第36話 現実

「へぇ~? 魔術協会側が正式に介入してくるなんて。正直予想外」


 苦笑いする冴島さん。

 その笑みには、どことなくいつもの余裕さが感じられなかった。


「流石にです、ね? 本来ならばこの件に介入する気などなかったのですよ。特に協会のお偉いさん方ときたら、その赤い化け物で何かしら面白いものができれば、むしろ魔術世界としては得だと思っていましたからね。なんとまあ能天気、いや、人の心が無いといいますか。人間の命よりも魔術を優先する–––––––生粋の魔術師としての考え、と言いましょうか。......まあ、あの騒動が起こるまでは、ですけどね」


 神父はやれやれと首を振ったかと思えば、すぐに微笑みを浮かばせて礼拝堂内を歩き出した。


「......白い怪物の出現はまずかった。怪物による公的、並びに人的被害は、あの赤い化け物を軽く凌駕してきた。赤い化け物達による被害程度ならば、情報隠蔽は容易かったのですが、白い怪物に関してはそうはいかなかったのです。何せ規模が違う。赤い化け物1体に付き5人の犠牲ならば、白い怪物は50人にまでなる。しかも、繁華街のど真ん中であんなに堂々と、人目を気にすることなく暴れてしまった。結果、我々による情報隠蔽ではカバーしきれなくなってしまいました」


 歩きながら心底残念そうに、無念そうに語る神父。

 その姿からは、本心でそう思っているのだということが見てうかがえる。


 ……そんな中、黙って話を聞いていた俺の心には、とある疑問の影が浮かび上がっていた。

 いつもの俺なら、こういう場で口を開くことはない。

 目立つことが嫌いな人間性だ。3人くらいならともかくとして、それ以上はもう自分から口を開くことなんてできない。

 なのに–––––––


「情報隠蔽でカバーしきれなくなると、どうなるんです?」


 何を油断していたのか。俺はつい、ポロっと言葉を溢してしまった。

 周りの視線が俺に集まる。

 ヒヤリと。チクチクと。背中が一気に気持ち悪くなる。

 当然、後悔した。何言いだしてんだと自身を攻め立てた。

 しかし、俺はただの一般人だ。ほとんど何も知らない人間だ。

 なら、質問する権利くらいはある。


 神父は「フッ」と一瞬鼻で笑うと、俺の質問に答えた。


「そうでした。南さんは魔術世界について、あまりご存じありませんでしたね。これはまことに失敬。......では、お教えする前に1つ、質問です。南さん、魔術世界の掟とは?」


 投げ返された質問。いや、これは問い。学校でいうところの問題、設問だ。

 俺は一瞬戸惑いながらも、記憶を遡り、どうにか答えを引っ張り出す。


「確か、魔術の秘匿」


「正解。では、もし魔術の存在が間接的–––––––例えるなら、ニュースや新聞などのメディアによって世に知られてしまう場合は? どうやって我々は隠蔽します?」


「間接的......それは、監視者による管理? とか、そんな感じですか?」


「う~ん、バツよりの三角。正確に答えるなら、我々はそれらの情報が流れないよう、事前に報道機関内部に手を打っています。ですので、たとえどれだけ魔術による大規模な事件が起ころうが、真実を捻じ曲げて隠し通すことができます。......では次。次は間接的ではなく直接的。つまり、一般人に直接目撃されてしまった場合は?」


 次から次へ。インターバル無しで問われる問題の連投。

 だが、これに関しては簡単だ。何せ、冴島さんに最初に教わったことだから。


「その場合は......目撃者の排除。もしくは、俺みたいに口封じの呪いを掛ける」


「その通り。ですが、呪いを掛けることに関してはかなり例外です。それをやる魔術師と言えば、冴島さんくらいですからね」


 神父はいたずらに顔を冴島さんに向ける。

 冴島さんは、その視線を受けると「ウッ」と身を震わせ、顔を背けた。


「まあ、それは置いておいて。では南さん、それらの掟を、今回の事件らに当てはめてみてください。まずは、赤い化け物が関連する事件について。赤い化け物–––––––メディア的に言い換えれば、”未知の生物が人を喰い殺した”という猟奇的で奇抜な情報。異様で不自然な魔力をその身に帯びているということは、魔術に関連した生物による犯行です。どうです? 警察やマスコミは?」


「......魔術関連の情報は公開しないように事前に手は打ってあるから報道することはない。或いは......連続猟奇殺人事件だったり、失踪事件として報道する?」


「うん、大正解。今はまさに、そういった殺人事件として報道されています。では一方、直接的なものはどうなるのか。直接的–––––––先程も言いましたが要は人間です。一般の人間が赤い化け物を目撃した。......この場合は一体どうなるのか。ですがまあ、これに関しては少し特殊です。何せ、目撃者となった人間は生きて情報を拡散することなく化け物に喰い殺され、死体となってしまうからです。死人に口無し、といったところでしょうか。逃げ切れずに殺された死体は、情報を漏らすことはありませんから」


 得意げに。かつ他人事のように口にする神父。

 ......ムカつく。

 間違ったことは言っていない。

 彼は一切間違ったことなど言っていない。

 だが、微笑みながら揚々と話すその姿が、俺は気に食わなかった。


「それでは本題です。遠回りになりましたが、これで下地は十分。理解するには問題ないでしょう。では、先日の晩に起きた白い怪物による騒動の場合はどうなるのか」


 礼拝堂を大きく歩いていた神父は、途中まで行くと折り返し、進行方向を俺へと向けた。

 グングンと近づいてくる神父。その表情と雰囲気からは、彼が声に出していない問いを投げかけられている感じがした。

 なので、俺は頭の中で急いで書いてさせ、どうにか無理矢理に文章を組み立てた。


「......間接的情報の隠蔽は可能。メディアを通じて怪物の存在が世に知られることはありえない。次に、直接的情報の隠蔽。この騒動の場合は目撃者がいるので、掟に習って、その排除が、必要に、なる......」


 考えながら問い無き答えを述べる。

 しかし口にしていると、俺はだんだんとある違和感に気づきだす。


「排除が、必要になる......? 排除? え? いや、だとしたら......?」


 これだった。

 目撃者は掟に習って排除する。

 一般社会者からしてみれば合理的で歪んだ倫理観。

 けど、それはもう分かっている。先週、冴島さんから聞いた際に非常に驚き、それで終わっている。

 でも、これは規模が違う。1人や2人といったものではない。2桁......或いは3桁人。

 それを......その人達全員を......排除......?


 神父は、冷や汗を掻きだす俺を見てニヤリと邪悪に微笑む。


「よく気づきましたね、南さん。そう、白い怪物による大騒動によって、排除しなければならなくなった一般人が多数発生してしまいました。何せ、場所は繁華街のど真ん中。死傷者50人以上にまでなる魔術事件です。目撃者は老若男女合わせて100人いくかいかないかでしょう。数人規模の排除ならまだしも、この多さとなると戦闘能力の無い監視者である私ではとても手に負えない。排除よりも先に、人から人へと真実が波紋のように伝わってしまう。そうなるともう、メディアによる隠蔽工作では隠し切れなくなり、むしろ一般人に不信感を買ってしまう。......もし、そんなことになってしまえば、やがて秘匿は暴かれ、争い–––––––いわば戦争が起こる」


 神父はだんだんと笑顔を消していき、俺に接近してくる。真っすぐと。事実と最悪の可能性を語りながら。


「戦争って......こんな小さな地方の町じゃないですか。たった100人の口にする言葉で、魔術の秘匿が暴かれるなんて、あり得ないでしょう?! だから、殺す必要なんて」


 否定するように俺は口にする。

 だが、神父は歩みを止めず、首を横に振る。


「ごもっともな意見ではありますが、残念ながら、”可能性がコンマ%でもある”ということ自体が問題なのです。もしかしたら、その小さな可能性で魔術の存在が世に広まるかもしれない。もしかしたら、さらにまた小さな可能性で人々が対立し、戦争が起こるかもしれない。もしかしたら、もしかしたら、もしかしたらと......イフにイフを重ねた結果が、この魔術世界の掟なのです。なので、目撃者の方々にはお気の毒ですが、運が悪かったということで殺さなくてはなりません。……彼女はその役割も兼ねて、この町に派遣されたのです」


 神父の視線が横に流れ、椅子に座るアリシエラさんに向けられる。

 彼女は神父の言葉を否定することなく、ただ無言で俺を見ている。


「はぁ? ......なんだよ。運が悪かったって......」


 納得できず。肯定できず。理解できず。

 俺は首を振り、認めることを拒んだ。


「人殺し......やってることは、敵の魔術師と変わらないじゃないか......!」


 神父の顔を見ず、下を向きながら失望の声を漏らす。

 別に俺は、見たことも話したこともない赤の他人の為に、あの夜戦ったわけじゃない。

 あくまであれは冴島さんの為。冴島さんを心配に思い、助けたかったが為に行った行動だ。


 でも。

 だとしても、だ。

 そんな話を聞かされて「ああそうですか」と、聞き流せるわけがない。

 魔術師。そして魔術協会。

 一般常識が通用しない存在。ああ分かってた。分かっていた。分かっていたさ!

 けれど、ここまでだったなんて......


「......南さん。貴方の感情、それと考えは人間として正しい。ですが、その中身は単なる理想です。貴方の今の感情も、魔術師はこうあって欲しい、といった理想あってのものです。それさえ無ければ、貴方もここまで失望することはなかったでしょう。ですので–––––––貴方には現実をお教えしましょう」


 うつむく俺に神父はそう言うと、目の前に立ち、見下ろした。

 そして、告げた。


「いいですか? 魔術師の世界には、”善悪”などといったものが存在しないのです。我々の根幹にあるものは、”利益か”、”不利益か”、といった個人的で組織的なものなのです。–––––––掟で目撃者を排除するのもそう。–––––––戦争を起こさないようにするのもそう。何故ならば、それは魔術師にとって不利益だから。だから目撃者は排除する。魔術を巡った戦争は無理矢理にでも阻止する。そして魔術発展の為、つまり利益の為ならば人を殺して実験材料にしてもいい。強欲で無法で残酷な社会世界、それが魔術師の世界なのです」


 真実による暴力。

 目の前で両手を広げ、神父は天を仰ぐ。


「……」


 言い返したかった。

 何か。何かしらを言い返したかった。

 人として。それは間違っていると言いたかった。

 けど、言葉が出なかった。言い返すことはできなかった。


「……狂ってる」


 絞り出るのは、たったの一言。

 辛うじて出てきた負け惜しみに似た戯言。

 その言葉に、神父は優しく微笑みながら、


「それが、我々の世界です」


 俺の耳元でそう口にした。


「ッ!」


 瞬間、俺は鋭くした眼光を耳元にいる神父の顔に向けた。

 腹立たしいくらい優しい笑顔。

 嘘偽りのない正直な笑顔。

 ああ–––––––やっぱり、気に食わない。


「南くん、ストップ」


 グイッ、と。

 声と共に俺は、急に肩を掴まれ後ろに引かれた。

 俺はバランスを崩すように後退り、顔横にいた神父から距離を取った。


 声の主、それから肩を引いたのは冴島さんだった。


「気持ちが分からないこともないけど、今は抑えて。その握ってる右拳も緩めなさい」


 「え?」と声を漏らし、指摘された自身の右手に視線を向ける。

 そこには、ギッと力強く握りしめられていた丸い拳があった。

 いつの間に握っていたのか。恐らく、完全に無意識だったのだろう。全く気が付いていなかった。

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