エリザベート視点
「…こうして二人で会うのは久しぶりだね」
「… ええ、そうね」
オルガが下手な嘘をついてこの場を離れてから少しの沈黙の後、彼が口を開いた。
本当にこうして話をするのはいつぶりだろう。
いつも顔を合わせる時は私は王太子殿下の婚約者として、彼は王太子殿下の側近としての立場があり昔のように話すことは無くなっていた。
「またこうやって話ができるなんて思っていなかったから緊張するな…」
「…ふふ、私もよ。あなたの顔はよく見ているはずなのにすごく久しぶりに会った気がするわ」
「…いつもすまない」
「あなたが謝ることなんて何もないわ」
「いや、いつも君に辛い思いをさせてしまっている…」
「それは私だって同じよ。だってあなたは私のために今の立場を選んでくれたのでしょう?」
「っ!…気づかれていたのか」
「あなたの考えていることなんてお見通しよ」
「…はは。やっぱりエリには敵わないな」
「!と、当然よ。…いつも見守っていてくれてありがとう、シアン」
母親同士が仲が良く私とシアンは幼い頃から一緒に遊ぶことが多かった。
初めのうちはシアンのことを仲の良い男の子としか思っていなかったが、歳を重ねるにつれて友情が愛情に変化していった。
シアンも私と同じ気持ちだったようで両家で話し合い、近いうちに婚約を結ぶことになったのだ。
お互いに想い合っていた私達は喜んだ。
しかしそこに突如として王家からの婚約の申し込みが舞い込んだのだ。
この頃既にお母様は病を患っており社交界から遠ざかっていた。
病気のことは秘密にしていたが、公爵夫人が急に表舞台に出て来なくなったのだ。
なにか大きな怪我や病気なのではと思うのは当然だろう。
そこを王家に狙われたのだ。
今思えば王家はお母様が不治の病であるとの確証はなかったはずだ。
けれど王家の秘薬を餌にすればもしかしたらバーマイヤ公爵家の娘を王太子の婚約者に据えることができるかもしれないと考えたのだろう。
それに餌に引っ掛かろうが引っ掛からなかろうが、最後には王命で無理矢理婚約を結ばせるつもりだったはずだ。
それなのにその当時の私達は日に日に弱っていくお母様を見ていたからだろうか、冷静な判断ができなかった。
そして私達は餌に引っ掛かってしまったのだ。
当然シアンとの婚約の話は白紙になり私は王太子の婚約者となった。
王太子の婚約者になってからはシアンに会うことはなかった。
しかし王太子妃教育に励んでいたある日私の目の前にシアンが現れたのだ。
それも王太子の側近として。
一瞬だがシアンと目が合った私は涙が溢れそうになるのをなんとか堪えた。
優しいシアンのことだ、私を心配して望んでもいない王太子の側近になったのだろう。
私は王太子に蔑ろにされながらもその後ろで見守っていてくれるシアンに恥ずかしい姿は見せたくない一心でここまで頑張ってきたのだ。
ただ私達が結ばれることはないことは頭では分かっていても、心のどこかではもしかしたらと希望を捨てられない私もいて。
もう二度と一緒に笑い合うことなどできないと思っていたのに、今こうして笑い合っている。
オルガには感謝してもしきれない。
「オルガの下手な嘘のおかげでこうしてまたあなたと話すことができたわ」
「あぁ、ミストラル嬢には感謝しかない」
「ええ。それにね実は…」
私はオルガが起こしたあの奇跡の出来事をシアンに伝えることにした。
きっとシアンもおばさまも喜んでくれるだろう。
「!本当かい?すごくいい報せだ!このことは母に伝えても?」
「ええ。くれぐれも内密にね」
「もちろんだ。約束する」
「ありがとう。…もしかしたらオルガが私達の運命を変えてくれるかもしれない」
「どうかした?」
「いいえ、何でもないわ。そろそろオルガが戻ってくる頃ね。…ふふっ、一体どんな本を持ってくるのかしら」
私はこの後戻ってくるであろうオルガがどんな言い訳をするのかを想像して笑ってしまうのだった。
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