第28話 不純な関係に溺れていく


 互いが抱えるモヤモヤを解消するかのように、激しく交わった後。

 すっかり薄暗くなった祐真の部屋のベッドの上で、女の子座りしながら最低限の身なりを整え終えた涼香は、パンッと手を合わせながら頭を下げた。


「ごめん!」

「え、何が?」

「今日、他の人のこと考えながら抱かれてた!」


 涼香の言葉に、祐真はどう反応していいかわからない。

 そうだろう、とは思っていた。

 じゃなきゃ、あんな風に待ち伏せなんかしていないだろう。

 そもそもの話、別に付き合っているわけじゃないのだ。

 涼香が他の誰かを考えながら抱かれていようが、そこに文句を言う筋合いもない。祐真も、今日は胸のうちのモヤモヤをぶつけるように抱いていた。

 しかしそれはそれとして、わざわざ言わなくても、とは思う。あまり面白くないのも事実。

 祐真は少し拗ねたような声色で、不満を零すように言う。


「それって、今日告白されていた相手のことを想像して?」

「うん……って、ゆーくんよく知ってるね」

「昼休み、図書室から告白されてるの見えた。放課後も、どこか連れてかれていくのも」

「そっかー。なんとなーく、そういう空気的なものは感じとってたけどさ、実際告られるのは予想外だったよ」

「ふぅん。で、どうすんだ? 付き合うのか?」

「あはは、ないない。もぅ、恋愛とかそういうの別にいいって、言ってるでしょ~」

「そう、だったな」


 そう言って涼香は片手をひらひらさせた後、顎に指を当て「う~ん」と唸る。


「けど、実際心がちょっと揺れたのは確かなんだよね。ていうか、告白とか生まれて初めてだったし。もし以前までのあたしだったら、煽てられて褒められて、その気になっちゃうかもね」

「それ、付き合うってどんなだろうって好奇心もありそうだな」

「あはは、ゆーくんよくわかってる!」

「わからいでか」


 涼香はバシバシと祐真の肩を叩く。まったくもって涼香らしい。


「ま、そのまま付き合っても多分、夏休みが終わるころには別れてたんじゃないかな?」

「別れるんだ、というか妙に具体的だな」


 やけに確信を持った涼香の言い草に、思わず目を見張る祐真。

 涼香はどこか自分に呆れたような薄い笑みを見せ、窓の外を眺めながら言う。


「だって別に相手のことを好きになって付き合うわけじゃないし。まぁ好きになろうとしてデートとかはするだろうね。でもそれってぎこちなく、相手を探り合うようなものになりそうで、疲れちゃいそう。それなら気心知れたゆーくんと遊ぶ方がよっぽど楽しいよ」

「それは……確かに」

「でしょ~?」


 そう言って涼香と祐真は顔を見合わせ笑う。

 ひとしきり笑った後、涼香は膝立ちになって祐真の背中からぎゅっと抱き着き、耳元に口を寄せて囁く。


「まぁちょっとだけ、他の人とのえっちってどうなんだろう、とか考えたけどね。ほら、人によって違うっていうし。ゆーくんも他の子とのこと、考えたことない?」

「……うーん、どうだろ。今そういう欲求は涼香のおかげで満足してるし、別になぁ」

「あはっ、実はあたしも! 今日さ、最初こそは別の人のことを考えてたけど、結局他のこと考えられなくされちゃったし!」

「今日もよくお世話になりました」

「ふふっ、どういたしまして。ま、ゆーくんとのこの関係の気安さを覚えちゃったら、今更惚れた腫れたのめんどくさいプロセスを経てとか、ちょっとね~」

「俺もだよ」

「つくづく、あたしたちって恋愛に向かないね」

「あぁ、まったく」


 そう言いながら、今度は涼香はゴロリと祐真の膝を枕にして寝転ぶ。そしてとんとんと手を叩き、頭を撫でろと催促すれば、祐真もはいはいとばかりにそれに従う。

 気持ちよさそうに目を細める涼香。やがて「はぁ~~」と大きなため息と共に、しみじみと呟いた。


「りっちゃんもさ、お兄ちゃんのこと好きなら回りくどいことせず、ちょっと過激に迫ってヤッちゃえばいいのにね。今なら失恋したばっかだし、心の隙間を埋めるのに効果抜群だと思うな」

「そうだな。晃成なら一度関係を持てば、油長のことも大事にしそうだし」

「ま、それでもりっちゃんが身体で迫るとか、絶対しないとおもうけど。……あたしと違って」

「……もし、本当に迫られたとしても、晃成なら決して手を出さないだろうな。……俺と違って」


 互いにそんな自虐めいた言葉を零す。

 真っ当に恋愛をしている晃成と莉子は、ひどく眩しい。

 なんだか自分が歪なものと思いしらされたのように感じ、胸がざわめく。

 それらを振り払うかのように、涼香の頭を撫でていた手を頬へと添え、唇を啄む。


「ぁ……ん……」


 それをただただ受け入れる涼香。

 やがておでこ、頬、首筋へとキスを降らせていき、手は胸や足をまさぐらせていく。

 互いの荒くなった息が絡む。

 涼香は情欲に潤んだ瞳で見つめ、唇を尖らせ、少し非難めいた声色で名前を呼ぶ。


「ゆーくん」

「もう一度いいか?」

「聞かないでよ、というか火を点けた責任取ってよ」

「あぁ」


 そして祐真と涼香は何かから目を背けるように、純粋な心を焦がす親友たちのことを思いながら、不純な関係に溺れていくのだった。

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