第2話 豪胆な幻術
王国のある街ですれ違う人々が、一つの暗い話題を囁き合っていた。人々は呆れと怒り、そして僅かな恐怖の感情を口々にしている。
「聞いたか? あの剣神流の門下生が大勢殺されたらしい」
「剣神流って言ったら、王国騎士団の団長の流派だろ? そりゃあ......騎士団に喧嘩売るようなもんだぞ」
「生存者はいるらしいが、満身創痍で復帰はできないものが殆どらしい」
「生き延びた騎士様が、辻斬りの情報を持ってたらいいんだけどな......見た目とか」
「どうだかな。なんも情報が出回らないってことは、何も知らないんだろうぜ」
また街のとある路地で、主婦らしき人が噂話をしている。その表情は不安と鬱憤で満ちている。
「今度は街で辻斬りが出たらしい」
「結構近いじゃないのさ怖いねぇ......国は一体何やってるんだい」
どこか暗い雰囲気の漂う路地を抜け、とある酒場の扉を開け放つ。そして“男”はカウンター席を一瞥すると、近くの空いた席へと無造作に腰を下ろした。
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酒場の中でも一際目立つ“大柄な男”が、カウンター席で静かに酒を飲んでいた。その男性の前に立つ店主と談笑している所を見るに、男性はおそらくこの酒場の常連客の様である。
「数年前の魔族の侵略や、最近多発してる魔法使い襲撃事件といい......物騒になってきましたね?」
大柄な男性の目に立つ酒場の店主は、少し気を使うように話し出す。しかし男はそんな事を気にせず、目の前に置かれた酒を飲みながら呟く。
「今まで表沙汰になっていない事が、大っぴらになっただけだ。皆が言う程、状況は変わってねえよ」
大柄な男性はどこか達観した様にそう呟くが、店主は国の現状に一抹の不安を感じている様である。
「それでも素人さん達からしたら、いきなり物騒な事件が多発して不安が高まってきています。それが原因なのかはわかりませんが......最近ではそれらに乗じて、法を犯す者も増えてきたみたいです」
「まあ、それこそ国の仕事だからな。俺たち武人には関係ねえな」
そう言うと大柄な男性は全く気にする様子も無く、酒の入った容器を口に運ぶ。すると口内には酒の独特な苦みが広がり、飲み込むと今度はハーブの爽快な香りが鼻腔を抜ける。
男が酒を楽しんでいると、店主は大柄な男性を煽るような発言をする。
「関係ないですか? 最近はその武人を狙った犯行も多い。旦那はここじゃ名のしれた剣豪だし、もしかしたら狙われるかもしれないんですよ?」
店主のそんな問いに対しても、やはり大柄な男性は表情を崩さず淡々と答える。さも当然の様に。
「それこそ俺にはどうでもいいことだ。俺のとこに来たら斬る......それだけだ」
「はぁ、やっぱ剣豪は考えが違いますね? でも旦那はウチの太客だ。旦那が来なくなればそれだけで、売上がガタ落ちしてしまいますから......気をつけてくださいね?」
店主の冗談混じりの心配に、大柄な男性は初めて表情を崩し笑う。そんないつもの豪胆な姿に、酒場の店主は安堵し軽口をこぼす。
「ははっ!! 結局は金か?」
「こちとら商いなものでね。金勘定は大事ですよ」
「気分が悪くなってきたから今日は帰るか…金はここに置いとくぞ」
「ちょっと旦那、冗談ですって〜!!ちゃんと明日も旦那の酒準備しときますから来てくださいよ~!!」
男は金をテーブルに置くといつもの様に、手を振りなが酒場を後にする。大柄な男性の姿が完全に消え失せた所で、入り口の近くの席に座っていた男も席を立って店を出た。
何も頼まず店を出た男を一瞥すると、店主は溜め息だけ吐き大柄な男性の飲んでいた器を下げた。
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カツ…カツ…
夏の夜風が男性の肌を撫でる。そんな季節の趣を感じながら、ただ無言で歩き続ける。
大柄な男性が向かう方向は次第に人が少なくなり、最終的に動物の気配や、先程までの風も感じない程の静寂が支配する......そんな死の雰囲気すら感じる不気味な廃墟へと訪れていた。
「…ここらへんは数年前の魔族侵略で廃墟になった地区だ。今でも幽霊が出るだの、魔族の呪いだのとくだらん噂が絶えない場所だ」
大柄な男性は静寂の夜道で語りだす。誰もいないはずの廃墟を歩きながら。
「その馬鹿げた噂話おかげで、ここには人が全く寄り付かない。お誂え向きな場所だろ」
廃墟となる前は人で賑わっていた広場跡で立ち止まると、大柄な男性は後ろを振り返り廃墟の闇へ視線を向けた。
「いつから気づいていた?」
振り向いた先にある闇の中から、若い男の声が聞こえてくる。その声に男は自らの身体を真っ二つにされるような、冷たく鋭い刃物の様な印象を抱いた。
「あんなに熱烈な視線を向けられたら誰だって気がつく。出来れば野郎じゃなく......きれいな女性だったら文句はなかったんだがな?」
大柄な男性は冗談交じりに、そしてそれが普通だとこともなげに話す。
だが若い男......ウィルは師を殺して以降、己の存在を気取られたことは一度もなかった。
「お前も”眼“の領域にあるのか?」
「眼だぁ......? よくそんな古いことを知ってやがるな。今の若いもんは勤勉なのか、めんどくさがりなのかよくわからんな」
ウィルは己の剣に手をかけると、男が片手を前に出し制止してくる。
「まあ待て!! 時間なら腐る程あるだろう、まずは剣士の礼儀に則り名乗らせてもらおう!!」
そう言いながら大柄な男性は豪快に剣を抜く。ウィルは相手の脱刀を制して、正々堂々と自らの剣を先んじて抜く口実を作る大胆さに感心した。
「俺の名はユーゴ・カルウェズ!! 堅豪流の師範だ!! お前は最近巷を騒がせている辻斬りだな?!」
大柄な男性......ユーゴ・カルウェズの名乗りを聞き、ウィルも剣を抜き上段に構えながら名乗る。
(堅豪流......たしか何でもありの流派だったか?)
過去に師からそんな話を聞いた覚えがあったウィルは、記憶を手繰りながら特徴を思い出す。堅豪流の特に目を引く特徴は、その常軌を逸した筋力鍛錬だと。
この男の身体を観察するが、力勝負に持ち込まれたらオレでは太刀打ちが出来ないだろうと、ハッキリとわかる体格の良さ。
「オレの名はウィル。流派は持っていない」
「流派がないだと......? その構えは虎牙流だろう。まさか破門にされたか」
「元となっているのが、虎牙流というだけだ」
「なるほどな!! だがあそこの爺さんに剣を教わっていたと言うなら、これまで聞いた噂もあながち間違いではなさそうだな」
どこか納得した様に笑うユーゴ。それに対してウィルは淡々と煽り返す。
「お前がどんな噂を聞いているかは知らないが、お前もこれからその噂の一部になる」
「ハッやってみろ!! 我が剛剣の前では、貴様の鈍らなどひとえに風の前の塵に同じだ!!」
そう言うとユーゴは一気にウィルとの距離を詰める。その速度はユーゴの巨体が一瞬残像を残し瞬間移動したと錯覚するほどだった。
「フンッ!!」
ユーゴの剣がウィルに迫る。しかし剣がウィルへと接触する寸前に姿が消えた。それと同時に男の腹部に痛みが走る。
しかしユーゴは止まるどころか、攻撃の勢いがドンドン増してゆく。ウィルはユーゴの攻撃を避ける。
「はははっ!! その程度の斬撃では、俺を斬り伏せることはかなわんぞ!!」
先ほどウィルが放った斬撃は半ば、弾かれるようにユーゴの身体を離れた。
そして斬った瞬間、ウィルはある違和感を感じた。まるで岩を打つかのような感覚、そして打った後何かに包まれるような......そこでウィルの頭にある技術が浮かぶ。
「これは身体強化魔法か?」
ウィルの問いかけにユーゴは感心した様な表情を浮かべ語り出す。
「おうよ!! 俺の流派は魔法だろうがスキルだろうが、強くなれるなら何でも使う!!」
「潔く邪道を往くか…そういうの嫌いではない」
ユーゴはウィルの言葉を聞くと豪快に笑った。
「気があうな!! どうだ今からでも酒を飲み交わすか? バロックって酒場何だが、そこ特製の酒がコレまたうまくてな!!」
「断る。酒は好かん」
「はははっ!! 斬撃が生っちょろい訳だ!! 酒も呑めん鼻垂れが放つ斬撃など......おわっ!?」
「ちっ!」
豪快に笑うユーゴの喉元へウィルは突きを放つが、ユーゴはその攻撃を軽々と避ける。そして大きく目を開きながら、憤慨した様子で言葉を捲し立ててきた。
「話てるときくらい大人しくせんか!? 全く最近の若者は…」
「これは遊びではない。殺し合いだ」
「そうか? 俺にはじゃれ合い程度に思っていたんだがな? まるで俺の息子を相手取っている気分だぞ」
ユーゴはこの立ち会いを始めてから、一度も焦る様子を見せていない。事実ユーゴは余裕すら感じさせる身のこなしで、ウィルの斬撃を躱していた。
ウィルの放つ剣技はユーゴに触れられない。まるではじめから当てる気がないように技が外れてしまう。
「どうした!! 遊びではないとは口だけか?」
そんなウィルに対してユーゴは煽るように言いながらその剛剣を振るった。だがその瞬間、予想だにしない衝撃がユーゴの脇腹に生じた。
「がはっ!?」
ユーゴの脇腹にウィルの放った斬撃が直撃した。その攻撃はユーゴの肉を断つことは無かったが、破けた衣服の隙間から青紫色の痣がのぞかせている。
「幻術か…自らの動きを一瞬遅らせて、見せることでタイミングをずらしていたな?」
「...!? よく気がついたじゃないか!!」
「はじめて表情を変えたな......どうやら当たりのようだ。それに幻術を使っている間はズレのタイミングを悟らせないために攻撃できないんだろ? この程度の幻術は一度バレたら、武術家には通用しないからな」
ウィルは口元を歪めながらユーゴを煽る。しかしユーゴは不屈の精神でウィルをしっかりと見据える。
「その通りだ!! しかし幻術がバレようとお前の剣が通用しないことに変わりはないぞ!!」
「くだらん虚勢をはるな。もう気がついているはずだオレの剣はお前の命に届くと」
「それはどういう......」
ユーゴはウィルの言葉に疑問を持つが、すぐにその答えを導き出す。
「俺の魔力操作の精度が落ちている......?」
ユーゴはウィルから視線を逸らさず、自らの剣を握る力を強くする。ウィルに言われて気づく程度の小さな違和感。この感覚はまるで、厳しい鍛錬の後に似ている。
「力が抜ける......というよりは緊張が解けて、疲労が一気に広がっておる様だ。一体何をした?」
ウィルはこの戦いが始まってから、先ほどの攻撃を含めても2度しか攻撃を当てれていない。だがユーゴは確信していた。
この男が何かをしたのだと......
「俺は最初からお前に技を当てる気はなかった。オレが狙っていたのはお前が纏うその魔力だ」
ウィルは剣を当てた瞬間ある違和感を覚えた。本来の身体強化魔法は自身の身体の中で完結させる代物だ。これは体外で行うと魔力の流れが阻害され魔法がうまく発動できなくなる可能性があるためである。
ウィルが覚えた違和感の正体、それはユーゴが身体強化の際の魔力操作を体外で行っていることで表面化した魔力そのものであった。
本職の魔法使いならばちょっとやそっとの阻害にも対応できるだろう、しかし武人とはいえ本職ほどの練度も知識もない者がそれを行えば......
「ほころびが生じるのは自明の理」
一筋の閃光がユーゴの胴体に向けて、一直線に通り抜ける。だがユーゴも並の武術家では無い。ウィルの鋭い横薙ぎを剣で防ぐと、即座にウィルの脇腹へと蹴りを繰り出す。
蹴りを喰らったウィルは横にバランスを崩す。その姿を確認するや否や、ユーゴはその剛腕から斬撃を喰らわさんと踏み込む。
「ッ!?」
だがユーゴの攻撃は踏み込んだ際の、足のもつれと激痛によって空を切ってしまう。ユーゴはその痛みを感じた箇所を見る。
「なかなか器用なことしやがるな。蹴りで足が伸び切った瞬間、剣で膝を叩きやがったな?」
ユーゴの足には血こそ流れていないが、膝の激痛と関節部の違和感から、恐らくは膝の腱を損傷したと推測する。
「どうする。ここでやめるか?」
ウィルは立ち上がると無感情にユーゴへ問いかける。ユーゴを見るその瞳は、本当にユーゴを見ているのか、分からぬほど暗く濁っていた。
その瞳を見たユーゴの背中に冷たいものを感じた。久しく忘れていた感覚......それは恐怖。
(俺よりも一回り以上は若いであろう小僧に、俺は恐怖をしているとうのか......面白いっ!!)
ユーゴは確かに感じる恐怖心を、不撓不屈の戦闘心が凌駕した。
「ふ、はははっやめるかだと!? 馬鹿なことを言うな。お前ほどの男を前に引くなどありえん!!」
「そうか。なら次で終わらせる」
ウィルは体を前に傾け、剣を縦に構える。対してユーゴは剣を大きく上に持ち上げる。
静寂で満ちた廃墟で二人の武術家が、静かに互いの出方を探る。
「ムンッ!!」
先に動いたのはユーゴだった。ユーゴは前方に向けて大きく足を動かし、ウィルの間合いに入り剣を振り下ろした。
ユーゴの剛剣がウィルの頭上へ迫り、その剛剣がウィルの頭を割る......ことはなかった。
ユーゴの剛剣はウィルの繊細な剣捌きによって、大きく軌道をずらされた。そして......
ウィルの剣はユーゴの喉元に、深々と突き刺さっていた。感じたことのない不快感。激痛と共に感じる、異物が内部にとどまる感覚。
剣を突き刺されてやっと理解出来た異物の正体。自らの身体強化魔法を阻害した技術。
「なるほどな。自らの剣に魔力を通し、俺の魔法を阻害した......のか......」
「ああ、そうだ」
ウィルは剣を引き抜きながらユーゴを蹴飛ばす。その行動にユーゴは弱々しく笑う。そこには先程までの豪胆さは一切感じられない。
それは今まで何度も見てきた、死にゆくものたちの姿。
「ははは...容赦がないな。嗚呼、くそ......これで.....終い.......か」
「ああ、これで終いだ」
そう言うとユーゴの目から光が失われる。もう決して動くことのない肉塊を、ウィルは感情のない瞳で見つめ小さく呟いた。
「…もし最後まで魔法だけに頼らずに、己が磨いた剣で戦っていたら......負けていたのは俺だったろう」
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王国のある街ですれ違う人々が、新たに生まれた暗い話題を囁き合っていた。
「聞いたか? ユーゴさんが......」
「ああ、あの廃墟で無惨な姿で見つかったらしい」
また街のとある路地で、主婦らしき人が噂話をしている。その表情は不安と恐怖で満ちている。
「やっぱり呪いだよ!!」
「もうあんな場所、壊しちまえば良いんだよ!!」
どこか暗い雰囲気の漂う路地を抜け、とある酒場の扉を開け放つ。そして“男”はカウンター席へと無造作に腰を下ろした。すると店主が近づいてきてメニューを渡してくる。
「いやぁ…最近物騒ですね…」
男の前に立つ酒場の店主が寂しそうに話す。
それに対し男は注文した酒を、不味そうに顔を歪めながら呑む。
「最近ね…ウチの常連が殺されたんですよ。皆んなは呪いだ何だと言ってますがね? 私はわかるんです。あれはきっと誰かに殺されたんだって…」
「自分の子供を残して一人で逝くなんてね......酷いことだよ......」
男はただ黙って、話を聞きながら不味そうに酒を呑む。
「お客さん。美味しくなかったら無理して飲まんでも良いんですよ? それはもともと常連客だけが好んで飲んでたものですから、あとは棄てるだけの代物ですし......」
「いや、もう少しこの酒を頂けるか?」
「はぁ......お客さんも物好きですね」
結局男は残っていた酒瓶をすべて空けると、代金をテーブルに置き「美味かった」と呟き店を出ていった。以降その客が店に来ることは無かったという。
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