剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

第1話 巣立ち

 草木も眠る真夜中、道場の入り口で腰に剣を差した二人の人影が、向かい合う形で佇んでいた。


 一方は白髪を束ねた初老の男が道場の入り口を塞ぐ様に立ちはだかり。もう一方の無造作に伸ばされた黒髪の若い男が、感情が読めない無表情でため息を吐いている。


 夜風が窓を震わせる音のみが、二人の佇む道場で木霊している。そんな不気味な静けさが漂う空間で初老の男が底冷えする声で呟く。


「ウィルよ.....考えを改めるつもりはないのだな?」


 眼の前に佇む初老の男が、ウィルと呼ばれた若い男に問いただす。初老の男の声には、ひどい落胆の感情が滲み出していた。


 その問いかけを聞いたウィルは、再度ため息を吐く。そして初老の男に向けて、前々より告げていた自らの思いを再度ぶつける。


「くどいぞホリス師範。何度頼まれようと、オレはこの道場を継ぐつもりは無い。それに道場なら師範、貴方の息子であるレジナルドに継がせればよいではないか」




 ウィルは初老の男.....,師匠であり、捨て子の自分を育ててくれた父とも呼べる存在、ホリスにそう言い放つ。そして当のホリスはウィルの言葉を聞くと、イラついた様子で否定する。


「アイツは駄目だ。俺の息子というだけあって剣の腕は良いがそれだけだ。それ以外は至って凡庸、この道場を次ぐほどの器ではない」


 ホリスは腰に指した剣の柄頭を、苛ついた様子で軽く叩きながらそう答えた。しかしホリスがどれだけ不機嫌だろうと、ウィルのは心を動かすことはなかった。


「それに未だ自分の求める剣を見いだせていないアイツが、どうして他の者達を導けよう?」


  自分ホリスの制止すら振りきってまで、自らの道を行こうとするウィルの姿勢を素直に評価していた。武術家たるもの教えを問うてばかりでは成長できぬことを、歴戦の猛者たるホリスは理解していたからだ。


 だからこそホリスは、道場をウィルに継いでほしかった。そしていずれ自分ホリスの力を越えるであろう、若き才能をみすみす逃すなどあり得ないと考えていたから。


 だがそんなホリスの思惑とは裏腹にウィルは、心底理解出来ないと言う表情で疑問をぶつけてくる。


「尚更わからんな。息子殿は人格者だ、道場内の信頼も厚い。剣だけでなく体捌きなども常人よりはるかな高みにある事に皆も承知している。充分この道場を次ぐに値すると思うが?」


 息子殿レジナルドを凡庸と評するホリスであったが、ウィルから言わせれば息子殿レジナルドも十分、才のある武人であった。


「才はある。それは俺も認めよう。しかしあいつは俺や、お前が持っているモノを持ち合わせておらん」


 ウィルはホリスの言う“二人が持ち合わせているモノ”に身に覚えがなかった為、首を傾げる。そんな姿を見たホリスは、笑みを浮かべながら唐突に訳のわからない質問をしてきた。


「ウィルよ…お前は俺を見てどう思う?」


「どう思うとは…?」


「何でもいい。俺を見て思ったこと…初めて会ったときや今の俺でもなんでも良い。とにかく俺がどう見えるか言ってみろ」


 (師範ホリスを見て思ったこと......)


 ウィルは顎に手を当てながら、ホリスを見定める。そしてホリスと初めて出合った時に感じた事を口にする。


「活力を感じない......いや、というよりも」


 ウィルは呟くように口を開く。


「死人......」


 かねてより感じていたホリスの印象。その大仰な態度と裏腹に、何処までも冷たく無機質で無感情な瞳。ウィルが自らの言葉でそれを表すと、ホリスは何処か嬉しそうな表情で頷く。


「そうか......やはりお前には俺が死んでいるように見えているか。実はアイツにも同じ質問をした事がある。しかしアイツは俺が、いつまで経っても元気なジジイと言ってきやがった!!」


 ホリスはそう言いながら「ガハハ!!」と豪快に笑った。しかしオレにはその顔が笑いながらも、まるで失望したような......心がそこにないようなそんな印象を受けた。


 やはりあの瞳が原因なのだろうか?


 そんな考えを巡らせていたウィルを無視して、ホリスは矢継ぎ早に質問をしてくる。


「これが俺らにあって、あいつには無いものだ。わかるか?」


「......」


「がははっよくわからんか!! 簡単に言うと、人を見る目がねえってことだ!!」


「自分は人を見る目があります。なんて自分で言ってて恥ずかしくないのか?」

 

「今はそんなこと話しとらんわ!! とにかくお前は”眼“の才能がある。それは経験や努力でどうにかなるもんではない。いわゆる…あー…こういう時に学がねぇとどう伝えたら良いかわからんくなるな…」


 ホリスは頭を掻きながら、どう説明したら良いかを考える。そして数秒経ったのちにホリスは、急に顔を上げ自らの手を叩く。


「そうだ! 魔法で言うところの”サーチ“ってやつに似ているな。別名”魔眼“だったか、とにかく普通じゃ感じれない微かな変化を察知することのできる魔法だ。”眼“はそれに酷似しているが魔法じゃねぇ。ごく限られた武人が持つと言われる資質のようなものだ」


 限られた武人が持つ資質が、自分にあるのかとウィルは自問する。しかしその答えが出ることはなかった。


「それがオレに備わっていると言うことか?」


 ウィルは考えるのを諦め、ホリスへと自分の”持っている資質“について聞き返す。だがホリスはその問いを一部分否定する。


「いや、まだお前には備わっていない。だがその予兆は出てきている。それがお前が持っていてあいつにはないもの」

 

 ホリスの柄頭を叩く力が増していく。


「それで? それと道場を継ぐことに何の関係がある」


 ウィルは答えに薄々勘づいていながらも、その関係について問いただす。するとホリスが柄頭を叩く手が止まる。 


「分かっているはずだ」


 ホリスが剣を抜く。


 (嗚呼、やはりそうか)


「師範よどうやっても、そこを通してはくれないのだな?」


 ウィルの問いかけにホリスの口が三日月の様に歪む。


「ああ!! 主がここを出て征くというのならば、儂を斬り実力で越えてみせよ!!」


 今宵は月すら陰る闇夜。他の門下生は皆寝静まっている。なぜウィルが出ていくことに、ホリスが気がついたのかは分からない。もしかしたらそれが”眼“というものなのかもしれない。


だがウィルはその疑問を頭から追い出す。今目に前にいる白髪初老の男が、片手間に相手のできる者ではない事を、ウィルは一番よく理解している。


 そしてウィルこの道場に入り、間もなく師より賜った剣を抜き構える。それと同時にホリスも剣を構えた。


 そのお互いの姿を見て自然と笑みが溢れる。それは奇しくも同じ構えであった。


「いいだろう......しかし師範よ」


 ウィルは一度深く呼吸し、力強く言葉を発する。


「オレはもう、あなたより強い」


 勝負は一刀で決した。


「見事だ…!!」


左肩から同の中心にかけて切り裂かれたホリスは、静かに同時に満足げな表情を浮かべると力なくその場に倒れ、後には死体と静寂だけが残った。


 ウィルは血溜まりに倒れ伏す恩師ホリスを一瞥すると、そのまま音を立てずに未だ日が登らぬ闇の中へと逃げるように消えていった。

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