ep.1 美しい少年


「おや、好みに合いそうな容姿でしたか? 良かったですね。彼女、貴方の見た目が好きみたいですよ」


 誰だって、作り物みたいに美しい顔が目の前にあったら見てしまうだろう。

 眼福とはこういうことなのか……と言わんばかりに、さっきから私の両目は大喜びだ。


 それにしても、死神の顔面偏差値は全てこんな感じなのだろうか。

 大変不本意ではあるが、目の前にいるこの男の容姿もかなり整っている。


 見た目だけであれば、100点満点中200点!などと、意味の分からない点数が出そうなレベルだ。

 まあ、残念ながら性格がアレなので、全体で見ればむしろマイナスになるのだが。


 そんな事を考えながら、少年の顔をまじまじと見ていると、こちらを見返していた少年の白い肌にパッと朱が灯った。


「……むつきの好みなら、良かった」


 あれー? 私、君に何かした? ……したっけ。

 いや、何もしてない。何もしてない……はずだ。


 しかし、この最初からカンストしてそうな好感度の高さはいったい全体何故だろうか。


 助けてじっちゃん。

 今こそその名にかける時。


 一瞬、契約してもらうための手法かと疑ってはみたものの、本心から喜んでいることは、彼の色づいた頬が雄弁ゆうべんに物語ってくれている。


 美少年の嬉しそうな顔を眺めるのは大変目によろしいのだが、いかんせんその背後でニヤニヤとこちらを見ている男がとてもしゃくに触るわけで。


「そういえば、どうして私の名前を知ってるの? 君と会うのはこれが初めてだと思うけど」


 名前を知っている理由が聞きたかったのだが、その言葉を聞いた途端、少年の顔から急速に色が失われていく。


 黙ってうつむいてしまった少年を見て、後ろの男はやれやれと言った様子でこちらを見た。


「死神なんですから分かりますよ。基本的な人間の情報は、全て我々のデータベースに載っています。もちろん貴女のもありますよ。一部読み上げてみましょうか? 名前は神楽しがらき 睦月むつき。年齢は23で、性別は……一応女性になってますね」


まごうことなき女性ですが。貴方たちからしたら、私の容姿なんて月とスッポンどころか、月とミジンコほどの差があるかも知れませんけどね。これでもれっきとした女性なんですよ」


 そろそろ窓から突き落とすぞこの野郎。


 そんな一言を飲み込んだ私に、誰か称賛しょうさんの言葉をおくってあげてほしい。

 なんなら、この男に関しては今すぐにでも突き落としたい気持ちを抑え込んでいる、私の忍耐に感謝して欲しいくらいだ。


 俯いていた少年の顔が、ハッとしたように上げられるのが見えた。


「むつきは綺麗だ! そんな奴の言うことなんて気にしなくていい」


 相変わらず高すぎる好感度と真っ直ぐ過ぎる言葉に、さっきまでの怒りも何処へやら、驚きと恥ずかしさで言葉に詰まってしまう。


「そんな奴とは心外です。私は貴方の上司なんですから、もう少し言葉の使い方ってものをですねぇ」


「なら早く契約だけして、次の仕事に行けばいいだろ」


「おやまあ! 貴方のために、ここまで付き添った上司に何たる仕打ちでしょうか。やれやれ、イレギュラーな部下ばかり持たされる私を、少しはいたわって欲しいものですよ」


 羞恥心しゅうちしんで固まる私の方を向いた男は、大きく肩をすくめて見せた。


「彼がこんな調子なので、早く契約してもらいたいんですがね。仕事が立て込んでるのは、残念ながら事実ですし」


 契約という言葉に、空気が少し張り詰めたのを感じる。


「あなた方が死神だと言うことは、不本意ですが認めることにします。でも何故、私なんですか? そこにいる彼とも、私は初対面のはずです。もしかして……そうではない、とか?」


 視線を向けられ、少年の顔が少し強張る。


「いや……、むつきと直接会うのは初めてだ」


「直接……?」


 含みのある言い方に、思わず聞き返してしまう。


「選考の段階で、貴女のことは何度か見にきてたんですよ。視認は出来ないようにしてましたので、貴女は知らないと思いますがね」


「私のプライバシーが全くない」


 とんでもない事実に気が遠くなりそうだ。


 つまり、私たちがこうして会うのは初めてでも、死神かれらは何度か私を見に来ており、一方的に知っていたと言う訳か。


「それで直接……ね。まあそれも、本当かは怪しいけど」


 疑いの眼差しを向けると、少年の方が慌てたように弁明してくる。


「嘘じゃない! むつきとこうして会うのは、今回が本当に初めてなんだ。俺はむつきに嘘をついたりなんてしない。それに何より……俺たち死神は、そもそも嘘をつくことが出来ないようになってる」


「嘘をつくことが出来ない?」


「言葉通りの意味ですよ」


 少年の方をちらりと見やり、男は口を開いた。


「死神は嘘をくことが禁止されてるんです。もし吐こうとすれば、自戒じかいしるしが働いて、激痛に身悶みもだえることになります。仮に吐けたとしても、それが嘘だと一目で分かる状態の中、嘘を吐く意味がありませんからね」


 自戒の印とか激痛とか、色々と怖い単語が聞こえた気もするが、ここは触れないでおくのが賢明だろう。


 昔のことわざでも、「君子危うきに近寄らず」とあるくらいだ。

 君子が近寄らないなら、私も近寄らない方がいいに決まってる。


「とりあえず、嘘をつけない事が本当だと信じた上で聞きます。死神のパートナーとして契約した場合、私は何をさせられるんでしょうか」


「おや、やっと受けてくれる気になりましたか。最初から拒否権なんてものは有りませんでしたし、無駄な時間が削減できるのは私としても助かります」


 何言ってんだこいつ。


 最初から拒否権がなかったという発言に、だんだんと頭が現実からの逃避を始める。


「何をするかはもちろん、死神業に決まってるじゃないですか」


「日本語で話してくれます?」


 

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