第48話 消える古菅
翌日、俺は学校に行った。
今日は学校の終業式。今年の学校生活の終わり、そして冬休みの幕開けである。
言わずもがな、クラスの盛り上がりは凄まじかった。
ほとんどは学校が休みになることに大喜び。休み中は何をするのか、どこへ行くのか、そういった話で持ち切りだ。
俺はと言えば、休み中は化け物狩りで予定が全て埋まってしまっている。
故に、気分は休み時ではない。
ワクワクが無ければ、ドキドキも無い。至って平然としていて、冷めた感じだった。
なので、俺からすればなんでも無い日。特になんでもない普通の日だ。
–––––––古菅がいないこと以外は。
古菅は今日、学校に来なかった。
来ないということ自体に問題は無い。仕方の無い休みや、サボりというのは普通にあるものだ。実際、過去に古菅もそういったことで休んだりしていた。
しかし、問題はこの休みに対して一切の連絡が無いことにある。
朝礼時の先生の反応だと何も連絡が入っていない感じだったし、俺のスマホにも休みの連絡は来ていない。
こんなことは今まで無かった。こういう場合、古菅は少なくとも俺に対しては必ず連絡をしていた。なのに......なのにだ。
しかも、こっちから電話やメールを送っても何も反応は無い。既読すら付くことがない。
......あまりにもおかしい。まさか......古菅に限ってそんなことはあり得ない筈だけど、もしかしたら化け物に襲われたりしたんじゃ–––––––そう、思わざるを得なかった。
午後4時頃。学校中に終わりのチャイムが鳴り響く。
学校が終わると、俺は屋敷に戻らず古菅の家へと向かった。
理由はもちろん、彼女が心配だったから。
彼女は俺の唯一の友人。心配しない理由は無い。
俺は歩いた。少し速めだ。
考えれば考える程、その歩みは速度を増していく。
歩道を歩き、商店街を抜け、家々を通り。
そして、気が付けば古菅の家に到着していた。
「......」
夕焼け空をバックに見上げる建物はやはり時代が古い。それに大きい。
鉄骨が一切使われていなさそうなその木造のいで立ちは、少しばかりの荘厳さでも滲み出てきそうだ。
だが、今は家の素晴らしさに目を奪われている場合ではない。
俺は塀に取り付けられているインターホンに指を伸ばし、カチッと押した。
ピーンポーン
鳴り響く電子的な音。ここはどうやら現代らしい。
音が鳴りやむと、屋敷の中から白髪の男性が姿を現す。その男性は、昨日初めて顔を合わせた古菅の兄である康生さんだ。
彼は俺の顔を見るなりニヤッと表情を緩ませ、
「やあ、弘一くん。昨日ぶりじゃあないか」
手を振りながら歓迎してくる。
「こんばんは。すみません、急に来てしまって」
「いやいや。他ならぬ弘一くんの訪問だ。いつでも大歓迎だよ、僕も美代も。–––––––あーでも、今日はちょっと美代は無理かなぁ」
残念そうに、また難しそうに首を傾けながら頭を掻く康生さん。
無理? それはどういうことだ?
「古菅、じゃなかった。美代さんに用があって来たんです。学校に来ないどころか、連絡も一切繋がらないからどうしたのかって。何かあったんじゃないかって。心配になっちゃって」
「ああ、美代ね。そっかそっか。連絡入れてなかったなぁ美代め。悪いねぇ心配させちゃって。今美代は体調崩しちゃっててさ」
「体調を、ですか......?」
「そうそう。今朝から熱出ちゃって、時期も時期だしただの風邪だとは思うけど、これ以上酷くなるようだったらインフルエンザも視野に入れないとだね」
「......そうだったんですか」
話を聞いて、俺は安堵する。
–––––––よかった。古菅が、化け物関連の事件に巻き込まれていなくて、本当によかった。巻き込まれてたら......もし巻き込まれてたりしたら、俺は–––––––
「ふぅ......」
胸を撫でおろした俺は、溜息を吐きながら少し微笑んだ。あまりの嬉しさや安心さは、どうやっても裏で隠し切れないようだ。
けれど......この場合は仕方ないし、多分良いことで構わない筈だ。これくらいの反応は、許してほしい。
「......」
そんな俺の姿を、ジーっと見つめる康生さん。
彼は俺の反応を前にして、確かめるように足元から頭上までをいやらしく眺めていた。
......俺は少し不審に思ってしまった。
「あの......どうし–––––––」
「あーみなまで言うな。言いたいことは分かるよ。でも、ちょっと気になってさ」
食い気味に遮られ、続けられる。
そして、またしばらく悩むように凝視された後、彼は口を開いた。
「弘一くんってさ、美代と付き合ってないの?」
「......はい?」
一瞬、理解できず。返せたのはたったの2文字だけ。
少しして理解することはできたが、唐突のあまりポカンとした表情は変わらなかった。
「いや......付き合っては、いないですね」
「あ、そうなの? 友達とは聞いていたけど、実際はそれ以上の関係だと個人的には思ってたよ。美代が君について考えてる時はやけに元気そうだったからね。それに、今回の君の行動はとてもただの友達の反応に思えない。安堵のあまりか笑みを溢すなんて、随分と美代思いじゃないか。むしろこれで付き合ってないのが驚きものだね」
「それは–––––––」
言おうとして、言葉が詰まる。
本人ではないとは言え、彼は古菅の兄–––––––つまりは家族だ。
そんな人の前で、言えるわけがない。–––––––他に、好きな人がいるなんて。
しかし、
「当てようか。ズバリ、それは他に好きな人がいるということ、だね?」
彼、古菅 康生はそれを当ててきた。
「–––––––」
あまりのことに反応はできなかった。声も出なかった。
「図星だね。そうかそうか。いや、怒ってはいないよ。残念だけど、選ぶ権利は君にある。そこにとやかく言うつもりはないよ。でもね......好きな人がいるっていうのなら、行動は早めにね。思いを伝えるなら、手遅れになる前に言ってしまった方がいいよ」
告げられる注意。いや、忠告か。いや、アドバイスか。
真っすぐ見つめられながら言われたその言葉は、どこか悲し気な気がしてならなかった。
「あの、それってどういう」
恐る恐る、引き出すかのように訪ねる。
すると、フフッと笑い彼は続けた。
「人生の先輩からの助言だよ。経験談から言える結論さ。僕もかつては君みたいに女に惚れて、手遅れになっちゃったことがあるんだよ。1回だけだけど」
「あー、そうだったんですね」
「ああそうさ。それで、失敗した。当然後悔したさ。もっと早ければ悔いも残らなかったかもしれないし、もっと早かったら間に合ったかもしれない。けど、そうなる前に終わってしまった。
–––––––死んだんだよ」
空気が止まった。凍りつくことなく、ただ固まる。元から重かった空気も、軽さを取り戻したかと思えば、さらに水底へと沈みだす。
「まだ中学生くらいの時かな。たまたま町ですれ違った人に一目惚れしていしまってね。その後どうにか親密になって友達関係にまで発展したんだけど、告白しようとして手遅れになった。死んじゃったのさ、ぽっくりと。あの時以上に、泣いた時は無いさ」
「......」
俺には何も返せない。言えることがない。こういう場合、なんと言えばいいのか分からない。
故に沈黙。声を出すに値しない者による最終手段である。
だが、
「まあそんなことはもうどうでもいい。終わったことだ。それにこの思いはいずれ取り戻せる。君に知って欲しいのは、手遅れよりは早すぎがちょうど良いということだ。悪いね、なんか変な話しちゃって」
対して彼は簡単に明るさを取り戻す。
自分の話だから。既に過去の話だから。それ故なのかもしれない。
「い、いえ、こちらこそ。なんか、すみません」
「君が謝ることはないさ。けど、僕の教訓から出てきた助言は忘れずに胸に閉まっていて欲しい。先人の知恵は、持っていて悪いことはない筈だ」
「そうですね。おっしゃる通り、だとは思います。実際、今の俺には他に好きな人がいるので。教訓として、刻み込んでおきます」
「うむ、よろしい。さあ、このままいくとまた僕が長く話し込んでしまいそうだから、今日はこれでね。美代には僕から伝えておくから、君は早めに山の屋敷に帰りなさい。夜は色々と物騒だからね」
康生さんは話を切り上げ、僕に帰宅するように促す。
これからの俺の予定は昨日と同じ。夜の時間帯は化け物退治だ。故に帰りはしない–––––––なんて言える筈もなく、
「分かりました。夜は確かにちょっと怖いですからね。これで帰ります。美代さんによろしくお願いします」
形だけ言葉に従った。
すると康生さんは「うん、さようなら」と手を振って家の中へと入っていった。
俺はその手に応えるように振り返し、彼の白い背中を見送った。
空は既に、赤かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます