第15話 あたしが言ったからでしょ?
翌朝、いつも4人が合流する駅から電車に乗り込んできた莉子は、祐真を見るなり驚きの声を上げた。
「か、か、河合先輩、その髪どうしたんですか!?」
祐真は照れ臭そうに、ダークブラウンに染まった髪を一房摘まみながら答える。
「昨夜、家でちょっとね。どうかな?」
「全然、いいですよ! 全体的に雰囲気が明るくなって、見違えましたもん!」
「そ、そっか」
莉子からのお墨付きをもらい、胸を撫で下ろす祐真。
そこへ晃成がバシバシと背中を叩く。
「ほらー、オレらの言った通りだろ」
「ほら、油長の目が一番確かだからな」
「お、光栄ですねーっ」
昨日、涼香の会話から急に思い立ったことで、実際どうなっているのか不安があった。
今朝、待ち合わせ場所で出会った時、晃成と涼香は好意的な反応を示していたが、どちらかというと驚きの方が強く、半信半疑だった。
そして莉子はといえば、キラキラ目を輝かせながら、食い入るように質問を投げかけてくる。
「で、一体どういう心境の変化なんです!? 何かあったんですか!? 教えてくださいよー!」
「いやほら、莉子や晃成に引き続き涼香まで変わっただろ? だから俺もって感じで」
「えーっ! それだけですかーっ!?」
「そう言われてもな……」
不満気に唇を尖らせる莉子に、何ていったものやら。
祐真が愛想笑いを浮かべていると、腕を組んだ晃成が頷きながら口を開く。
「いやいや莉子、考えてもみろよ。祐真以外、こう色々変わったらさ、疎外感とか覚えねえ? オレなら変えるね、うん。ほら、莉子も祐真の立場だったらって想像してみろよ」
「…………それは、確かに」
すると、莉子はスッと目を細めて顎に手を当てしばし考え、晃成に同意を示す。
莉子も元は地味子である。その場面がよく想像出来たのだろう。
そして、やけに生易しい笑みを向けられ、祐真は頬を引き攣らす。
するとそこまでジッと黙って見ていた涼香が、ふいに呟く。
「けどゆーくん、後ろのへんに塗りムラあるよ?」
「え゛っ、ウソ、マジか!?」
「あ、ホントだ。隠れてるし、これよくわかったな、涼香」
「えー、これくらいあるあるで、全然大丈夫ですよ、河合先輩!」
まぁまぁと宥められる祐真。
祐真は低い唸り声を上げ、眉を寄せつつ、窓に映る伸びてきた自分の髪を睨む。
「やっぱ本職の人に頼んだ方がいいのかな?」
「お? てことは祐真も?」
「あぁ、今度その美容院教えてくれ」
「んじゃ、メッセージで送るよ」
晃成はすぐさまスマホから、件の美容院の情報を送ってくれた。
そして最初こそは髪色を書いてきた祐真のことが取り沙汰されていたが、電車を降りて学校を向かう頃になれば、自然と晃成の話にシフトしていた。
「やっぱ、次回以降にもつなげたいよなぁ」
「ん~、その前に話自体を盛り上げないとダメじゃないです?」
「う゛っ、痛いところを…」
「相手の好きなものとか知ってます?」
「……全然」
「……はぁ、今度の日曜ですよね?」
どうやら晃成はこの週末、先輩とパンケーキを食べに行くようで、色んな作戦が大詰めになっているようだった。自然と晃成と莉子は、そのことについての会話に熱が入る。
祐真は2人の様子を少し後ろから窺いつつ、周囲に視線を走らせていた。やはりせっかく染めた髪に塗りムラがあると指摘されれば、気になるというもの。
幸い、とくに見られている感じはなく、変に思われていないようだ。
そのことにホッとしていると、涼香がそっと傍に寄ってきて囁く。
「大丈夫だよ、ゆーくん。変じゃないって」
「そうだといいけど」
「ほんと、そこ隠れてるから至近距離じゃないとまず分からないだろうし、それに――」
そこで涼香は言葉を区切り、ぐるりと周囲を見渡し――正確には目の前の晃成と莉子が話に夢中になっていることを確認してから、耳元に口を寄せて愉快そうに囁く。
「その髪ってさ、昨日あたしが言ったからでしょ?」
「……そうだよ」
涼香はくすくすと笑う。
指摘された祐真は、気恥ずかしさから頬を掻き、そっぽを向く。
そう、涼香の言う通り、どうせなら涼香の好みに合わせようと思い、したことだった。抱かれるにしても少しでも涼香の好みの様に、また、その隣に気負いなく、胸を張って立てるように。
そんな祐真に涼香は、ふいにご機嫌な笑みを浮かべ、唄うように言う。
「あたしのために変わろうとしてくれるのって、なんか嬉しいね」
「……そっか」
祐真も笑顔で、答えるのだった。
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