第5話

 学園に入学してから数日が経った。


 初日の授業のおかげなのか平民である私に文句を言ったり嫌がらせをしてくる人はいない。


 それにバーヤイマ公爵家の力はすごいようで誰も近付いては来なかった。


 ただ百年ぶりの聖魔力の持ち主だという情報が学園に広がり、私を一目見ようとクラスの入り口には人だかりができていた。


 さすがに先生達が注意をしていたが果たしていつ落ち着くのだろうか。



「今日も全然落ち着けなかった…」



 今は帰りの馬車の中なのでエリザと二人きりだ。


 私を見に来る人たち(全員貴族)に文句なんて言えないのだから馬車の中だけでは許してほしい。



「本当いい加減にしてほしいわね。私から叔父様にどうにかしてって言っておくわ」


「うん、お願い…」



(うぅ、やっぱり目立つのは苦手だよ…。でもそれ以外はなんとかやっていけてるからよかった)



 授業はそこまで難しくない、というより前世で習ったものばかりだった。


 それならばやはりここは何かの小説の世界なのかと考えたが全く何も分からなかった。


 魔力操作の授業もイサーク先生の教え方が上手でとても分かりやすく、初日の魔力感知から数日で私は自分の魔力を常に感じられるようになっていた。


 学園から帰ってきた後も自主的に練習しているのだが魔力の量も毎日増えているように感じる。


 私の人生を一変させてしまった聖魔力だが、発現したからにはこの力を役立たせたいと思い何かいい方法はないかと考えている毎日だ。





 そんなことを考えていたらタウンハウスに着いたようだ。


 馬車から降りようと席を立とうとしたらエリザから声をかけられた。



「オルガ。今日の夕食の後に時間をもらえないかしら?」


「!もちろん大丈夫だよ」


「ありがとう。お兄様も一緒なんだけれどいいかしら?」


「ルシウスさんも?うん、分かった!」


「それじゃあ後でね」



(多分この間の話だとは思うけど…ルシウスさんも一緒ってことは結構重たい話なのかなぁ。まぁ今更ながら考えたって仕方ない。それなら聖魔力の活用方法を考えてる方がいいよね。うーん…)



 あの後自分の部屋に戻ってきて先ほどの話について考えてみたが考えるだけ無駄だと気づき聖魔力の活用方法を考えることにした。


 それから夕食までの時間に思いついたことをいくつか試してみたのだが、一つだけ成功することができた。


 ただ成功と言っても私が『こーゆーのができたらいいな』と想像したモノの形が想像通りにできただけで、実際に効果があるモノになったかはまだ分からないのだが。



 そしてエリザとおいしい夕食をいただき、部屋を移動した。


 どうやらここは応接室のようだ。


 使用人にお茶を淹れてもらっているとルシウスさんがやってきた。



「遅くなってすまないね。悪いが私の分も頼む。淹れ終わったら下がっていてくれ」



 全員分のお茶が淹れ終わり使用人が部屋から出ていくとエリザが話し始めた。



「オルガ。今日は私に時間をくださってありがとう」


「私の方こそありがとう。今日の話ってこの前私が聞いた婚約のことだよね?」


「そうよ。婚約の話は王家と公爵家の契約だから私一人の判断では教えられないの。だからお兄様にも同席してもらったわ」


「…私が聞いてもいいのかな?」


「お父様の許可もいただいたから大丈夫よ」


「うん、その通りだよ。オルガさんが大丈夫ならエリーの話を聞いてくれ」


「…教えてくれる?」


「もちろんよ。少し長くなると思うけど聞いてちょうだいね。私と王太子の婚約はね…」



 そう言って始まったエリザの話はお茶が完全に冷めた頃に終わった。


 話を聞き終わりやはり二人の婚約には事情があったようだ。


 どうやらバーヤイマ公爵夫人は病を患っていてその治療と引き換えに王太子との婚約が結ばれ今に至るそうだ。



「その治療は公爵家ではできないの?」


「…ええ。お母様の病気は不治の病と言われていて王家に伝わる秘薬だけが病気の進行を遅らせることができるのよ。ただその秘薬は飲み続けないといけなくて…。それで王家から提案されたの。『王太子と婚約すれば定期的に薬を渡す』とね」



 公爵夫人を人質にとったのも同然の提案に言葉を失った。



(そりゃ母親を助けるために婚約するしかないじゃん。この国の王家ってヤバイ人の集まりなの!?…ん、でもそれならなんで聖魔力を持った私をバーヤイマ公爵家に滞在させたままなんだろう。もしかしたら聖魔力で治してしまえるかもしれないのに。そしたら王太子達は困るはず…)



「…分からないんだけど、そういう理由で婚約したのであれば公爵夫人が治れば婚約を続ける必要はないわけでしょ?これまではその王家の秘薬しか方法がなかったけど今は一応聖魔力を持っている私がバーヤイマ公爵家にいる。そんなの王家が黙ってるはずがないと思うんだけど…」


「オルガさんは賢いな」


「ええ、本当に」


「王家が今の状況を黙って見ているのは理由がある。聖魔力で回復魔法を使うには対象者に直接魔法をかける必要があるんだ」


「?それなら直接魔法を使えばいいんじゃないの?」


「…いや、今母上は公爵領で療養しているんだが、このタウンハウスまでは馬車で最低四日はかかるんだ。母上には馬車で移動できるほどの体力はない」


「っ!じゃあ私が公爵領に行けば…」


「おそらくそちらは監視されているはずだから難しいだろう」


「そんな…」


「だから王家は何も言わずに黙っているの。希望の光が目の前にあるのにどうすることもできない私達を嘲笑って楽しんでいるのよっ!」


「ひどい…」


「これが今の現実さ。それに王家には聖獣様の加護があるから逆らうことができないんだ」


「聖獣様の加護?」


「あぁ。この国は聖獣様のおかげで大きな災害もなく豊かな国になったんだがその聖獣様と王家の間には約束が交わされていて、約束を守り続ける限り国を護ってくださると言われている。もしも聖獣様と約束を交わした王家に何かあればこの国がどうなるのか誰にも分からない。だから王家に反感を抱いている家はたくさんあるけど、国のことを想うと逆らうことができないでいるんだよ。もちろん私達もさ」


「要するに王家は聖獣様を脅しの道具にして好き勝手やっているってことなんですね。許せない!」


「オルガの言う通りよ。こんなことが許されていいはずがないわ。でも今の私達は王家に従うしかない…。ただ私が王太子の婚約者ではなくなっても今までと変わらずに薬を融通してくれるのかは分からないわ。だからこのままじゃいけないのは分かっているんだけど、どうすればいいのか…」



 色々と複雑な状況であるがバーヤイマ公爵夫人の病を治すことができれば今の状況を変えることができるだろう。


 とりあえず王家への怒りは一旦置いておくことにして何かいい方法はないかと考えてみた。



(…やっぱり直接魔法を使わないとダメなの?でも王家に伝わる秘薬が効くのであれば聖魔力で薬を作れば効くのかな?…あっ!そうだ!さっき試しに作ったアレなんてどうだろう?病気が治るかは分からないけど身体には良さそうだしいいんじゃない?)



「ちょっと見てほしいものがあるの!部屋から取ってくるから待ってて!」



 急いで部屋に戻り先程作ったアレを持って応接室に戻った。



「これなんだけど…」



 そう言って私は一つの小瓶を差し出したがなんの変哲もない小瓶を見て二人は首を傾げた。



「これは?」


「ただの水が入った小瓶?」



 二人の反応を見て分かったことだがこの小瓶には水が入っておりその水に聖魔力を付与してあり、この聖水(とりあえず聖水と呼ぶことにする)は私からはキラキラして見える。


 おそらく聖魔力の影響だと思うのだが、どうやらこのキラキラは二人には見えていないようだ。



「これはね、小瓶の中の水に聖魔力を入れてみたものなんだ」


「「っ!?」」



(えっ!?なんかすごい驚いてる!?)



「えーっとその、魔力の出し方を教わったからこの魔力で何かできないかなー、って思って作ってみたんだけど…」


「…魔力をそのように使うなんて聞いたことない」


「あ、やっぱりこういう使い方はダメだった!?い、一応『病気が治りますように』って願いを込めながら作ってみたんだけど…」


「お、お兄様っ…」


「今日初めて作ったから効果とかは分からないんだけど、ほら、身体に良さそうじゃない?」


「聖魔力入りの水を身体に良さそうって…」


「ダメかぁ。じゃあこれは処分し「ちょっと待って!」へっ!?」



 エリザとルシウスさんの反応があまりよくなかったので聖水はイマイチなのかと思い処分しようとしたらエリザにすごい勢いで止められた。


 まぁ処分って言っても自分で飲もうとしただけなのだけど。



「これ…私にいただけないかしら?」


「エリー!」


「だってお兄様!もしかしたら、もしかしたらお母様の病気が治るかもしれないじゃない!私は誰に笑われようが目の前に希望の光があるのなら手を伸ばすわ!」


「エリー…」


「ねぇオルガ、どうかしら?」


「もちろんいいよ!だってこれは苦しんでいる誰かの助けになれたらいいなって思って作ったんだもん。その誰かの助けになれるのなら嬉しいな」


「オルガ…ありがとう」


「…私からも感謝を」


「っ!?二人とも頭を上げてっ!」



 なんと二人が私に頭を下げてきたのだ。


 さすがに貴族に頭を下げさせる平民なんてあり得ないことは私にも理解できる。


 誰かに見られることはないだろうが、私の心の平穏のために一刻も早く頭を上げてもらいたい。



「まだ効果があるかどうかも分からないし、ただの水かもしれないんだからそんなに気にしないで。ね?」


「…ありがとう」


「えへへっ、どういたしまして!」


「っ、不意打ちだ…」

「…可愛すぎる」


「?」






 その後、この聖水が秘密裏に公爵夫人の元に届けられ病気が完治したと耳にするのはあと少し先の話である。

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