【中編】マロニエを捧ぐ
夏目くちびる
第1話
001
ここは、シェットランド法国の首都に聳え立つ名門校、レトリバー魔法学院の教室。
学院には、世界のあり方を決定付ける魔法を学ぶため、選ばれた才能の持ち主である輝かしい若者たちが入学してくる。
今日もまた、彼らは自らの持つ可能性を磨き、社会を生えあるモノとするために研鑽を続けている。
しかし、そんな厳しい学院にだって、当然の如く一般教養の授業は存在しているモノだ。
そして、暖かな光が差し柔らかな風が吹き抜けるこの教室では、緩やかにシェットランド史の講義が行われている最中。
教鞭を執る30歳の男性教諭を見つめる生徒の大半は女子である。いずれもウットリとした面持ちで、魔法訓練の休息を楽しんでいるようだった。
「魔法の発見により、それ以前より大きな価値を持つこととなった学問がある。それが何だか分かるか。メアリ殿下」
「は、はい」
殿下と呼ばれた女生徒は、まさか自分が指名されるとは思っていなかったようで。短い杖を片手に微笑むクロード・カミュから目を逸らすと自分の教科書に目を落とした。
「落ち着いて、ゆっくり探してご覧なさい。間違えたって大丈夫」
すると、メアリは照れたように笑ってから静かに口を開いた。照れてしまうのは、姫である彼女がこんなふうに接される事が新鮮だからだろう。
「地政学です。魔法大戦時にはまだ発展途上だったシェットランド周辺が主戦場となった原因も、地政学の発展が主だったと……」
そう、教科書に書いてある。
「正解、よく出来たな」
答えを聞いたクロードは、黒板に魔法でチョークを動かして迅速に精密なシェットランド法国の地図を書く。
メアリは、バレッタで留めているウェーブのかかった長い金髪を撫でて俯き、周囲に顔を隠しながら再び小さく笑った。
「魔法の発見以前は、資源の有無や地形の有利不利など様々な観点から考察されていたが、今となっては龍脈。つまり、地中に流れる星の魔力のルートが多く集まる土地こそが価値のあるモノとなった。人類が龍脈を感知する術を覚えたことで、この国の価値は爆発的に高くなったんだ」
加えて、説明の過程で今度は赤いチョークを手で使い、いくつかの場所を囲うと斜線で分かりやすく表していく。
「エアデール戦線、ロットワイラー戦線、ヨークシャー戦線。いずれも、超大国からの激しい攻撃があった。しかし、国土は小さく、更に当時に強力な兵器を持っていなかったにも関わらずシェットランド法国がほとんど無傷で戦争を勝ち抜けた理由は、これらの土地の地下に豊かな龍脈が通っているからだ。本日は、魔法大戦の歴史。先程の例に挙げたエアデール戦線と当時の戦術魔法について学んでいこう」
そして、クロードは時折生徒たちへ問いを投げかけながら、静かに授業を進めていった。
窓から吹く風がクロードの前髪を靡かせると、何人かの女生徒たちはため息を吐く。彼の大人びた余裕と色気が、著しく心を満たしていくからだ。
マロニエの貴公子。
それが、貴族令嬢たちの巷で囁かれているクロードの呼び名である。
爵位を持たぬ彼を貴族の彼女たちがそう呼ぶ事が、どれだけの憧れを集めているのかを如実に表しているだろう。
黒髪を大きく分けて額を晒すミディアムヘアに、深紫の瞳と白い肌。身長は180センチとやや高く、服装は白シャツにスラックス、丈の長いライトブラウンのローブを羽織っている。
触媒は、通り名にもなっているマロニエの杖。考古学者として挙げた実績に対し、法王より与えられた名誉ある勲章である。
――鐘の音。
やがて、時計台に輝く黄金が授業の終わりを告げると、クロードは自分の懐中時計を確認してチョークを黒板の皿に置いた。
「今日はここまで。次回はロットワイラー戦線について話をする。スムーズに進められるよう、諸君も教科書に目を通しておきたまえ」
そして、クロードはマロニエの杖を一振りして黒板を綺麗に直し、使った教材のスクロールを鞄の中へ吸い込ませてから教室を後にした。
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