Tale.14『呼び込み聖女』

「それでは、いってきますっ」


 ルチアは和風メイド姿のまま、ヒスイに背を向けて駆け出す。


「ちょ、どこいくの!?」

「お客さんの呼び込みです! 大きな街ではどこもそうやっていましたので!」

「待っ——」

「ヒスイさんはお料理の準備をして待っていてくださいね!」


 引き止める間もなく、ルチアは家を飛び出してしまった。



「ようしっ。ルチア、がんばりますっ」


 ヒスイ亭前に陣取ったルチアは両の拳を握って気合いを入れる。

 これでお客を連れていくことができれば、きっとヒスイは喜んでくれるだろう。お世話になってばかりのルチアもようやくヒスイの役に立てるはずだ。


「ヒスイ亭でーす! 美味しいごはん揃えてまーす! 卵料理がおすすめでーす!」


 大きく息を吸って、一生懸命に声を張り上げる。

 

「ぜひ一度食べてみてくださーい!」


 その姿はまさに看板娘と言うに相応しい。

 とびきりに美しい彼女の呼び込みに気づけば、誰もが足を止めて一考してしまうことだろう。

 

 ただし、それが例えば人通りの多い場所の、普通の店の呼び込みならば。


「…………ひとっこひとり見当たりません……」


 ヒスイ亭は村の西のはずれに位置する。もう少し歩けば人の手の付かない森に差し掛かるような場所だ。奥深くにはゴブリンの巣穴がある、なんて話も存在する。

 近隣の家もなく、完全に孤立無縁。村人が訪れる理由など一つもなかった。


「村の中心部へ行ってみましょうか」


 慣れない大声を張り上げてすでに疲労が現れ始めたルチアだが、人を求めてヒスイ亭を離れることにした。


「わぁ」


 人の気配を辿って歩いてくると、店の立ち並ぶ中央通りへと行き着く。

 雑貨屋や魚屋、肉屋、果物屋、飲食店に始まり宝飾店まで、意外な程に賑わっていた。

 あまり外に出ていなかったルチアにとっては、こんなに人がいる村だったのかと驚くばかりだ。

 しかし同時に、これならと期待が持てる。


「すみません、ランチはもうお決まりですか?」


 まずは試しにと、近くを歩いていた村人の男に話しかけてみた。


「おお? なんだいお嬢ちゃん、見ない格好してるねぇ」


「お店の服なんです。美味しいですよ」


 ルチアは聖女として振る舞っていた時と変わらず、人好きのする柔和な笑みを浮かべる。


「へぇ。お嬢ちゃんが接客してくれるのかい?」


「もちろんです」


「それなら行ってみてもいいかもねぇ。なんて店だい?」


「ヒスイ亭と言います」


「はぁ? ヒスイ亭だってぇ?」


 その名を出した瞬間、好意的だった村人が一気に顔をしかめてしまい雲行きが怪しくなってきた。


「それって妙な料理を出すって昔ウワサになった店だろう? 生の卵を食わされて腹を壊したって聞いたぞ?」


「え、ええ? そんなことありませんよっ。現に私も毎日のように食べていますが一度も……っ」


「そうは言ってもねぇ。明日も仕事があるし、得体の知れないもんは食べられないよ。すまないねお嬢ちゃん」


「そ、そんな、待ってくださいっ。もう少しお話しを——」


 伸ばした手は無情にも空を切り、村人は申し訳なさそうに愛想笑いしながら去ってしまった。


「なるほど……こういうことですか」


 村人たちは毎日変わらない日常の中に生きている。それでいいし、それがいいのだ。

 知らない異世界の料理に手を出すようなリスクはその生活に必要がない。


「でも、頑張ります」


 かつては勇者パーティとしての戦いを批判的に捉えられることもあった。

 勝てるわけないのに、なんの意味があるのかと。どうせすぐに逃げ出すか殺されるのがオチだと。

 もしも魔族たちの癇に障って、自分たちの村が襲われたらどう責任を取ってくれるのかと。


 それでも人々との対話を繰り返し、少しずつでも信頼を得て、希望を示し続けた末に聖女と呼ばれるまでに至ったのが、ルチアという少女である。


「すみません、ちょっとお時間いただけますか?」


 ルチアは決して諦めることなく、呼び込みを続けた。



「ただいま戻りました……」


 数時間ほど粘った末にルチアはヒスイ亭に戻ってきた。

 もう昼の営業も終わりがけの時間だ。

 いつものように、店の中にお客の姿は見えず、ひっそりと静まり返っていた。


 厨房の方からヒスイが顔を出す。


「おかえり、ルチア」


「ヒスイさん……」


 ヒスイの顔を見ると安心すると共に、複雑な感情が湧いてくる。


 あの後の呼び込み活動は至難を極めた。


『それってあのヒスイの店だろ? あいつの作るもんが美味いはずないって』


『俺たちには愛しのアイシャちゃんがいるのに、どうしてヒスイの冴えない面なんか見なきゃいけないんだよ』


『まぁ? アンタがイイコトしてくれるってんなら、考えてやってもいいけどなぁ?』


 そんなふうに迫ってくる若者がいれば。


『ええ、ヒスイ!? あの落ちこぼれの!? 勇者様と違って何やってもダメダメな、あの!?』


『笑えるエピソードならいくらでもあるよ。あいつったら子供の頃、勇者様に張り合っててさぁ。でも何一つ敵わなくてw 無様だよね〜ほんとw』


『いいカッコしたかったんでしょ、あの子に。むしろ勇者様スゴーイにしかなってなかったけどw』


『それでも勇者様が一番ヒスイに優しかったよね。なんてゆーか、人間できてるってゆーかw』


『勇者様の爪の垢でも煎じて飲んだ方がいいんじゃないかしらw そしたらあのへっぽこも少しは……ってやっぱムリかなーw むりむりw』


 ヒスイのことをあからさまに悪く言う人もたくさんいて、胸が締め付けられた。


「ルチア?」


 消沈しているルチアを気にして、ヒスイは歩み寄ってくる。


「大丈夫? 疲れたよね」

「……いえ、そんなことは……」

「お昼ご飯作るよ。そしたら今日はもうゆっくりしていいから。ありがとう」


 ヒスイはルチアの頭を撫でる。優しさが身に沁みるようだった。それだけに、やはり村人との会話を思い出して心に棘が刺さる。


「あっ」


 しかし、今はそればかり気にしている場合ではなかった。

 待たせている人がいるのだ。


「ヒスイさん、ライスはたくさん炊けますか?」


「……? まぁ炊けるけど……そんなにお腹空いているの?」


「はい。そうなんです。お腹を空かせている子たちがいて……っ」


「え……?」


 ルチアは後ろを振り向いて、店の出入り扉の方へ向かって呼びかける。


「みなさん、お待たせしました! もう入ってきていいですよ!」


 それは数時間かけて巡り合った、ほんの少しの成果だった。


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