第10話
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「まぁ、私自身過ぎたことを嘆くタイプではないけどな。あぁやって、生徒の心を弄んでいたと知ると辛いモノがある」
「それは大変だったわね、クロード先生。あ、蟹缶貰うわよ」
夕方、クロードは研究室へ遊びに来たアテナに今日の出来事を相談していた。しかし、彼女は「今更かよ」といった様子で適当に聞き流すだけである。
「体、鍛えた方がいいだろうか」
「止めときなさい。どうせ、すぐに音をあげてもっと自分を嫌う事になるわ」
「手厳しいな、君は」
「見解の相違よ。私は、私以上にあなた思いの女をあまり知らないもの」
「……ぐう」
文字通り、ぐうの音をあげて酒を煽るクロード。蟹をつまんだアテナはそのグラスを取り上げ、したり顔で飲み自分のモノとする。
「いい加減、自分のグラスを持ちたまえよ」
「嫌よ。だって、あなたから奪ったお酒が一番美味しいもの」
ケラケラと笑うアテナを横目に、仕方なくカップへ紅茶とブランデーを注ぐ。一口飲んで、クロードは深くため息をついた。
しかし、アテナはジョークを笑ってもらえなかった事で、彼が本格的にまいってしまっていると今度は包むように優しく笑った。
「……一人で抱え過ぎよ。何でもかんでも」
「君がそういうなら、きっとそうなんだろうな」
「一歩間違えば、姫様だってそうなっていたかもしれないのよ」
「あぁ」
「貴族に好かれれば、策謀を疑いたくなる気持ちは分かるわよ。そうやって飼い殺された人が歴史の中に何人もいた事を、あなたが誰より知ってるのも分かってる」
続きの言葉は、酒で飲み込み誤魔化した。代わりに。
「……シャキッとしなさい。男の子でしょ」
「ふふっ」
妙な反応に、アテナは少し眉をひそめて首を傾げた。また自嘲気味な感情でも思い浮かべているのかと、少し心配にもなったが。
「なによ」
「いや、元気出たよ。ありがとう、アテナ先生」
どうやら、杞憂だったようだ。
……。
「なぜ、教えてくださらなかったのですか!?」
「……ほぇ?」
翌日。
クロードは、一も二もなく研究室へ詰め寄り、目じりに涙を浮かべているメアリに胸ぐらを掴まれていた。頑張って手を伸ばしている姿を見て、少し腰を落としたのは内緒である。
「一体、私がどれだけ心配したと思っているんですか!? あなたの事を知った気になっていた自分が、私は心の底から恥ずかしい!」
「……その、悪かった。もうそういう店にはいかないから。今回だけ、許してくれないか?」
「そ、そういう店!? また変な言い訳をして! 私は、なぜ病の事を明かしてくれなかったのかと聞いてるんですよ!?」
そこまで聞いて、クロードは「しまった」と自分の早合点を嘆いた。どうやら、口の軽い友人にいっぱい食わされてしまったらしい。
自分が誘ったことで油断していた。電話を寄越したのはサクスの方だ。元々、探りを入れるつもりで誘わされていたのだと察しがついてしまう。
思い出した。彼の学生時代のあだ名は、ペテン師サクスだ。
「まぁ、仕方ないだろ。医療魔法の碩学であられる先生たちでも俺の父を救う事が出来なかったんだ。所詮、運命には抗えない」
「バカっ!」
その声は、研究棟中へ高く響いた。
あまりの強い魔力により、紅茶が波打ってカップから溢れている。しかし、剥き出しにした怒りの感情も表れないくらい、メアリの表情は耐え難い辛さに染まっていた。
「私がいるではありませんか! 私は、この国の頂点である法王の娘なんですよ!? 他の誰が諦めたって、私は絶対に見捨てません!」
「見捨てないって。発症すらしていない病を未然に防ぐだなんて、そんな事は神にも不可能だろう」
「それでも何とかします! きっと、私が先生が死なないようにしますから! だから……っ!」
いつの間にか、声は震えていた。
「だから、そんなに悲しい事を言わないでください。お願いします……っ」
胸ぐらを掴んでいた手は既に弱く、シャツにかかった彼女の手もやがて離れていったが。
「……変換炉の再生も、当初は不可能だと言われていたな」
クロードは、落ちるより先に彼女の手を握って支えると少しだけ微笑んだ。
「……え?」
「遺跡から発掘したあれは、推定3000年以上も地下深くに埋没していたんだ。シェットランドの建国以前の歴史が残っていなくて、色褪せた用途不明のアーティファクトの再生など不可能だと誰もが嘲笑った。研究費だって、ほとんど出なくてな。それでも、世界中を飛び回って考察と失敗を重ねる内に、段々と周囲の反応が変わっていったのをよく覚えているよ」
「せ、先生」
そして、自らの運命に目を向けた彼は。
「殿下。この命運を、あなたに託してもいいだろうか」
「は、はい!」
二つ返事と共に大輪のような笑顔を咲かせたメアリだが、自分の恋心を受け入れられたと勘違いするほど思慮の浅い女ではない。
しかし、もしも考古学を学ぶこと以外に彼の隣で同じ景色を見る方法があるのなら、この身を投じてしまっても構わないと思えるくらいに、握る手の中に愛があることを実感していた。
ようやく、彼女は進むべき道を見つけたのだ。
「……ところで、一ついいですか?」
「なんだい」
「そういう店って何ですか? まさか、淫らなことを求めるような場所ではないですよね? そんな場所で遊んでいたワケではないですよね?」
またしても揺れ始めたカップの紅茶を見て、いつの間にか力強く握られ、或いは拘束されてしまっている自分の手に気が付くと。
やはり、緊縛を解ける程度の筋力は必要だと確信して体を鍛えておくべきだったと後悔するクロードだった。
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