まだ、話したいよ。

花園眠莉

まだ、話したいよ。

 学生の頃から仲が良かった青木が死んだ。享年二十六歳。死因は自殺らしい。いつもうるさくて、たまに毒を吐くそんな奴だった。中学も高校も社会人になってもずっとそんなんだった。俺と青木はたまに酒を飲み交わして近況を話す仲だった。この関係はずっと変わらないと思ってた。仕事が落ち着いたらまた飲もうと話していたのに。それが叶うことはなかった。なんで自殺なんかしたんだよ。そう怒鳴ってやりたかったが死人に口はない。もっとちゃんと話聞いてやればよかったのかな。でも、あいつが弱音を吐く所を見たことがない。見せられない関係だったのかよ。もっと頼ってくれよ。そう願っても過ぎたことは変えられない。葬式に顔を出した。学生の頃の友人とも話した。

「なんであいつ、自殺したんだろうな。」どっちからともなくその言葉をお互い呟く。その真実は俺らにはわからなかった。


 それから半月が経った頃、一本の電話が入った。青木の携帯からだった。俺は迷わず繋げた。

「もしもし。」その声は初老の女性のものだった。

「青木翔真の母です。林田誠君の携帯でしょうか。」青木が死んでからまだ受け止められていなかったのだろう。つい、青木が掛けてきたと思ってしまった。

「はい、誠です。お久しぶりです、翔真のお母さん。」

「今、お時間はありますか?」今日は休日で特に予定もない。

「はい。大丈夫ですよ。」

「この前、翔真のお葬式に来てくれてありがとうね。翔真の家の整理をしていたんだけど誠君宛の手紙と段ボールが出てきたの。もし良ければ今度取りに来てほしいの。」死ぬ前に俺に手紙書いてるとか本当に、死ぬつもりだったんだな。俺に渡したい段ボールってなんだよ。青木、お前が直接渡せよ。渡せるわけもない相手に言ってもしょうがない。

「はい。いつだったら大丈夫ですかね。」

「いつでも大丈夫だよ。なんだったら誠くんが大丈夫なら今日でも良いからね。」今日は運良く予定の一つもない。

「今日、行ってもいいですか?」

「うん、待ってるね。気をつけておいで。」彼女の声色が少し温かくなった。

「はい。」それから、ギリ徒歩圏内の青木の家へ行った。出迎えてくれたのはさっきまで電話していたお母さんだった。


 「誠君、大人になったね。」直接会っていなかったがあまり変わった様子はなかった。でも、どこか暗い雰囲気が滲み出ていた。

「ありがとうございます。」

「これ、誠君に渡したいもの。」渡されたのは靴が入ってる箱だった。中身は分からない。それとしっかりとした厚紙の封筒。

「何入ってるんですかね。」青木のお母さんは眉を下げて笑った。

「あの子のことだからガラクタが入っているのかも。中身は誠君だけに見せたいらしいから、家で開けてって書いてあったよ。いらなかったら捨てていいからね。」捨てるわけがない。あいつの、翔真のものだから、きっと、きっと持っていたほうが良いはずだから。

「多分、捨てませんけどね。」それから少しの世間話と思い出話を重ねて家へ帰る。あまり重たくない箱を抱え行きよりも長く感じる道を歩く。


 家に着くと何も疲れていないのにため息が出る。リビングまで行って箱を床に置く。手紙は机の端に置いた。開けようと思ったがなんとなく勇気がいる。翔真の…形見が入ってると考えると余計に開けることができない。あいつが何を入れるかわかったもんじゃない。それでも少しワクワクしているのかもしれない。箱に手をかけて開く。


 入っていたのは俺が随分前に貸した充電器とモバイルバッテリー、あいつが好きな漫画2冊とCD数枚。充電器とモバイルバッテリーは生きてる間に返せよ。あと、なんで8巻と16巻を入れるんだよ。翔真がいつも面白いから見ろって言ってたけどまだ、読んでないよ。そんなに8巻と16巻が面白かったのか。翔真のことだとありえそうだな。思い出が鮮明に頭の中を駆け巡る。漫画を箱に戻して手紙の封を切る。


 そこに並んでいたのは昔よりは綺麗になった翔真の文字だった。


林田誠へ

母さんから箱は貰ったか?

借りパクしてたものとか俺の好きなもの入れた。

要らないなら捨てていいからな。

誠と飲む酒は楽しくて飲みすぎたわ。

あと、急に死んでごめんな。

青木翔真(自称お前の一番の親友)より


短くて、脈絡なくて、青木らしい。

最後のかっこ書きに自称ってつけるなよ。

ずっと親友だと思ってた俺が恥ずかしいだろ。

こんな時に泣ければストーリー映えしていたのだろうか。俺は涙をこぼすこと無く手紙を封筒に戻して携帯を開いた。写真を遡り青木を探す。青木の顔を無性に見たくなった。二人で宅飲みした時に撮った写真を見つけた。


 くしゃりと笑う青木がそこに居た。

俺は画面越しにくしゃりと笑うお前の顔をなぞる。

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