Tale.12『雌猫の夜』
「かんぱいです、ヒスイさん」
ルチアはさっそく届いたエールの樽ジョッキを両手で持って小さく掲げる。
品行方正なイメージの強い聖女様にはあまりにも似つかわしくない光景だが、同時に特別を感じて嬉しくなった。
「乾杯、ルチア」
ジョッキがコツンと小さな音を奏でる。
賑わいを見せる店内で、ヒスイとルチアだけは落ち着きを保っていた。
「うっ……」
エールを飲んだルチアの顔があからさまに歪む。
「どうかした?」
「い、いえ。なんでもありません。美味しいですね、エール」
「……? そうだね?」
ヒスイも飲んでみるが、特におかしいところはなかった。
その後、5分ほどで注文した卵料理が提供される。当然だが、生ではなく加熱されている——オムレツだ。
ルチアに先に食べるように促した。
「ん……美味しいです」
ルチアはスプーンでオムレツを一口食べると、最初にそう言って続ける。
「でも、うちの卵の方がより濃厚で品質が良く、ヒスイさんの調理も抜群で、美味しいと思います」
あくまで冷静に、ルチアはそう評した。
「俺も一口いい?」
「はい、どうぞ」
ルチアからスプーンをもらって、オムレツをいただく。
たしかに客観的に見て、ヒスイが作ったものの方が美味だろう。調理の腕については知らないが、素材の質がまるで違う。
「〜〜っ」
感想を話し合おうと思ってルチアの方へ視線を寄せると、なぜか真っ赤になっていた。
「また、どうかした……?」
「〜〜っ、きょ、今日のヒスイさんは鈍感です。イジワルですっ」
ついには機嫌を損ねてしまったらしく、ルチアはぷいと顔を背ける。
「……間接キスなんて、勇者様とだってしたことないのに」
「あっ……」
ルチアの小さな独り言が聞こえてしまって、ようやく気づく。
「もう一つスプーンもらうよ」
すでに遅いかもしれないが、手を挙げてアイシャを呼ぶ。
「はいにゃ〜、ってヒスイかにゃ。何の用にゃ。看板娘は忙しいにゃん」
はぁ、とため息を吐いたその額には汗が滲んでいる。忙しいのは事実のようだ。
「忙しいところごめん。スプーンをもう一つもらえるかな——」
「大丈夫です」
「——え?」
ルチアが赤い顔を俯かせたまま、ヒスイの言葉を阻む。
「店員さん、お手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした。こちらは大丈夫ですので、他のお客さんの対応をしてくださいな」
「にゃーん! 用がないなら最初から呼ぶなにゃん!」
シャーっと毛を逆立て威嚇するアイシャ。
「アイシャちゃーん! こっち来てくれー!」
「はいにゃー! 今行くにゃん!」
ちょうどいいタイミングでお客から声が掛かる。看板娘の名に偽りなく、人気者のようだ。
「高いお酒が欲しかったらいつでも言うにゃん! いいもの揃えてるにゃん!」
アイシャはいかにも迷惑にそうにしながらも、しっかり営業してから慌ただしく去った。
「ではヒスイさん、続きをいただきましょうか」
「え、あ、うん」
気遣ったつもりのヒスイの行動は余計なお世話だったのだろうか。
しかし、同じスプーンを使ってオムレツを食べるたびにルチアの頬は赤みを増しているように見えた。
最後に、1番人気だというホーンラビット肉のステーキが提供された。
ホーンラビットは村で食べられるごく一般的な肉のひとつだ。
それにパン、サラダ、スープが付いたリーズナブルなセットメニューである。
「わぁ、お肉ですか」
「これはうちにはないね」
ニホンでは牛や豚、鶏という動物を食べると聞いている。
ブラックバイソンやオークの肉がそれぞれ牛と豚に近い。しかし捕獲難易度が高く、商人から仕入れる必要がある。アオイの頃は多少のツテもあったが、今はもうない。
唯一、鶏に近いコケコッコーは、卵の採取が主のため商品にはできなかった。
ホーンラビットなら村の店でも買えるだろうが、そこにヒスイ亭の特色が残るかと言われると疑問である。
「ごちそうさまでした」
あっという間にステーキを食べ終える。
ヒスイとしても久しぶりの肉で、ついつい夢中になって舌鼓を打ってしまった。
純粋に味もよかった。
値段も含めてこれは1番人気も頷ける。
仕入れ先とのしっかりしたパイプがあるからこそできる仕事なのだろう。
「これからどうする? お腹に余裕があったらもう少し頼んでみようか?」
「…………………」
ルチアに尋ねるが、返事がない。
どこか焦点の定まっていない瞳で、身体を左右にゆらゆらと揺らしていた。
「ルチア?」
「……ヒスイしゃん」
ようやく水晶の瞳がこちらを見るが、呂律が怪しい。
「あれ〜? ヒスイしゃんがふたり〜? にゃはははは、おもしろ〜い!」
すると突然、彼女らしくもない大きな笑い声をあげてバタバタと子供のように足を暴れさせた。
(これ……間違いないよな……)
ルチアは完全に酔っ払っていた。
「る、ルチア、さん? 大丈夫——!?」
「ねぇねぇ、ひしゅいさーん?」
ヒスイの言うことなどまったくお構いなしで、ルチアは腕を絡めてきた。
先程のそれとは比べ物にならないほど遠慮も恥ずかしげもなく、柔らかい身体をこれでもかと押し付ける。
「にゃん♪ にゃんにゃん♪ にゃお〜ん♡」
それからヒスイの耳元で甘い猫撫で声をあげながら頬をすりすりと擦り付けた。
頭がクラクラするほどの異性の香りがヒスイの脳を溶かしてしまいそうになる。
「どうですか〜? 私の方が可愛いですよね? ね? ね〜?」
「そ、そうだね。可愛いね」
「やったにゃ〜ん♡」
一体何に対抗しているのか分からなかったが、こんな時の対処法としてヒスイはとりあえず肯定することにした。
「ごろにゃ〜ん♡」
気分が良くなったのか、より一層甘えてくるルチアの頭を優しく撫でる。
「えと、そろそろ家に帰ろっか?」
ルチアの変貌に気づく人が現れ始め、視線が痛くなってきた。
「やだにゃ〜ん♡ もっとこうするにゃーん♡」
「い、家に帰ればいくらでもしていいから。まずは帰ろう? ね?」
そう言ってまた頭を撫でてあげると、ルチアは嬉しそうに頷いてくれた。
「にゃんにゃん♪」
「うげ……どうしたのかにゃその子……」
見送りにきてくれた本家の看板娘が、ヒスイに抱きつくルチアを見て本気で引いている。
「次に会う時には何もなかったことにしておいてくれると助かる」
「よ、よくわからないけどわかったにゃ……」
「ありがとう」
「ま、まぁ? いくらへっぽこヒスイでも金さえあればお客さんにゃん。今度はおひとり様ならも〜っと搾りとって——じゃなくて、たくさんサービスするからぜひ来るにゃん♡」
「考えとくよ」
「またどうぞにゃ〜!」
ヨロヨロのルチアを支えながらアイシャに会釈して、ヒスイは店を後にした。
ヒスイは同年代の中で最も身体能力が低く、特別取り柄と言えるものもなく、その上、仲の良かった(と思っていた)アランと比べられることでバカにされてばかりだったが、金の亡者であるアイシャとの距離感は分かりやすく、嫌いではなかった。
家に着くと、未だに酔いどれているルチアをベッドに寝かせる。
「さぁ、ルチアはもう寝ようね」
「ええ〜、やーだー、もっとヒスイしゃんといるのー」
しかしルチアに腕を掴まれて、ベッドに引き摺り込まれた。
「えへ〜、ヒスイしゃんあったかい♡」
そのまま両腕を背中に回され、抱きしめられてしまう。
「仕方ない。じゃあ一緒に寝ようか」
「は〜い。いっしょ〜♡」
まぁ、大体毎日一緒に寝ているようなものなのだが。
今日のところはとてもじゃないが、そっちの方は致せそうにない。
たまにはこういう日があってもいいだろう。
「おやすみ、ルチア。……ルチア?」
「すぅ……すぅ」
ルチアはすでにもう、気持ちよさそうに眠ってしまっていた。
・
・
・
——数時間後。
「はぁ……はぁ……」
身体の異変に気づいて、ルチアは目を覚ます。
「なに、これ……はぁ、はぁ、んっ♡」
荒い息遣いの中に、痺れるような甘さを帯びてゆく。
下腹部が熱くて、疼いて堪らない。
両手でさすりながら視線をやれば、そこは艶やかなピンク色の紋様を描いていた。
(これ、淫紋……!?)
魔王がルチアに残した呪いの一種。
ルチアは1日1回交わらなければ、発情してしまう。
つまりこの淫紋の発現は、前回の行為から1日以上が経過したことを示していた。
(えっち……♡ しなきゃ、したい……っ♡)
幸い、隣ではヒスイが寝ている。
夜這いなんて本来はルチアに出来た真似ではないが……
(えっちえっちえっちえっちえっちえっちえっちえっちえっちえっちえっちえっちえっちえっちえっちえっちえっちえっち……ヒスイさんとえっちしたいの♡♡♡)
完全に発情しきった雌猫と化したルチアに迷いなどあるはずがなかった。
薄い布団の下に潜り込み、ヒスイの股の間へ移動する。
そして躊躇うことなく、慣れた手つきでそのズボンを下ろした。
「ヒスイさん、起きてくださ〜い♡ 起きないと〜、イタズラ、しちゃうにゃん♡」
この夜は、2人が今までした中で最も激しい夜となった。
——テレレレテッテテー♪
勇者アランのレベルが1上がった!
勇者アランのレベルが1上がった!
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