【奇妙な話の短編集】 蟹ノ池
緑ノ池
1匹目 モデルハウス
ぼくは4歳の時、はじめて住宅展示場に行った。
きれいでおしゃれなおうちがたくさん。
どれも広い部屋で、かっこいい家具があって、ぼくはワクワクした。
おとうさんに、ここに住むの?ときいた。
「これはモデルルームだから見本だよ。どの家やさんに作ってもらうかをこれを見て決めるんだ。
おとうさんが建てる家は、もっとずっと小さいけどね。」
ぼくは、ふーん。と返した。
でも、どの家もかっこよかったので、どの家やさんになってもいいな、と思った。
どこの家でも、子どものぼくは風船やおもちゃをもらえてうれしかった。
朝から見て回っていたので、これで3けん目。
○○○ホーム。
玄関から入った瞬間、わあ!っと声をあげた。
ショッピングモールみたいに、上の階から下の部屋を見渡せるようになっていた。
リビングの天井は2階まで筒抜けになっていて、大きいホールみたいだ。
おとうさんとおかあさんは、営業の人から話を聞くので忙しいから、ぼくはキッズルームに案内された。
リビングの端にある、やわらかい床の小さなスペースだ。
水色のゾウさんを模った本棚が取り付けてあって、おままごと用のキッチン台が壁につながっている。
他にも子どもがいた。
色白で、サラサラヘアーのおとこの子だ。
同い年くらいかな。
おとこの子だ、と思ったのは、おんなのこにしては髪が短すぎるなと思ったから。
白いポロシャツに、ベージュのキュロットを履いている。
正直どっちかわからない。
その子は黙々と、やわらかい床にすわって、大きめのブロックをつなげていた。
ぼくは、色々なボタンのついた救急車のおもちゃを手に取った。
ぼくがいくつもボタンを押すと、ウーー、ピーポーピーポー、緊急車両通ります、急げ急げ!と忙しなく鳴った。
それをきいたおかあさんが、じっとこっちを見つめて、うるさくしないの!と手をブンブンして言った。
ぼくだって、こんなにうるさく鳴るとは知らなかった。
間近で大きな音をならしてしまったのに、その子は見向きもしなかった。
こっちを見てきたら、あやまろうかなと思ったのに。
「ああいう、キッズルームも作れるんですか?」
おかあさんと営業さんの会話が聞こえてきた。
「ええ。キッズルームもですが、我々は子育て安心ホームと題しまして、2階の踊り場から1階のキッズスペースを見下ろせる間取りをご用意しております。
大変好評でして、同じくらいのお子さんがいらっしゃるご家庭で多く検討いただいていますよ。
あちらにあるものは全て、キッズルームの備え付けとしてご契約いただけます。
設備メンテナンスに含まれておりますので、お子さんが大きくなって不要になったらご解約いただいて、お引き取り致しますし、リフォームも…」
おとうさんも、うんうんと頷いていた。
「きみ、この家に住むの?」
その子が話しかけてきた。
声を聞いても、結局おとこなのかおんななのかわからなかった。
「すまないよ」
一瞬悲しい顔をした。
「この家は、モデルルームなんだって。見本だから、ぼくたちはここにはすまないよ。どの家やさんで家を作るのがいいか、みにきたんだ」
「そうなんだ。1日に何人もここにやってくるけど、だれも住んでくれないんだ。ずっとひとりぼっちなんだ。」
「どうして?おとうさんとおかあさんと、一緒に住んでるんじゃないの?」
その子は無言で、でもくちびるが変な形に曲がって今にも泣きそうだった。
「じゃあ、ぼくが住むよ!お父さんにお願いして、ここには住めないかも知れないけど、おんなじような家を作ってもらうよ!そしたら、きみも住める?」
おともだちは、パァッと笑顔になった。
ぼくも笑った。
「やくそくだよ!」
「うん!」
満足したて、その子はブロック遊びに戻ってしまった。
ぼくはおかあさんに呼ばれるまで救急車のおもちゃで遊び続けた。
###
その次の週も、住宅展示場に行った。
今回は、初めて行くところと、お昼を食べてからはまた○○○ホームだ。
今日もあの子がいた。
「また来たんだ。ここの家に住みたいって、おとうさんとおかあさんに言ってくれた?」
「あ、まだ言ってなかった。でも、同じおうちを2回見に行くのはここが初めてなんだ。
おとうさんとおかあさんも、ここが好きなんじゃないかな」
「そっか、よかった。
…じゃあ、ぼくからもお願いしてくるよ!」
ちょうど、その子は営業のおじさんから手招きで呼ばれ、走って行った。
おじさんの隣の席に座った。
おじさんに促されてお辞儀をして、おとうさんおかあさんとの会話に加わった。
なんだ、おとうさんが来てるんじゃないか。
ちょっと騙された気分だったけど、まあいいや。
その子がいなくなったので、僕は大好きなブロックでピラミッドを作った。
その日の夜、ぼくはおかあさんに寝かされていたけど、うとうとして気がついたらおかあさんはいなくなっていた。
隣のリビングからテレビの音に紛れて話し声が聞こえた。
「やっぱり、○○○ホームが良いんじゃないかな。××市で建築条件付きで売っている土地も魅力的だし。同じような小さい子どもがいる世帯からの申し込みが多いって話だ」
「そうね。近所に同じくらいの歳の子がいると安心だわ。キッズスペースも良かったし、使わなくなったら、リフォームもできるし。…あと、あの子もかわいらしかったし」
「ああ、思わぬセールスポイントだったな」
あの子、ほんとにお願いしたんだ。
そしたら、あの子と一緒に住むのかな。
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その次の週、また○○○ホームのモデルルームに行った。
その日は、いつもとは違う場所にある住宅展示場で、家のかたちとか、中もいろいろと違った。
でも、吹き抜けのリビングと、1階を見下ろせる2階の踊り場もあって、キッズルームもあった。
ぼくはまたキッズルームに通された。
あの子はいなかった。
ぼくは1人でキッズルームで遊んだ。
帰るよ、とおかあさんに呼ばれて帰る準備をしていると、2階の階段から、他の家族と一緒にあの子がおりてきた。
あの子…だけど、前より随分髪が伸びたみたいだ。
ちょっとお話ししたかったけど、おとうさんに早くしなさいと言われたからやめた。
また今度来た時に会えるかな。
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おとうさんは、その日「契約」をしたんだと知った。
お家を買ったんだって。まだ建ってもいないのに。
これから毎週、○○○の会社に行って、どういう家にするのか細かく決めるんだって。
ぼくのために、キッズルームも作ってくれるらしい。
あ、とぼくは思い出した。
あの子も住みたいって言ってたって、言わなくちゃ。
「キッズルームで会った子、一緒に住みたいんだって」
「ははは、もちろんそのつもりさ」
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そのあと、あの子に会うことはなかったけど、ぼくが年長さんになった年に無事お家は完成した。
モデルルームよりはずっと小さかったけど、モデルルームと同じように、リビングが吹き抜けで、2階の踊り場からキッズルームが見えた。
引っ越しの日もあの子は来なかったけれど、ぼくにはおとうとが生まれていた。
まだ赤ちゃんだし、喋れないから一緒に遊んでも楽しくない。
だけど、ミルクをあげたり、オムツを替えるのを手伝うのは嫌ではなかった。
ぼくも、お兄ちゃんになったって感じ!
新しい家の近所には、ぼくと歳の近い子も何人かいて、遊ぶのには困らなかった。
その子の家も、ぼくの家と同じようにリビングが吹き抜けになっていて、2階からキッズルームが見えた。
ぼくのおとうとと同じくらいの赤ちゃんもいた。
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ぼくは小学生1年生になった。
おとうとは2歳になった。
歩けるしよだれもたらさないけど、しゃべっても何言ってるかわからないし、まだ赤ちゃんみたい。
おとうともブロックが好きみたいで、僕が遊んでいると横から手を出してくる。
でもまだ指の力が足りなくて上手く繋げられないから、ぼくが手伝ってあげている。
それを見ておとうさんは、
「おとうとに優しくして偉いな」って言った。
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ぼくが小学3年生になったとき、びっくりしたことがあった。
ぼくの弟、あの子に顔がそっくりなんだ!
髪も、さらっさらで。女の子みたいな顔。
でも、最近は、もしかして人の顔ってそんなに種類が多くないんじゃないかなって思ってきた。
ぼくにそっくりな人も、おかあさんにそっくりな、おとうさんにそっくりな人も、日本中に沢山いるのかもしれない。
だって、弟と同じくらいの近所の子も、だいたい同じような顔だったし、僕の学校には同じような顔の人がたくさんいるみたいなんだ。
あの子に似てる子、今日は2人も見た。
1人は男の子で、もう1人は女の子。
お面みたいにそっくりだった。
見た目は変わらないけれど、やっぱりぼくの弟が1番かわいいと思う。
お兄ちゃんだからね。
夕飯の前、よく弟にねだられてボール遊びをする。
テーブルの上に飛んで、コップを倒しちゃったりするけど、それを見て弟はケラケラ笑う。
お母さんは怒るけど、しょうがないなーって言って、ほんとうには怒っていないみたい。
ほほえましいって言ってた。
それはよくわからないけど、ケラケラ笑う弟はかわいいよね。
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僕が6年生になったとき、弟は小学校に入学した。
この時は流石に、僕もおかしいなと思った。
お母さんに見せてもらった入学式の集合写真に、弟と同じ顔の子が5人もいた。
三つ編みをしていたり、ぼうず頭だったり、それぞれだったけど、みんな女なのか男なのかわからない顔。
「おかあさん、なんで何人も同じ顔の子がいるの?」
「なんでって…そういうものじゃない」
おかあさんは、僕が変なことを言っているみたいな顔をした。
おかしいよ。だって、僕にそっくりなひとも、お母さんにそっくりな人も、まだ見たことがない。
みんな、同じお面をつけているのか。
僕は怖くなって、弟の顔をこねくり回した。
「いたいよ!」
と弟は僕の手を払った。
弟の顔は顔のままで、僕の指の跡がついて所々赤くなっていた。
僕は、ごめん、と謝って、お詫びにコンビニで買ったチュッパチャップスをあげた。
そのあと、弟の宿題を見てやった。
###
僕は高校生になった。
あの後も、何度も弟のそっくりさんを学校や街で見かけた。
だが、不思議なことに高校生以上の大きい子は見たことがなかった。
もちろん、僕の入った高校にもいなかった。
弟と遊ぶことはなくなっていた。
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僕は高校3年生になった。受験生だ。
弟は中学1年生になった。
近所の弟のそっくりさんは、最近見かけなくなった。
私立の学校に通っているのかもしれない。
僕の志望大学は、この家からは遠い。
一人暮らしをしなければ通えない。
新幹線という手を使っている先輩もいるらしいが、定期券も高いし、ものすごく早起きが必要だ。
僕は、バイトをして生活費を賄うと言ったが、それでは学業が疎かになってしまうと父に反対された。でも、僕はそれが1番良いと思っていた。
僕の生活費がなんとかなったところで、弟の生活費も今後必要になるだろうからだ。
僕が自室で遅くまで勉強をしていると、両親がどうやって僕の生活費を賄うかを話し合う声が聞こえた。
「私がパートに出れば良いんじゃない?下の子ももう中学生だし、ひとりで留守番させても大丈夫よ。」
「パートって言ったって、週に何回かじゃとても足りないよ。小遣いだっているだろ。それに、お前には家にいて欲しい…そう思ってこの家を建てたんじゃないか」
「そうだけど…お小遣いは流石に自分で働いて稼いでもらいましょうよ。遊ぶお金なんだから」
「いや…稼いだ分遊べると思われて勉強をおそろかにされても困る…。やっぱり、奨学金しかないんじゃないか?」
「奨学金借りるくらいなら、私が働きます。どうせあとで返さなきゃいけないんですもの。足りなかったら、私の着物を全部売ってもいいわ」
「それは…大事な形見だって言ってたじゃないか。」
「それよりもあの子の将来の方が大事よ」
「……それなら、あれを解約しよう。」
「そんな……」
「その分食費だって嵩むようになって来ただろう。もともとそのつもりだったじゃないか。」
「そうだけど…あの子になんて言ったら…」
「解約する家庭はうちだけじゃない。ご近所だって、みんなそうしてる……」
コンコン
自室のドアをノックされた。
振り返ると、控えめに開けたドアの隙間から、弟が顔を覗かせていた。
「どうしたんだ?」
「こわくなっちゃった」
「なんだよ、もう中学生にもなったってのに。1人で寝れないのか?」
「お父さんとお母さんが話してるの。お金が必要だから解約するって」
「別に怖い話じゃないだろ?僕の一人暮らし代の事だよ。ああ言ってるけど、僕は自分で稼ぐつもりだよ。お前だって、将来、同じように進学するんだろうし」
「ありがとう、お兄ちゃん…
でも、みんな、はじめは一緒に住もうって言ってくれるのに、大きくなって、遊び相手が要らなくなると、みんな…やめちゃうんだ」
幼い頃に住宅展示場のモデルルームで出会ったあの子の顔だった。
唇が変に曲がった、今にも泣き出しそうな…
「お兄ちゃん…僕を解約しないように、お母さんとお父さんにお願いしてよ」
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