DEAR ~拝啓、親愛なる――へ~

カイイロ

To the diva

この春、遂に高校生となった。

受験が終わり冬が明け桜と花粉舞う春が来た。入学式を過ぎて正式に高校生となる。

僕は、新たな世界への期待と不安を抱き校門を通る。心に空いたひとつの穴を隠しながら……


それから大体クラスの人間の人数とその半分の数の日にちが経過した。

俺が所属しているクラスでは、日直の日誌に毎回お題に沿って文章を書くというルールがある。一周目のお題は「高校の抱負」だった。

そして二週目は「自分の推し」についてだ。


そのお題を聞かされた時、俺の思考は凍りついた。推しが居ない訳では無い。ていうか、俺の考える中で最も追い続けた人がいた。

俺は最推しというものを作らない主義だ。なぜなら「一人」に限定してしまった時、その他の人はその人以下となってしまうから。

推しに優劣も勝ち負けもない。……だが、あえて一番を決めるのだとしたら、俺はその人を最推しというだろう。それくらい、俺はその人を推していた。


そんな推しは俺がとある配信プラットフォームから去ってすぐに引退を発表した。

何も知らなかった。俺は何も知らなかったのだ。自分を責めた。責め続けた。



「推しは推せるうちに推せ」



世の中にはこんな言葉がある。僕はそれを知っていたはずなのだ。

これでも去ったプラットフォームには二年も居たのだ。居てしまったのだ。だからこそ推しの去る悲しさを知っていたし、だからこそ推しを作らなくした。勿論配信は見ていたし、よく行く人達も居た。バッチという応援の証を取ることも多かった。でも、推しは作る気が無かった。


最推しは作らない主義。先程そう語ったが、最推しだけではなく推しすらもろくに作らないようにしていたのだ。

応援はするし配信は見に行くけどそこまで感情は込めない。推さない。それが俺の自己防衛だった。


そんな自己防衛を壊して推させてくれたのがあの人だった。クソ、なんで俺は何もしなかったんだ。もっとあっただろうが、SNSを常に追うだとか配信には毎日行くとか。何が受験生だ。クソ野郎が。てめえなんかに推す資格なんかねえよ。


……話を戻そうか。

俺が引退を認識した時には、もう彼女はいなかった。彼女のアカウントは動くことを辞め、いつの日かそのアカウントも削除された。



僕は喪失感に苛まれた。



その喪失感は失われることがなく、薄れることがなく、事ある毎に僕の胸を削った。

その話を日誌でするか。一瞬悩んだのだが、すぐに頭の中から選択肢を消した。

なぜなら、これはもう居ない人の話で、相手からしたら知らない人の話で、俺の胸に留めておくべき話だからだ……



俺は、活動者だ。

ファンなんて居ないと思うし、中学時代から俺の活動のこと知ってる奴も「誰も見ないし無駄だから」と言われていた。なんなら今も言われている。そんな底辺もいいところの俺だって、SNSというものはやっている。

今は名前が変わってしまった元白い鳥のアプリでたまにポストするような人間だが、元々は小説を投稿していて配信もしている。

名前は、カイイロ。性は御魂みたま、名は海に色と書く、合わせて御魂海色みたまかいいろ

高校で会ったやつの方がフォロワーが多いくらいだし、当然みんな知らないだろう。

夏休みに入って二週間くらいの日、そんな俺のアカウントでフォロワーの数字が増えていることに気がついた。

俺は活動者のくせにずっと身内に引きこもってるような人間で、小説も面白くないためフォロワーが増えるようなことは滅多にない。なので、気になってその人を見てみた。

名は……ここでは伏せておこう。夜空に輝く星のような名前の人で、どうやら俺が過去居たプラットフォームで配信をしている人間らしい。なんで引退して半年以上も経つ俺を今更フォローしたのか。とも思ったのだが、昔居た配信者ライバーさんが懐かしいことを思い出して俺の事を知らない新規さんがフォローしてきたのかな。と勝手に妄想してフォローを返しておいた。配信者さんらしいので俺の人脈も増えるかなと黒い考えをしたのはナイショだ。確か、この頃くらいだったと思う。彼女……昔推していた例の人に対する俺の気持ちを小説にしようと考えたのは。


そんで、明日も部活だったので寝て起きたら、珍しくダイレクトメッセージが届いていた。これには、俺も不審に思ったね。

相互にしないとDMを送れない設定にしていたのでよくあるbotの詐欺には殆ど引っかからないのだが、やらかしたと思った。

しかし、違う可能性もあったので開いて確認してみると……


『やっとフォロバきちゃ。お久しぶりです。』


という言葉から始まり、彼女と全く同じ立ち絵の特徴を言ってきた。数秒、体感では数時間ほど硬直した。スマホを落としそうになったほどだ。

硬直から動けるようになると流れるように彼女の名を打っていた。疑心暗鬼になってはいたが彼女のチャンネルに上がっている歌を聴くとそんな心はなくなっていた。

多分、泣いた。嘘だ、泣いてはいない。

きっとどこかで活動するだろうとは思っていたから。でも、俺が見ることはないと思っていた。あっても、彼女がとても大きくなった時だろうと。思っていた。なぜなら、俺は歌を聴かないからだ。特に、みんなが知るような歌は聴くことがあまりない。

だからこその喪失感、後悔、自身への怒りがあった。探す気は勿論あったし、歌みた界隈へ手を伸ばすようにはなった。でも、見つけられるとは思っていなかった。不可能だと。そう感じていた。

彼女からの接触なんてもっと有り得ないと思っていた。だって、俺と彼女はリスナーとライバー。確かに俺のことは認知されていた自信はあるけど、それは俺が古参だからだ。

初配信から行って俺が引退する最後まで居たのだから、知っていても不思議では無いのだと思う。俺も、最初に認知したリスナーは覚えている訳だし。

でも、復活して俺のような奴に伝えに来るという義務はない。権利はあっても「やるべきこと」では無かった。だから、俺が会うことは無いと思っていた。俺の配信に来ることなんて無いだろうし、小説を読んでいるなんてもっと無い。

それなのに、復活した彼女は俺に干渉してきた。わざわざ来てくれたのだ。

それからファン鯖に入れてもらえたり、色々していた……配信に行けないのにファン鯖に入れたのは少し不思議な感覚だ。


彼女に会うことは無いと思っていた。彼女の声をまた聞けるとは思わなかった。そして、今も尚コレを見ているとは思っていないから、綴ろうと思う。

昔、それこそ推しの中でもトップレベルで見に行っていた人が居た。でも、最推しに近いだけで最推しでは無い。とおもう。

今この場で最推しを決めろ、語れと言われたら、真っ先に彼女の事を答えるのではないかとおもう。結局配信に行けることは少なかったが、それでも俺の中では充分過ぎるほどだった。十二分に俺の心に残った。

これは本心で、ずっと思っていたことだ。


ありがとう、枠に入らせてくれて。

ありがとう、歌声を聞かせてくれて。

ありがとう……






俺の歌姫。






DMを見た日から1週間、俺はずっと機嫌が良くハイテンションであったのは内緒である。

そして、これからもヘッダーを変えないと決意したこともナイショだ。


そうだ。彼女がDMをしてきた辺りの日に作ろうと考えていた話、タイトルだけは決めていた。そのタイトルの意は……「歌姫へ」








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