暑いと僕はかく語りき

紅葉 日和

暑いと僕はかく語りき

 遠くから蝉の鳴き声が聞こえる。

 今日も茹だるような暑さである、燦々と輝く太陽に僕は恨めしい視線を向けるも、太陽は降り注ぐ日光を僕の目にプレゼント、より鮮明に暑さを感じる羽目になった。

 都会から遊びに来ている従兄弟がこっちはまだ涼しい、と宣っていたが、いやはや、田舎も暑いもんは暑いのである。

 まぁこっちにはコンクリートで舗装されている道も少ないし、ビルとかもないからヒートアイランド現象?とかも起こり得ない、でも、二度目にはなるが伝えたい、田舎も暑いもんは暑いのである。

 何で暑がってる方が近くの自販機までジュースを買いに行かにゃならんのだ、と太陽を見ないように天を仰ぐも、従兄弟と繰り広げたジャンケンという聖戦で負けた僕が悪いので、致し方ないと覚悟を決めて歩みを前に進めた。


 えっちらおっちらあぜ道を歩き、伸び放題の茂みを手で掻き分けて先に進むと開けた空き地に出る。

 そこには何台か自販機が並んでおり、その横には真新しい東屋、そして色褪せたベンチが置かれている。

 この東屋に主婦たちが集まり井戸端会議、そしてついてきた子どもたちが空き地で遊んでいる光景をよく目にするが、流石に今日は猛暑のためか、人影はない。

 さっさとジュースを買って帰ろう、僕はポケットから財布を取り出し、まずは自分の好きな炭酸飲料を購入、さっきの勝負に納得はいっていないので、従兄弟には見るからに美味しくなさそうなケミカル色のソーダを購入した。

 取り出し口からキンキンに冷えた“ペットボトル”を取り出し、涼を取るために二本のペットボトルを首筋に当てる。


「あぁ〜冷てぇ……」


 頭の先から熱が抜けていくのを感じながら、ちょっと休憩と僕は東屋へ。

 ぱっぱと細かな汚れを払い、どっかりとベンチに腰掛けた。

 首筋を冷やすペットボトルから垂れた滴が肩を濡らす、その僅かな涼ですら心地良い。

 堪らず僕は口を開いて、大きく息を吐いた。

 温まった“空気”を吐き出し、また暑い外気を取り込む。

 意味がないと思えるこの行動も、やってみれば中々にリラックス出来る、そうか、これが整いか、と一人納得し、家で待つ従兄弟を差し置いてひとまず喉の乾きを潤すべく、首筋からペットボトルを離した。

 

 右手にはいつもの炭酸飲料、そして、左手にはケミカルなソーダ。

 ケミカルなソーダのラベルを見てみると、“SNS映え必至!ジェニックミックスソーダ”と余りにも不安要素しかない文言がデカデカと書かれている。

 この田舎でSNS映えもクソもねぇよ……とはーんと鼻で笑い飛ばしてみるも、僕の心は徐々にこのソーダに奪われつつあった。

 父の跡を継ぎこの土地で農業に従事する、それが僕の将来の夢、なんらその未来に不満はない。

 畑は好きだし野菜も好き、何よりも汗水垂らして働く父の背中は、とても勇ましくて格好いい、あんな人になることが僕の目標だからだ。

 でも、まぁ、“妄想”はしてしまうのだ。

 名だたる都会に出て、連日フォトジェニックスポットを巡り、毎夜毎夜とパーリィピーポーするシティーボーイとしての自分の姿を。

 煌めくネオンに照らされて、数多の欲望渦巻くフロアをのらりくらりと舞い踊る、そんな僕の手に握られているのはきっとそう、眼の前のケミカルなソーダなのだろう。

 僕は、傍らにいつもの炭酸飲料のペットボトルを置き、震える手で、ジェニックミックスソーダのキャップを回す。

 プシュッ、炭酸が抜ける音と共に、なんとも言えない匂いが鼻腔をくすぐった。

 フルーツ、ミルクティー、バニラアイス、マシュマロ、あえて原材料名は見ないが、様々な要素が混ぜ合わさった、一筋縄ではいかない甘美な香り。

 それはまさに誘惑そのものであった、手練手管で僕を引きずり込もうとするスウィーティな魔手は、今この瞬間、確実に僕の心のタガを壊した。

 さぁ、フォトジェニックとやらを……パーリィピーポーなお点前を見せてくれ……!!

 僕は、思いのままに、ペットボトルに口を付けめ、極彩色の色水を呑む。

 

 「ま゛っずぅ゛!!」


 僕は正気に戻った。

 

 その後よたよたと家に帰った僕は、未開封の自分用に買っていたジュースを従兄弟に手渡し、ジェニックミックスソーダは冷蔵庫の奥の方へと封印された。

 そんなある夏の日から数ヶ月後、従兄弟は都会に帰り、外は徐々に秋めいていく中で、未だソーダは冷蔵庫の奥に鎮座していた。


 “ペットボトル”に、あの夏の日の“空気”と、そして淡い僕の“妄想”を含んで、変わらずにそこに有り続けたのだった。


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