第13話 嘘と赤
放課後。
授業を終えた俺と古菅は、下校する生徒達の流れにまみれながら一緒に校門の外へと出た。
多発する殺人事件、行方不明事件の影響で放課後の部活が中止となった為、周りを歩く人の数はかなりのものだった。
補修も同様に中止となったので貴重な放課後の時間を奪われずに済んだが、代わりとして渡された大量のプリントは正直痛手だった。
「プリント重い……まあでも、補修を受けないだけマシか。代償代償」
校門前で重いバッグを肩に掛けながら、喜んでいいのか悪いのか、そんな心情を吐露する。
「でも補修が無くなったお陰で、また一緒に帰れるね」
そんな俺に笑顔を見せる古菅。実に嬉しそうな様子だ。
しかし、俺は視線を泳がせ「あ〜」と気まずそうに声を出す。
「それなんだけどさ……ちょっとしばらくは一緒に帰るの無理そうだなぁっていうのが」
「え、どうして?」
帰る方向が同じ、加えたお互いに唯一の友人ということもあったので、補修前までは古菅と一緒に下校をしていた。
だが、今俺が衣食住している場所は違う。位置的には真逆の場所だ。
つまり、しばらくは彼女と下校を共にすることができないのだ。
「うん、まぁ、そのぉ……なんだ」
繰り返す曖昧な言葉。
さて、どうしたものか。ここで馬鹿正直に経緯や理由や状況を話すわけにはいかない。
化け物のことを話すわけにもいかないし、山の屋敷で男1人女2人で共同生活してるとも言えないし。
そもそも魔術に関連したこと言えば何が起こるか分からないし……ここはどうにか誤魔化すこととしよう。
「……一昨日くらいからバイトしててさ。こっちのいつもと方面のちょっとお高いご身分様の、お高いお家で」
「いきなり……? そんなバイトの話最近まで全くしてなかってけど」
「言い忘れてたんだよ。ほら言っただろう? テストとかあって疲れてるって」
「言ってはいたけど……」
納得いかない様子の古菅。
気持ちは分かる。俺も急に言われたらそうなる。でも今回だけは納得してくれ。俺の生死が賭かってるんだ。
「だから、な? お高いお高い中世の貴族様みたいな屋敷でしばらく毎日バイトがあるから、少しの間だけど一緒に帰るのは無理なんだ」
無理矢理押し倒そうとする。
困ったような顔をした古菅だったが、やがて残念がるように、
「……分かったよぉ。残念だけど、弘一くんの家庭事情的にもお金は必要だしね」
と、どうにか折れてくれた。
「納得してくれたのか?」
「厳密にはできてないよ。残念だし、急すぎてすごく驚いたし。でも、私の都合に弘一くんを付き合わせる訳にもいかないからね」
理解のある友を持って良かった。いや、今のに関しては都合良く彼女の性格を使ってしまったところだが。
……また彼女に甘えてしまったな。
「……ごめん、そしてありがと。今度そのバイト代でまた奢るからさ、何がいいか決めておいてくれ。それじゃっ」
俺が手を振って別れを告げると、同様に古菅も手を振った。
「うん。バイバイ、弘一くん。バイト頑張って」
そして俺達は、互いに真反対の道へと歩き出した。
古菅と別れた俺は、屋敷へと続く住宅街の道を歩いていた。
周りには誰もいない。人1人歩いていないといった感じだ。
そんな時、
「ふーん。ちゃんと言いつけは守るんだね、南くんは」
と、どこからともなく声が聞こえてきた。
「え?」
咄嗟に周りを見渡すが、誰もいない。
声だけで誰かは判別できるものの、視界に映らないのでは断定不能だ。
「上だよ、上」
耳に飛んでくる指示。
俺は言われたように視線を上げながら見渡す。
すると、真隣に建っている家の瓦屋根の上でしゃがみながら俺を眺める赤髪の女性を見つけた。
「ッ、冴島さん。そんな所に」
冴島さんは「よっと」と言いながら屋根から飛び降り、俺の目の前にスタッと着地する。
急に迫ってきた冴島さんを前にし、俺は後ずさった。
「見てたよ。学校前の君のこと。緑髪の可愛子ちゃんと話してたみたいだけど?」
「な、何見てんのさっ」
サラリと暴露される覗き見情報。
なんだこの人。ずっと屋根の上から俺のこと見てたのか?
不審者……いや、不審者レベル100くらいかこれだと。一周回って関心ものだ。
彼女は続ける。
「あの子、もしかして南くんの彼女さん?」
せっかく離した顔を近づけてくる冴島さん。
瞬間、フワリといい匂いが香った。
俺は理性を保つ為に再び後ずさりをし、言う。
「……いや、ただの友達だよ」
「そうなんだ。にしては距離が近く見えてけど」
「小中高と一緒だったからな。6年くらい付き合いがあれば、あんな感じ当然だろ?」
俺がそう言うと、冴島さんは少し残念そうに「そうなんだぁ」と言葉を漏らした。
「そんなことより、なんで俺のこと見てたんだよ。意図が分からないんだけど」
話を打ち切り、無理矢理変える。
冴島さんは頬を少し掻きながら答える。
「屋根の上を移動してたら偶然君のことが目に入ってね。呪いの影響で死んじゃわないかちょっと気になって」
優しい理由の割に言葉のパンチは物騒である。
俺はため息を吐きながら言う。
「言うわけないだろう? あれだけ不正確で不安を煽るようなこと聞いたらさ。何が何でも言うわけにはいかない。というか元より言うつもりないしね」
「言葉でならどうとでも言えるわ。他人の心なんて分かるわけないもの。呪いの抜け道とかがもしあったら、そこから広められるかもしれないし。魔術は便利なだけで万能じゃないからね。それ以前に、うっかり口から漏れたりすることも無きにしもあらずだし」
「……要するに、信用ならないってことか?」
つまりはそういうことだろう。
信用ならない。だから気になった。だから監視した。そう捉えれば辻褄が合う。
それに対し彼女は腕を組み、
「当然でしょ? 君を完全に信用するに値する材料がないんだから。だって出会ってまだ数日よ? 私達」
と、ハッキリ言い返してきた。
確かに彼女の言うことはご最もだ。たった数日で人の本質を見抜けるかと言われれば、それは不可能だ。できるとすれば探偵くらいだろう。
「まぁ、それはそうだけどさ」
納得はする。
理解もする。
だが、それでも残念だと思ってしまう。それは信用されていて欲しかった、という願望故か。それとも思い込み故か。
どちらにせよ、俺の勝手が過ぎるな。
「まあ、信用されたいのならその調子を続けることだね。そうすればいずれ、ね?」
冴島さんは片目をパチリと閉じながらそう言うと、俺に背を向けて歩き出した。進行方向的には学校方面だ。
「冴島さん、もしかして今日も?」
背を向く彼女に聞く。
この時間帯的に、恐らく今彼女は魔術師の調査をしている最中だ。そして、これからまた調査を再開するのだろう。
彼女は足を止め、顔だけ少しこちらへと向ける。
「うん。今日も多分遅くなるだろうから、学生は夜更かしせずに早めに寝るんだよ?」
微笑みを俺に見せる冴島さん。
だが、その笑顔を見た途端、
「無理は……無理だけは、しないでくれ」
と、喉から勝手に言葉が出てきた。
何様、といった感じの言葉ではあるが、心配している、気をつけて欲しいという感情は本物だ。
すると、彼女の顔から微笑みは消え失せ、冷めたようなものへと変化する。
「ああ、そっか……安心して。私に無理とかないから。無理するとかしないとか、そもそも、そういう次元の話じゃないから」
向けられる冷たい顔。
ゾクリと背中が震える。
殺意ではない。これはどちらかといえば間違いを正す、現実を教える、といったものである。
「冴島さん……?」
「まあ、でも気持ちとしては受け取っておく。それじゃ、行ってくる」
彼女はそう言い残すと、道の先へと歩いていった。
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