20 全力疾走

 城内は当然のことながら、何の気配もない。

 僕とテビスの足音だけが、コツコツカツカツと小さく響く。

 何の打ち合わせもなく入ったが、足はふたりとも地下へ――ルビーがいた場所へ向かっていた。


 どこの王城にも地下牢というものはある。使ったことはないが、セリステリア王城やインフィニオル王城にもある。

 不届き者を入れるためなのはもちろんのこと、時には貴族や王族の謹慎にも使うため、町や監獄の牢よりは清潔だ。

 とはいえ、ここは魔王城。

 石造りで通気性の悪い牢内は、滞在するだけで体調を悪くしそうだ。

 僕の魔法は様々な悪臭まで忠実に再現していた。


 ルビーが入っていた牢の前へと到着した。

 中は当然からっぽで、当時のルビーが使っていた粗末なシーツや寝床代わりの藁が散らばっている。

「ふむ、ここには何もないな。別の場所を探索してくる。手分けするか」

「そうだね。何かあったら知らせて」


 テビスはこのまま城の地下と地上二階部分までを、僕は地上三階から上と左右の塔を調べることになった。


 自分で再現したものの、魔王城をじっくり歩くのは初めてになる。

 インフィニオル王城よりは小さな城だが、セリステリアの城より堅固な造りだ。

 セリステリアの城なら軽く魔法一発で消し飛ばせるのに、この城は僕がほぼ全力を出さないと壊せなかった。

 魔物や魔王がわざわざ築城なんてするわけがないから、元は人か魔族か、あるいはそれ以外の誰かが造ったのだろう。

 その証拠に、細く手狭で魔物のような大柄な生物では扱いづらかったであろう左右の塔は、城内に置かれていたであろう華美な調度品が適当に押し込められていた。

 その中に、気になるものがあったので、それを掴んでテビスの元へ向かった。


「どうだった? ……なんだそれは」

「この城の元の持ち主のものかなって」


 僕が持ち出したのは、飾り盾だ。

 大きさは、僕の腰から下が完全に隠れるほど。

 中央は太陽をモチーフにしたらしき紋章が入った盾で、その両サイドには……コウモリのような翼を持つ人型の何かが、杖と剣を掲げて向かい合っている。


「このような紋章や意匠は見たことがないな。調べても分からぬだろう。だが、確信が持てた。やはりこの城は――」


 ここは、ネピリムの城だった。

 ただし、テビスが調べてきた、おとぎ話や伝説上のネピリムとは様子が異なる。


 この城で見つかった古い書物や書類によれば、ネピリムとは魔族のような、僕たち人間と少し異なる人型の種族だ。

 背に小さな翼を持ち、自分たちの祖先は「天から降りてきた」と信じていたため、ネピリムと呼称していた。

「彼らが生きていた時代は……今より千年以上は昔のようだな」

 テビスが年表に書かれている数字と記号を見て、そう読み解いた。

「じゃあ、今は?」

「ここに残っていたのがあやつだけだった。それと……原因はこれだろうな」


 テビスは手にしていた紙の束を僕に見せ、その箇所を指さした。


「魔力資源の枯渇、全体の、短命化……。で、でもルビーは」

 魔力に関しては、僕さえいれば問題ない。短命と言ったって、ルビーはまだ……。

 テビスはゆるゆると首を横に振り、哀しそうな目で僕を見る。

「あれは自分の歳を知らぬ。もしかしたら、俺たちより年上の可能性もある」

「そうだけど、そうじゃなくて。どうしてルビーだけ生き残ってたのか」

「答えもここにある」

 テビスの指先に書いてある文章は、ところどころ掠れていた。


「封印、……満ちたときに解放……一人だけ、ネピリムの宝、姫……」

「魔王は魔力が多かったからな」

「でもクリムゾンは知らないって」

「地下牢なぞ、用もなければ足を運ばないだろう。封印が解けた時、偶然居合わせなかったのかもしれぬ」

「他には何か……」

 ルビーがここにいた理由や出自はだいたいわかった。

 けど、そうじゃない。

 ルビーを助ける方法は?

 僕はテビスが書物や書類を持ち出してきた部屋へ行き、他の手がかりを探した。

 他の部屋ももう一度、くまなく探索した。


「リョーバ、もうよかろう。後は俺がやっておく。お前は」

「……うん」


 気づけば夜になっていた。

 テビスを魔王城に残し、ひとりで家へ戻ると、セイラさんが連絡魔法を使おうとしていた。

「リョーバさん! いまご連絡差し上げようと」

 セイラさんの慌てぶりに、察した。


 全速力で寝室へ向かうと、ルビーは横たわったまま目を開けていた。


「ルビー!」

「リョー、バ……」

 ルビーから目を離したのは半日ほどだったのに、ガリガリに痩せていた。

 顔には老女のような皺が刻まれ、眼は落ち窪み、声はしわがれている。

 シーツから出てきた真っ青な手は、骨と皮だけになっていた。


 その手を両手で握りしめて、思いっきり魔力を送り込む。

「リョーバ……もう」

「嫌だ、駄目だ!」

 城の書物に、ネピリムが人を食べるという記述はなかった。

 あの日、僕の血を飲んだのは……無意識のうちに多くの魔力を欲したのだろう。


 もっと魔力があれば……!


 目を閉じて、ひたすら魔力をルビーに送った。


「リョーバ?」

 不思議なことに、どれだけ魔力を送り続けても、僕の中の魔力は枯れなかった。

 それどころか、体の奥底の方からどんどん湧いてくる。

「リョーバ、あの」

 ルビーの声が、元に戻っている。

 目を開けてみると、そこには、寝込む前より顔色の良くなったルビーがいた。




 テビスが元ネピリムの城や大陸中の書物を隅々まで漁って得た情報から、ようやくネピリムが魔力を糧に生きる者であると確証が得られた。

 必要な魔力量については成長するごとに多くなるため、短命化の理由は大人になるほど魔力が十分に摂取できなくなるためだった。

「この手の、その種族にとって一番身近で重要な話は、子供向けの話にこそ紛れているものなのだな」

 一番参考になったのは、セイラが「実家にありました」と持ってきた、子供に読み聞かせるための絵本だ。

 脚色や誇大表現が多く、対象年齢向けの単純な話は、逆に脚色などを取り除けば真実しか書いていなかった。

「ルビーが倒れたのは、この家や自然にある魔力だけじゃ足りなくなるほど成長したってことなんだね」

 ルビーは僕の膝の上に座り、すうすうと寝息を立てている。

 ベッドから起き上がれたものの、まだ魔力が足りないため、こうして僕にぴったりくっついているのだ。

「お前の魔力が真の意味で無尽蔵で良かったな」

 テビスの言い方に少々棘がある。

 他人や周囲環境から魔力を得なければ生きられないルビーに、納得がいかない様子だ。

「もう他に生き残りはいない。ルビーはひとりきりだ。これ以上寂しい思いをさせるのも違うでしょ」

 ルビーだって好きでネピリムという種族に生まれたわけじゃない。

 ルビーを封印したひとたちも、もっと生きたかったはずだ。

 だから望みを託してルビーを封印したのだろうし。

「お前の言いたいことは解る。だが、お前の魔力がある日突然無くなるやもしれん。または、そやつの魔力必要量がお前の魔力量を上回るかもしれん。その時は……」

「覚悟はできてるよ」

「此度のお前はいつになく取り乱していたが?」

「そりゃ、急だったから……」

「魔力が急に枯渇することも有り得るぞ」

「今度こそ解ってるよ。僕は絶対にルビーを手放さないからね」

 膝の上のルビーを、テビスから守るように両腕で抱きかかえた。それを見たテビスはやれやれと肩をすくめて立ち上がった。

「また何かあったら呼べ、と言いたいが、数日城をあけっぱなしだったからな。流石に暫く来れぬ。セイラは置いていく」

「ありがとう」

 テビスはいつものように、片手をひらひらと振って転移魔法を発動させた。


「改めまして、よろしくおねがいしますね」

「こちらこそ、お世話になります」

 セイラさんには、先日急遽作った私室兼寝室に寝泊まりしてもらうことになった。

 急いで創ったせいで足りなかった家具や専用の風呂トイレも用意した。

「ここまでしていただかなくとも……」

「今のところ魔力無尽蔵なので、大した手間じゃないんですよ。他にも必要なものがあったら言ってください」


 ルビーの方は、一週間ほど殆どを寝て過ごしたが、徐々に回復した。

「もう大丈夫。ただ、その……」

 魔力の供給には、僕がルビーを抱きしめている状態が一番効率が良いらしい。

 今もその状態で、ルビーが何か言いたげにもじもじしている。

「どうしたの?」

「供給、その、いい方法、思い出した……」

 ルビーは成長したせいか、魔力が十分になったお陰か、記憶や知識を少しずつ取り戻し始めていた。

「いい方法があるならやるに越したことはないよ。どうすればいいの?」

 ルビーは更にひとしきりもじもじした後、ギュッと目をつぶって、一気に言った。


「口移し……」


 この覚悟はまだできてなかった。

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