『ドール趣味』
ヒニヨル
『ドール趣味』前編
こんにちは。またモモです。
なんとか社会人になれまして、ただ今デスクワークのお仕事をしております。
就職したら会社は、とても個性的な人が多いです。中でも、親しくなった一つ年上のリリィ先輩。私は彼女が大好きです。
ただ、先輩は私のことが好きかどうか分かりません。どうも人間はあまり好きじゃないようで。彼女が心から愛しているのは、
※
私の勤め先は、国内の主要都市にいくつか支店があるけれど、アットホームな小さな会社。事務所も小さくて、違う部署であっても、隣にデスクがあるような規模です。
リリィ先輩は私より1つ年上。仕事内容は違うけれど、仕事をする席が近いのと、自宅の最寄駅が近いです。
仲良くなったキッカケは、いくつかある。どんくさい私が困っていた時に、助けてくれたとか。でもたぶん、あれかな。会社の目と鼻の先で、方向音痴の私が迷子になっていたところ、たまたま先輩が通りかかったこと。
「あ! リリィ先輩。よ、良かった」
私が半べそで駆け寄ると、「どうしたの?」と仕事終わりの先輩は言った。
「実は、道に迷っちゃいまして。気になるお店に入って出たら、自分がどこにいるのか分からなくなっちゃったんです」
「会社、そこだよ?」
リリィ先輩は驚いた顔をして、後ろを指さした。50メートルほど行った先に会社が見えた。
「あれ、さっきは無かったのに。すみません。私めちゃくちゃ方向音痴なんです……先輩もK電車ですよね? 一緒に駅まで歩いても良いでしょうか」
先輩は優しく笑っていた。
「いいよ、この辺り観光地でごちゃごちゃしてるよね。平日でも人が多いし」
「ありがとうございます。命の恩人です」
私は本当に、家に帰れなくなったと思ったので、すごく安心した。リリィ先輩が神様に見えた。
それがキッカケで、私はすっかりリリィ先輩に懐いてしまう。仕事の終わりや昼休みにお話しする機会も増えて、先輩のことを知る機会が増えた。
リリィ先輩は、自分のロッカーの内側に、たくさん写真を貼っていた。
「前から聞きたかったんですけど、この写真のお人形、素敵ですね」
私がそう言うと、
「ルナ君って言うの。ウチの子」
先輩は愛おしそうに写真を見つめた。
ルナ君は、青い瞳をした少年人形。(正式には、球体関節人形というらしい)
薄ピンクの艶っぽい唇。柔らかく明るい金髪のショートボブをしている。
いろんな衣装で撮影されていたが、中でもリリィ先輩のお気に入りは、少年らしい短いズボンとブラウス、長めの編み上げブーツを履いた写真のようだった。
「お
さらりと先輩は言ったけれど、
「80体」
私はびっくりした。けれど先輩を刺激しすぎないように、極力小さなリアクションをした。
リリィ先輩は
「リリちゃん人形ってね。だいたいおもちゃ売り場にあるものはC国製なの。この子の顔もC国製だね」
箱の中の人形を、覗き込みながら言った。先輩は見た目だけで区別ができる。
「国産のものはF県で作られているんだよ。F県に“リリちゃんキャッスル”って場所があって。前に一度、ひとりて夜行バスで行ったんだ。また行きたいな……」
ちなみに、国産のリリちゃん人形は、時々デパートの催事で購入できる。
私もつい先日、先輩に誘われて買ってしまった。文房具売り場のペンのように、試着前のリカちゃんが透明のケースに入れられて並んでいて——髪色と目の色、衣装、小物類を選んでいくのだ。
国産のリリちゃんは、血色が良く、
ここまでリリィ先輩について書いていて、中には「大人なのに人形が好きだなんて」「子供っぽいんじゃないの?」と指摘する人がいるかもしれない。でも、決して先輩はそういう人間では無い。
ある時、リリィ先輩は言った。
「老後、1人あたり二千万円か」
ちょうどニュースで、とある政治家がそんな事を言っていた。先輩はひどくその言葉を気にしているようだった。
更衣室のロッカーを開けながら、私は言った。
「大変ですよね、私そんなに貯められないな。そもそも稼ぐのも大変なのに」
「月々十万円ずつ貯めて……」
リリィ先輩は何やらブツブツ言っている。
「先輩どうしたんですか?」
私がそう聞くと、リリィ先輩はロッカーの内側に貼ったルナ君を見つめながら答えた。
「私、一人っ子だし。結婚できるかどうか分からないから。老人ホームに入るためのお金を貯めてるのよ」
「先輩。私たちまだ、20代ですよ! そんな先の事まで考えなくても」
「そんな事ないよ。今から考えておかないと。お金を貯められないよ」
後々知ったことだけど、リリィ先輩は新しい
お給料は、一円単位まで口座で管理しているみたい。先輩はとてもお金の管理をしっかりしている人なのだ。
それに、自分のことをしっかりと客観的に見ている。冒険するような事はしない。(私のように、ネットの海で出会った人と遠距離恋愛するとかね)
仕事が終わり、いつものように更衣室で着替えている時だった。
「やっと週末ですね、リリィ先輩」
「そうだね。明日は楽しみだな」
「あれ、先輩明日はイイ事あるんですか?」
私が尋ねると、先輩は眼鏡を掛けて、
「そうなの。お里に行くんだ」
と嬉しそうに答えた。
お里とは、A山という観光名所にある、人形工房のことだった。
そこでは先輩が大好きなルナ君のような
他にも、
「良いなぁ、私も付いて行きたいなぁ」
話を聞いて、私がウズウズしていると、
「……モモさんも明日、一緒に行ってみる?」
リリィ先輩は私の様子を伺うように、いつもより控えめな口調で聞いてくれた。
「めちゃくちゃ行きたいです!」
私が即答すると、「分かった。帰りの電車の中で色々決めよう。あ、建物に入るのに“保険証”とか、身分証明書がいるの。忘れないでね」と言った。
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