まずはスライムからはじめましょう

 一見すると中世ヨーロッパ風の街並みを眺めながら歩く。町は人や亜人で賑わい、当摩にはどれも珍しく見えた。


「ここが冒険者ギルドよ」

 ストーンヘンジから少し歩いたところにその建物はあった。

 張り紙がいっぱいあったり、飲食スペースで酒を飲む冒険者がいたり、そこは賑やかな場所だった。


 神奈は迷うことなく受付の女の子のところへ行く。

「いらっしゃいませ……あら神奈様、今日はクエストの受注ですか? それとも魔石の換金ですか?」

「ええ、今日はクエストを」

「いつものようにAランクですか?」

「いえ、今日はFランクでお願いします」

「Fランクですか? 子供のお使いレベルですよ。珍しいですね」

「ちょっとこいつがね」

 そう言って神奈は当摩を小突く。


「あら、新米の方ですか、さっそく登録しましょうか」

「お願いね」

「ではこちらへ来てください」

 受付の女の子の手が光る。あの巫女さんと同じような魔法だ。


「浜屋当摩さま、ジョブはあら……村人ですか……えっ!」

「しっ! 大きな声を出さないで」

 神奈が女の子を片手で制する。

「これは……見たことのないエクストラスキルですね」

 女の子は小声でつぶやく。


「当分の間このことは関係者のみで他に漏らさないでほしいのよ」

「ええ……分かりました。しかし冒険者ランクはどうしましょう?」

「とりあえずはFランクにしておいて」

「わかりました……冒険者手帳を発行しますね」

 黒革の装丁がされた結構高級そうな手帳を渡される。


「さて、当摩、あなたにはこれから子供でも倒せるモンスターの討伐クエストを受けてもらうわ」

「えっ⁉ ええぇっ……やっぱり戦うの?」

「戦って、経験値をかせいで魔力マナの量を増やさないと上位のジョブになれないのよ」

「でも……生き物を殺すのはちょっと……」

「モンスターは生き物じゃないわ」


 神奈の説明するところによるとモンスターとはこの世界に満ちている魔力がよどんでできる、魔石という結晶に、魔王の瘴気やら排泄物やらなんやらが宿ってできる人類の敵なのだそうだ。だから切っても血も出ないし、絶命すると身体は無散むさんして魔石だけが残るという。


「わたしたちの世界の病原菌や自然災害みたいなものね。魔王という天災の一部よ」

「そ、そうなんだ」

 まだ少し納得できなかったが、生き物じゃないと聞いて少し安心した。


「今、Fランクの討伐クエストは地下水道のスライム退治がありますが」

「それにしようかしら」

「わかりました。水道の入口までご案内します」


 ※


 神奈が明かりの魔法を唱えると、暗い地下水道が照らし出された。

「けっこう水は綺麗なんだ」

「ここら辺は上水よ。スライムが繁殖すると水が汚れるから、定期的に退治しなきゃいけないのよ」

「へ~スライム、スライムっと……おっ! あれか」


 見ると緑色のヘドロのような物体がうごめいている。


「ゼリー状の身体のなかに、目と脳があるの、よく見れば見えるはずよ。そこをこのナイフで突けば簡単に倒せるわ」

「う、うん……」

 神奈から受け取ったナイフ片手に、慎重にスライムに近づいた。


「まとわりつかれると厄介だから気を付けなさい」

「えっと、目……目……どこだ?」


 当摩がおろおろしているうちに、スライムの方が危険を察知して、おそいかかってきた。

「わぶっ! ぶぶっ! お、おぼれるっ!!」

 顔にへばりついたスライムを必死にはがそうとするが上手くいかない。


「やれやれね……炎の因縁よ神の怒りよ、噴け嵐となれ」

 神奈は魔法で真っ赤に燃える炎を呼びだして、躊躇ちゅうちょなく当摩にぶつけた。

 たちまちスライムは蒸発する。


「わわわ……熱く……ない?」

「ホントに魔法は効かないのね……感心したわ」

「か、神奈ちゃん、今炎だした?」

「異世界の魔術は大半が魔法よ。……ここでオカ研クイズ、魔法と魔術の違いは?」

「えっと……実際に効果のあるのが魔法だっけ?」

「あなた、学校の授業はちゃんと受けてるの?」


 神奈ちゃんいわく、魔術は心と霊と運命に作用するもので、基本的に観測は出来ない、魔法は運命操作が魔術の限界を超えて実際の現象がねじ曲がる魔術のことを指すそうだ。

 先ほどの炎は焼死の運命を魔力で練ってぶつけているのだそうだ。


(この娘、さらりと人体実験したんだ……恐ろしい)

「現実の世界でも魔法ってあるの?」

「あるわ、ごく一部の例外的なもののみだけどね。機会があったら教えてあげる。今はとにかくスライムよ」


 先ほどまで当摩にへばりついていたスライムは臭いも残さず消え去っていた。ふと地面を見ると小さな光る石がある。

「それが魔石よ。この世界では煮炊きや風呂沸かし、車の動力とかもすべて魔石の魔力を使うの。需要はきず、必ずお金になる物だから拾っておくといいわ」

「う、うん」

 手に取って見ると石なのに柔らかい不思議な感触がした。


「さて、クエストの完了には最低十匹は倒さないといけないわよ」

「えっ! そんなにか」

 辺りを見回すとすこし先にもう一匹のスライムが見えた。


「今度は慎重に……」

 遠目に見て、じっくりと観察するとスライムの目が見えた。

「うん……あれだ」

 今度は当摩の方から近づいて、素早く目を刺した。ビクンッと緑のゼリーがうごめくと、次の瞬間にはスライムは無散していた。


「ふんふん、なるほど。こうやってみると簡単だな」

「これがFランク、子供のお使いよ」

「神奈ちゃんたちがいつもやっているっていう、Aランクの討伐クエストのモンスターはどれくらい強いの?」

「ざっと戦車くらいの強さだわ」

「ひぃぃ恐ろしい」

 戦車のような怪物になんて絶対に会いたくない。当摩はおびえた。


「梨花はこの世界では召喚士で戦車並みの装甲と腕力を持つ土の巨人タイタンを召喚できるわ」

「召喚って……あっ! そうかこっくりさんができるから」

「そう、京史は雷雲らいうんを呼びだすサンダーメイジよ。その雷の魔法も戦車並みのモンスターを狩れるほど」

「そしてわたしの本気の魔法は戦略爆撃機せんりゃくばくげききの空爆より威力があるわ」

 また神奈はドヤ顔を見せる。


「一生追いつけない気がする」

「いつまでも村人でいさせるつもりはないわ。どうも魔法の才能は皆無みたいだから、戦士系の力を伸ばそうかと思っているけど」

「うう……肉弾戦怖い」

「男の子でしょっ! シャキッとなさい」

 神奈が赤く光る目で当摩を睨みつける。

(あっ……怒った顔も可愛い)


「でも、そうね今のわたしの魔力量は十億くらい、あなたは十四くらいよ」

「どれだけの差なのでしょうか?」

「そしてこの洞窟に入ったときのあなたの魔力量は十ちょうどくらいだったわ」

「四増えて……あっ! スライムを倒したから」

「そう、あなたは確実に強くなっている」

「全然実感ないけど」

 自分の身体を見ても、特に変わった様子はない。


「そうね、試しに次のスライムからわざと攻撃を受けてみなさい」

「うう、ちょっと不安だ」

 そして、すぐに見つけた次のスライムに慎重に近づく、弱点の目はしっかりと捉えている。


 スライムが飛び掛かってくる。

 思わず身構える。しかしスライムが顔にへばりつくことはなかった。

「なんだこれ? バリア?」

 スライムは当摩の身体を包み込むように光る、透明な壁みたいなものに阻まれていた。


「これが魔力障壁マジックバリア、魔力量さえあればこうやって障壁が敵の攻撃をはばんでくれるのよ」

「す、すげぇ」

「もうスライムは敵ではないということね」

 その後はスライムを難無く倒し、ギルドへ報告したところで、頭の中に妙な音が響いた。

 (これ……スマホのアラームだ)


「もう朝ね。そのまま目を覚ますといいわ」

 ふっと気がついた時には自分のベッドの上だった。半日くらい冒険していた気がするが、目覚めはすっきりしていた。

(そうか……俺は寝てたんだ)


 その夢は明晰夢とかそういうレベルじゃなく、まさに異世界旅行だった。

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