第14話

 でもそれならわざわざお忍びで来る必要はないのではと考えてふと思い出した。



(あれ?そういえば公爵夫人様は病気で療養していて馬車にも乗れないほどだって…。でも目の前にいる。なんで?)



「うふふっ、私がここにいることが不思議だって顔をしているわね」


「っ!し、失礼しました!」


「気にしないでちょうだいな」


「さぁ立ち話もなんだから座って話しでもしよう」



 そうしてみんな席に着きお茶が出され使用人が下がった後、公爵様が口を開いた。



「改めてだが私はロカルド・バーマイヤだ。気軽にロカルドと呼んでくれ。そして妻のアゼリアだ。さっきは驚かせてすまなかったな」


「い、いえ…」


「オルガごめんなさいね。こんなに驚くとは思ってもいなかったの」


「私からも謝罪を。父上と母上のことを秘密にするように言ったのは私だからね」


「オルガちゃんは何も悪くないわよ」



 公爵家の人達が平民である私に次々に謝ってくる状況に現実逃避したくなったが、そんなことできるわけもないので私は思いきって疑問に思っていたことを聞いてみることにした。



「あ、あの。こ、公爵夫人様はご病気だと聞いていたのですが、よくなられたのですか?」


「ふふ、私のことはアゼリアって呼んでちょうだいな。それに言葉もいつも通りで大丈夫よ」



 恐れ多い気持ちもあるが確かに公爵夫人様だと長くて言いづらいので名前で呼んでいいのならありがたい。


 言葉も前世の記憶があるからちゃんと話せるけどいつも通りでいいのならそれがいい。



「で、では、アゼリア様、と呼んでもいいですか?」


「ええもちろんよ!…二人が言っていた通りとても可愛らしい子ね」


「えっ?」


「うふふ、何でもないわ。それで私の病気の話だったわね。間違いなく私は病気を患っていたわ。王家の秘薬でも治ることのなかった病気にね。でもそんな私の元に一本の小瓶が届いたの。そしてその一本の小瓶が私の、ひいてはバーマイヤ公爵家の運命を変えてくれたわ」


「!」



 アゼリア様の話を聞いて私は聖水の存在を思い出した。


 効果があったかをわざわざ聞くのもなと思い聞かずにいたらいつの間にか忘れてしまっていた。



「オルガちゃん、あなたは私の命の恩人だわ。本当にありがとう」



 そう言ってアゼリア様は私に頭を下げてきたのだ。



「えっ!?あ、頭を上げてください!」


「私からも感謝を。妻を救ってくれて感謝している」



 なんとロカルド様までもが私に頭を下げて感謝の言葉を述べてきた。



「オルガさん、本当にありがとう」


「お母様を助けてくれてありがとう」



 更にルシウスさんとエリザからも頭を下げられてしまった。


 平民である私が貴族の頂点である公爵家の方達から頭を下げられるというあり得ない状況だ。



「み、みなさん!お願いですから、頭を上げてくださいっ!」



 私は泣きそうになりながら必死に懇願するとようやく頭を上げてくれた。



「あの聖水は聖魔力が直接の回復以外に何か役立てられないかな、と思ってなんとなく作っただけの物なんです。だからそんなに感謝してもらうのが申し訳なくて…」


「…謙虚なところもいいわね。ルシウスのお嫁さんにしたいわ」


「あ、あの、なにか…?」


「母上、余計なことは言わないでください」


「なぁに?ルシウス。あなたは嫌なの?」


「なっ!い、嫌だなんて一言も言ってないじゃないですか!」


「じゃあ好きなの?」


「っ!?!?」


「お母様!お兄様!その話は後でにしてください!オルガがなんの話か分からずに困っているではありませんか!」


「あらそうね。うふふ、ルシウス。後でゆっくり話しましょう」


「母上…」


「?」



 どうやら話が逸れてしまったようだがアゼリア様とルシウスさんがどんな話をするのだろうか。


 あとでエリザに聞いてみよう。



「ゴホン。話を戻すがオルガ君のおかげで妻の病気が治った。病気が治ったということはバーマイヤ公爵家は王家と縁付く必要がなくなったのだ。そもそもあちらから無理矢理ねじ込まれ妻を人質にとった婚約だったからな。それに今回の学園での一件だ。婚約者である我が娘を傷つけようとするなんて正気の沙汰ではない。王太子殿下は退学になる。これは学園を取りまとめる三大公爵家の総意だ」



 三大公爵家とはバーマイヤ、レイコールド、アリステラ公爵家のことだ。


 どうやら学園長は表向きに存在しているだけで、実質はこの三大公爵家によって運営されているそうだ。


 何かを決めたりする時には全員の総意が必要になる。


 そして今回の一件で王太子の退学が三大公爵家の総意として決定したのだ。



「妻の病気が治ったことはあえて王家には報告しないつもりだが、学園の一件だけでも十分婚約破棄することができるだろう。それに学園を卒業することができない王族や貴族は一人前とは認められない。これは稀なことなのが、実際王太子殿下は卒業することができずに退学になる。そんな人物がこのまま王太子でいられることはないだろう。元々王家への忠誠などどの家も持ってはいない。聖獣様の加護を盾に無理矢理言うことを聞かせるようなやつらだからな」


『うむ、我もあやつらは不要だ』


「「!?」」


「フェニ様!?」



 突然フェニ様がポーチの中から顔を出して来た。


 ロカルド様とアゼリア様が驚いている。



「話は聞いていたが…」


「ええ…」


「もうフェニ様!急に出てきたらビックリしちゃうでしょ?」


『む?それはすまなかったな』


「い、いえ、滅相もございません。…こうしてお目にかかることができて光栄でございます」


『うむ。そうかしこまらなくてもよい。そなたらのおかげで我の愛し子であるオルガが無事であったからな』


「恐れ入ります」



 確かにフェニ様の加護が弱くなって魔物の活性化や作物の不作も現れ始めていたのに、孤児院に住んでいた頃はそんな話を全く聞くことはなかったし食べ物にも困ったことはなかった。


 それはきっとロカルド様をはじめとしたバーマイヤ公爵家のおかげなのだろう。



『我は力が戻り次第、オルガに加護を与えたいと思っておる』


「フェニ様…」


「聖獣様、もしオルガ君に加護を与えた場合は王家に与えられた加護はどうなるのですか?」


『あやつらの加護はそのままになってしまうがもうずいぶんと弱くなっておるからな。加護が消えるのも時間の問題であろう。ただあやつらの加護が消えてしまうと加護を与えた時に約束した国の平和と豊穣が完全に無くなってしまうのも事実なのだ。だからオルガが受け入れてくれるのであれば我の加護を与え、国の平穏を望んで欲しいと思っておる。しかし愛し子であるオルガの気持ちが我にとっては一番重要だからな。無理強いするつもりはない』


「なるほど…」


『そなたらもオルガに強要するでないぞ。もしあれば我は許さぬからな』



 普段はモフモフ可愛いフェニ様からとてつもない威圧を感じた。



「っ!はっ!肝に銘じます」


『うむ、頼むぞ。』



 そうして言いたいことを言い終わったフェニ様はモゾモゾとポーチの中に戻っていったのだった。


 フェニ様の威圧を受けたロカルド様の顔色が少し悪いようでアゼリア様が心配しているようだ。



「もうフェニ様ったら…」


「ふふっ、オルガは聖獣様に愛されているのね」


「そうかなぁ?むしろプレッシャーだよ…」


「加護を受けるか受けないか悩んでいるのね」


「うん。私には過ぎた力だなって思って…」



 前世も今世も平民である私には一つの国を護ることができるほどの大きな力を与えられても困るのだ。


 私が王家のように使い方を間違えることもあるかもしれない。


 でも加護を受けないとこの国が荒れてしまう。


 そう考えてしまうと簡単に決められずにいるのだ。



「とても大きな力だから恐れるのは当然のことだわ。私でも悩んだと思う」


「エリザならどうする?」


「そうね…、私なら加護を受けるわ。だって私が望んでいる未来は国の平和があってこそだもの。それに私には不安を一緒に抱えてくれる人達がいる。それなら一人で不安に怯える必要はないでしょ?もちろんオルガには私がついているわ」


「私も」

「うふふ、私だって」

「ああ。私達がついている」


「!」


「聖獣様の加護を受けて聖女になれば、オルガが望んでいる平穏な暮らしは難しくなるかもしれない。でもそのおかげで明日を生きていける人がたくさんいるはずよ」



 エリザの言葉を聞いて私はミストラル孤児院の先生や子ども達を思い出した。


 孤児院を出てからだいぶ時間が経ったが、今でも子ども達の笑い声や先生の優しい笑顔を鮮明に思い出すことができる。



(ルディは大きくなったかな?)



 お別れの時に見たルディは抱っこされていたが、早ければもう立ち上がって歩き始めているかもしれない。


 もしも国が荒れれば孤児院は真っ先に打撃を受けるだろうことは簡単に想像できる。


 みんなの幸せが奪われてしまうなんて考えたくもない。


 私は平穏な暮らしを望んではいるが、誰かを不幸にしてまで自分の望みを叶えたいとは思わない。


 私はみんなと幸せになりたいのだ。






 それならば私が選ぶのは…

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