『ドール趣味』

ヒニヨル

『ドール趣味』前編

 こんにちは。またモモです。

 なんとか社会人になれまして、ただ今デスクワークのお仕事をしております。


 就職したら会社は、とても個性的な人が多いです。中でも、親しくなった一つ年上のリリィ先輩。私は彼女が大好きです。

 ただ、先輩は私のことが好きかどうか分かりません。どうも人間はあまり好きじゃないようで。彼女が心から愛しているのは、人形ドールなのです。



 私の勤め先は、国内の主要都市にいくつか支店があるけれど、アットホームな小さな会社。事務所も小さくて、違う部署であっても、隣にデスクがあるような規模です。

 リリィ先輩は私より1つ年上。仕事内容は違うけれど、仕事をする席が近いのと、自宅の最寄駅が近いです。


 仲良くなったキッカケは、いくつかある。どんくさい私が困っていた時に、助けてくれたとか。でもたぶん、あれかな。会社の目と鼻の先で、方向音痴の私が迷子になっていたところ、たまたま先輩が通りかかったこと。


「あ! リリィ先輩。よ、良かった」

 私が半べそで駆け寄ると、「どうしたの?」と仕事終わりの先輩は言った。

「実は、道に迷っちゃいまして。気になるお店に入って出たら、自分がどこにいるのか分からなくなっちゃったんです」

「会社、そこだよ?」

 リリィ先輩は驚いた顔をして、後ろを指さした。50メートルほど行った先に会社が見えた。


「あれ、さっきは無かったのに。すみません。私めちゃくちゃ方向音痴なんです……先輩もK電車ですよね? 一緒に駅まで歩いても良いでしょうか」

 先輩は優しく笑っていた。

「いいよ、この辺り観光地でごちゃごちゃしてるよね。平日でも人が多いし」

「ありがとうございます。命の恩人です」

 私は本当に、家に帰れなくなったと思ったので、すごく安心した。リリィ先輩が神様に見えた。


 それがキッカケで、私はすっかりリリィ先輩に懐いてしまう。仕事の終わりや昼休みにお話しする機会も増えて、先輩のことを知る機会が増えた。


 リリィ先輩は、自分のロッカーの内側に、たくさん写真を貼っていた。

「前から聞きたかったんですけど、この写真のお人形、素敵ですね」

 私がそう言うと、

「ルナ君って言うの。ウチの子」

 先輩は愛おしそうに写真を見つめた。


 ルナ君は、青い瞳をした少年人形。(正式には、球体関節人形というらしい)

 薄ピンクの艶っぽい唇。柔らかく明るい金髪のショートボブをしている。

 いろんな衣装で撮影されていたが、中でもリリィ先輩のお気に入りは、少年らしい短いズボンとブラウス、長めの編み上げブーツを履いた写真のようだった。


「おむかえして2年くらい経つかな。それまではリリちゃん人形が好きで。家に80体くらいあるの」

 さらりと先輩は言ったけれど、

「80体」

 私はびっくりした。けれど先輩を刺激しすぎないように、極力小さなリアクションをした。


 リリィ先輩は人形ドールにとても詳しかった。一度仕事帰りに、デパートのおもちゃ売り場に行った時は、

「リリちゃん人形ってね。だいたいおもちゃ売り場にあるものはC国製なの。この子の顔もC国製だね」

 箱の中の人形を、覗き込みながら言った。先輩は見た目だけで区別ができる。

「国産のものはF県で作られているんだよ。F県に“リリちゃんキャッスル”って場所があって。前に一度、ひとりて夜行バスで行ったんだ。また行きたいな……」

 人形ドールに浸っているリリィ先輩は、とても幸せそうに見えた。


 ちなみに、国産のリリちゃん人形は、時々デパートの催事で購入できる。

 私もつい先日、先輩に誘われて買ってしまった。文房具売り場のペンのように、試着前のリカちゃんが透明のケースに入れられて並んでいて——髪色と目の色、衣装、小物類を選んでいくのだ。

 国産のリリちゃんは、血色が良く、あごがスッキリしている事が特徴だ。(こう話しておきながら、私は今だに言い当てられません)


 ここまでリリィ先輩について書いていて、中には「大人なのに人形が好きだなんて」「子供っぽいんじゃないの?」と指摘する人がいるかもしれない。でも、決して先輩はでは無い。


 ある時、リリィ先輩は言った。

「老後、1人あたり二千万円か」

 ちょうどニュースで、とある政治家がそんな事を言っていた。先輩はひどくその言葉を気にしているようだった。

 更衣室のロッカーを開けながら、私は言った。

「大変ですよね、私そんなに貯められないな。そもそも稼ぐのも大変なのに」

「月々十万円ずつ貯めて……」

 リリィ先輩は何やらブツブツ言っている。

「先輩どうしたんですか?」

 私がそう聞くと、リリィ先輩はロッカーの内側に貼ったルナ君を見つめながら答えた。

「私、一人っ子だし。結婚できるかどうか分からないから。老人ホームに入るためのお金を貯めてるのよ」

「先輩。私たちまだ、20代ですよ! そんな先の事まで考えなくても」

「そんな事ないよ。今から考えておかないと。お金を貯められないよ」


 後々知ったことだけど、リリィ先輩は新しい人形ドールを買う時は、残業代の分から、やりくりしていると教えてくれた。(ルナ君のシリーズ人形は、安いものは五万円〜高いものでは十万円を超える。ウィッグ、アイ等、色々好きにカスタマイズできるが、その分お金もかかる。衣装代は人間の服と、価格はさほど変わらない。)


 お給料は、一円単位まで口座で管理しているみたい。先輩はとてもお金の管理をしっかりしている人なのだ。

 それに、自分のことをしっかりと客観的に見ている。冒険するような事はしない。(私のように、ネットの海で出会った人と遠距離恋愛するとかね)


 仕事が終わり、いつものように更衣室で着替えている時だった。

「やっと週末ですね、リリィ先輩」

「そうだね。明日は楽しみだな」

「あれ、先輩明日はイイ事あるんですか?」

 私が尋ねると、先輩は眼鏡を掛けて、

「そうなの。お里に行くんだ」

 と嬉しそうに答えた。


 お里とは、A山という観光名所にある、人形工房のことだった。

 そこでは先輩が大好きなルナ君のような人形ドールをオーダーメイドする事ができる。(オーダーしてから一体一体手作りする為、2ヶ月は掛かるみたい)

 他にも、人形ドールを撮影する為のミニチュア撮影スタジオがある。喫茶室では美しい日本庭園を望みながら、季節のスイーツと飲み物も味わえるらしい。


「良いなぁ、私も付いて行きたいなぁ」

 話を聞いて、私がウズウズしていると、

「……モモさんも明日、一緒に行ってみる?」

 リリィ先輩は私の様子を伺うように、いつもより控えめな口調で聞いてくれた。

「めちゃくちゃ行きたいです!」

 私が即答すると、「分かった。帰りの電車の中で色々決めよう。あ、建物に入るのに“保険証”とか、身分証明書がいるの。忘れないでね」と言った。



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