19 迷走

 声を掛けても起きないルビーを寝室のベッドへ運び、連絡魔法でテビスを呼び出し事情を説明すると、すぐにセイラさんと一緒に来てくれた。


 僕とテビスは一旦寝室から出た。

「一見ただ眠っているように見えるがな。魔力の流れもいつも通りだ」

 テビスの言うことは僕も確認済みだ。

「一体どうしちゃったんだろう……」

「落ち着け。あやつの世話はセイラに任せて、お前も一旦寝ろ。ひどい顔色だぞ」

「寝れるわけない!」

 思わず大きな声を出すと、テビスが珍しくびくりと驚いた。

「ごめん」

「気にするな。眠れぬというのもわかる」

 そのまま、寝室の扉の前でテビスの話を聞くことにした。


「あやつのことは俺のほうでも色々と調べたのだがな。これ、という正体が掴めぬままだ」

「正体が判明すれば、いま起きない状態なのも理由が解るかな」

「一旦医師を連れてこよう。魔族と人間、両方に通じたものか、一人で足りなければ複数人で……」

 ああでもないこうでもない、とりあえずお医者さんを、という話をしているところへ、寝室の扉が開いた。

「! セイラさん、ルビーは」

「眠っておられます。あのう、ルビー様のお着替えをさせていただいたのですが、背に翼をお持ちなのですね」

 ルビーの背にはコウモリのような翼がある。小さくて服で完全に隠れるし、普通に背を下にして寝ても痛がったり邪魔にしている様子はないので、普段は存在を意識したことはない。

「はい」

「私、背に翼を持つ者に心当たりがございます」

「!」

「何だ、それは」

「ルビー様がそうかと問われると疑問が残るのですが」

「構わん、言ってみてくれ」

 セイラさんは逡巡の後、一息に言い切った。


「天上から落ちてきたとされている、ネピリムです」


 テビスは「あっ」と声を上げたが、僕は「なんだっけ、それ」となった。


「お前に渡した知識には無かったかもしれんな。天上やネピリムはおとぎ話の存在だからな」

 話を聞くに、ネピリムは前の世界で言うところの天使か、落ちた、というところから堕天使が近い。

 どちらにしろ人の創作物で、実在しない。

「そうとは限らぬ。おとぎ話は実話を基にしている場合が多々あるからな」

「じゃあルビーは、ネピリム?」

「まだ確証はないが、他に手がかりもない。この線でもう一度調べよう。セイラ、手柄だな」

「勿体ないお言葉」


 テビスは調べ直すために城へ戻り、セイラさんは急遽作った私室兼寝室で控えていてもらうことになった。

 僕は寝室で、眠るルビーのベッドの隣に椅子を置いて、そこに座った。


 ルビーは注意して見ないとわからないくらい、細い呼吸をしている。

 生きてはいるが、どれだけ治癒魔法を掛けても、魔力を送り込んでみても、起きなかった。

 あとはもう、テビスの調査が良い結果を持ってきてくれるのを、待つしかない。


「ルビー……」

 本当に静かに眠っているようにしか見えない。

 そっと頬に触れると、いつもと同じ滑らかさと柔らかさだ。

 かれこれ半日は経過しているが、起きる気配はない。



「リョーバ、お主あれからずっとそうしておったのか」

 どのくらい時間が経ったのか、気づけば外は薄明るくなっていた。

「寝ておらぬのはもういいとして、食事は摂ったか」

 僕がゆるく首を横に振ると、テビスはやれやれとため息をついた。

「こやつが起きて、最初に見るお前がそのザマでは、心労をかけるぞ」

「……うん」

 立ち上がろうとして、目眩がした。

「ほら見ろ。セイラ! 食事の支度をせよ!」

「いい、自分で……」

「今ばかりは聞かぬ。お主がしっかり休むまでは、調査の結果も伝えぬ」

 その言葉に、僕は目が覚めた。

「何かわかったの!?」

「ああ。だが……。いや、これは後だ。まずは食事を」

「わかった!」


 セイラさんはうちにある材料でスープに近いリゾットを作ってくれており、テビスに「急くな。ゆっくり食べよ」と注意されながら一皿完食した。

 それから少しだけ横になり、リビングで待っていたテビスと改めて向かい合った。


「あまり寝ておらぬようだが、まあ仕方ない。ネピリムのことだが……」

 テビスが言い淀む。

「まさか、治らない?」

「いや、それも分からぬ。ただ、ネピリムの主食がな」

「何? 何でも用意するよ」

 僕が答えを急かすと、テビスは目を瞑った。


「ヒトだ」


「ヒト……?」


 その答えを飲み込むまで、少し時間がかかった。

「魔力じゃないの?」

 我ながら間抜けな声を出していたと思う。

 ルビーがいつも必要としていたのは魔力だ。

「心当たりはないか」

「あっ」

 そういえば一度だけ、僕に噛み付いて血を啜ったことがあった。

「血には魔力が含まれてるって、いつもの魔力吸収が少し過激になっただけかと」

「おそらくそれが切掛だろうな。あやつは自分のことを覚えておらぬが、魔力のみで生きてこられた。そこへ、お主の生き血という馳走を知ったことで、ヒトが主食であることを無意識のうちに知ったのだろう」

「で、でもっ、それはルビーがネピリムだったらの話でっ! そもそも、どうして魔王城にネピリムがいたのさ!」

「そうか、お主はあの地が元々なんであったかも知らなかったか」

「何?」


「あの地こそ、件のおとぎ話でネピリムが落ちたとされる場所だ」

 重たい沈黙の後、テビスが話を続けた。


「まあどれもこれも、おとぎ話が基だ。落ちたネピリムがあの地に留まり続けていたとしても、魔王が捉えて牢に入れる理由は見えぬし、そもそもお主の言う通りあやつがネピリムであるかどうかも疑わしい。全て推察に過ぎぬ。だが……もしあやつを目覚めさせる手段がそれ以外に無いとなった時、覚悟はしておけ」


 テビスは立ち上がり、すれ違いざまに僕の肩を叩いて、リビングから出ていった。転移魔法の気配がしたから、城へ戻ったのだろう。




 僕の足は勝手に、ルビーの眠る寝室へ向かっていた。

「リョーバさん」

 扉の前で立ちはだかったのは、セイラさんだ。

「どいてください」

「陛下に、貴方を止めるよう命じられました」

 テビスのことだ、話を聞いた僕が何をしようとするか、予想済みだったのだろう。

 いつもお世話になっているセイラさんに手を出せないことも。


 寝室の中へ直接転移魔法を使うこともできるが、止めておいた。

 今ルビーを見てしまったら、僕は最悪なことをやってしまいそうだ。


 まだ、全てが確定じゃない。

 まだ、他の手段があるはずだ。


「もしルビーが目覚めたら、真っ先に呼んでください」

 僕に言えたのは、それだけだった。

「畏まりました」

 セイラさんの返事を聞く前に、僕は転移魔法を発動させた。




 到着したのは、魔王城跡地だ。

 特に用事もないので来るのは魔王討伐以来になる。


「本当に、何もかも消しちゃったなぁ……」


 僕がほぼ全力を使ったのは、魔王を討伐してこの辺り一帯を更地にしたときのみだ。


 もう一度、同じだけの力を使えば、元に戻せるだろうか。


 目を閉じて、自分の内側に集中する。

 時間操作は無理だが、壊したものを取り戻すことはできそうだ。


「完全に消え去ったものまでは復元できないか。なら、魔力で構築し直して……」


 創ること自体は、家を創るのと似たようなものだ。

 何も無いところからでも、魔力を使えば作り出せる。


 ものの五分ほどで、更地に再び忌まわしき魔王城が出現した。


「ふう……」

 壊した時よりも魔力を使ったので、流石に疲れた。

 入口前で座り込んで休憩していると、背後にテビスが現れた。

「やはりここに……おお、もう城の再建まで済ませておったか」

 テビスは手に小さな包みを持っていて、それを僕に突きつけた。

「セイラが、何も食べずにどこかへ行ったと言うでな」

 包みを受け取って開けると、サンドイッチが入っていた。

「食事が済んだら内部の探索だ。俺は少し周囲を確認してくる」



 テビスが浮遊魔法で周辺を見渡している間に、サンドイッチを頬張る。

 ルビーが倒れてから食欲を感じないのだが、口の中に入れれば勝手に咀嚼して飲み込む。

 事務的に食事を済ませた頃合いを見計らって、テビスが降りてきた。

「何度も言うが、このようなときこそ食事と休息は必ずとれ」

「うん」

 僕が素直に返事をすると、テビスが「よし」と頷いて、共に魔王城の扉へ向かった。

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