第11話 同居生活
「……?」
言葉の意味を理解できなかった。
えっと、何? この屋敷に、住む? 俺が? ……は?
「え、それって、どういう……?」
「だから、住むの。今日から君は、ここで。さっき言ったでしょ? 魔術を見られたら適切な処理をって。手っ取り早いのは殺人処分だけど、それじゃ私の夢見が悪い。だから代わりに口封じの呪いと、私と真矢による屋敷内での監視生活。これらを南くんに課すことで、君はなんとか私に殺されずに済んでるの」
当たり前のように言う冴島さん。
同じことを繰り返すかのように言う冴島さん。
呆れ気味に言う冴島さん。
しかし当然、俺自身は納得がいっていない。
「最後の情報に関しては初耳だ。口封じの呪いと、監視生活……つまり、同居? いやいやそれは困る!」
「安心しなさい。学校とかはいつも通り行っていいし、魔術について話さない限り、特に呪いによる支障も無いし。この屋敷でも普通に生活してくれて構わない。何かあったらうちのメイド、まあ1人だけだけど、彼女に言えばいいから」
冴島さんが言うと、壁際に控えていたメイドの少女が動きだし、会釈する。
「真矢と申します。南様、何なりとお申し付けください」
名を名乗りながら敬意を表す真矢さん。動作一つ一つがやはり美しく見えた。
俺はその場で頭を抱える。申し訳ないが、真矢さんの動きに見惚れているわけにも行かない。
呪いと同居……無理だ。絶対に無理だ。
呪いはまだ許す。許容範囲内だ。けど同居はダメだ。心が持たない。一つ屋根の下で女子2人と生活なんて、メンタルズタズタになるって……
「支障無いって……俺の意思はどうなるんだよ。勝手に決められると、俺も付いていけないって」
吐露する心情。
正直な思い。
だが、苦悩する俺に冴島さんは厳しい言葉を言う。
「勘違いしてるようだけど、これ、別に南くんの為にやってる訳じゃないから。これらの条件は全部私の為。私の気分が悪くならない為に仕方なくやった苦肉の策だから。もっと私が冷酷だったら、君の首なんてもう飛んでるのよ? むしろ、この程度で済んだことに感謝して欲しいわ」
少し怒りながら彼女は語る。
確かに、これまでの会話を思い返すとそれはごもっともだ。彼女の気まぐれによって今の俺は生きていると言っても過言じゃない。
「それは……」
そう考えると何も言い返せなかった。
俺は少し固まった挙句、渋々頷いた。
「……分かった。住むよ、この屋敷に」
……俺の敗北である。
⭐︎⭐︎⭐︎
命令された通り、俺は朝食の後すぐに自宅を目指して出発した。
最初に自宅のあるアパートに帰り生活必需品を鞄に詰めると、道中で昨晩のコンビニから通学鞄も回収し、俺は屋敷へと再び歩き出した。
住宅街、商店街、繁華街、ビル群と順に抜け、最後に山の中の坂道を登り、屋敷へと辿り着く。
洋風の屋敷は沈みゆく日光に晒され、美しくも不気味な雰囲気を醸し出している。
「はぁ、はぁ、登山だろこれ……」
ロビーの前で膝を曲げ、息継ぎをする。
言うまでもないが、これは相当な距離である。
アパートから屋敷までの往復には半日掛かり、出発時には青かった空も、今はもうオレンジ色だ。
荷物の重さで悲鳴を上げる脚に鞭を打ち、なんとかロビーへと入り込み、目の前にどかんと置かれた巨大な階段に腰を下ろした。
「はぁ……疲れた」
荷物をバタンと床に落とし、脱力して肩と脚の悲痛な叫びを治める。これはもう明日から筋肉痛ルート確定である。
そんな風に俺がしていると、階段の上からコツコツと階段を下る音が聞こえてきた。
「お帰り。そしてお疲れ、南くん」
振り返ると、そこには左手に刀を持ち、右手に赤みがかった液体の入ったグラスを持ったままブーツを踏み鳴らす冴島さんの姿があった。
彼女は優しい笑みを俺に向ける。
「……ただいま。どこか行くのか?」
「うん。例の魔術師の調査をね。昨日は色々あって進みが良くなかったから、今日はちゃんとやるつもり」
「ああ、そっか……」
明確に俺にせいとは言っていないが、俺自身は昨日ことについて悪いと思っている。何せ、形としては魔術師探しの邪魔をしたようなものだ。
彼女は階段に座る俺の真横でしゃがむ。
「はいこれ、差し入れ。本場イタリアのブラッドオレンジジュース」
そして手に持ったグラスを俺に差し出す。
「ブラッドオレンジ? 名前と見た目は知ってるけど味は知らないな」
俺はグラスを手に取り中身を眺める。
名前の通り血のように赤い、とまではいかないが、トマトジュースに近しい色であった。
タイミング的には丁度良い。長い旅路だったから喉はもうカラカラだ。
「ありがとう。それじゃあ、いただきます」
普通なら少しずつ大切に丁寧に味わうものなのだろうが、喉の渇きは思うように我慢が効かない。
俺はグビグビと喉を鳴らしながらあっという間ジュースを飲み干し、グラスの中を空にしてしまった。
しかし、じっくりと味わうことができなかったものの、その味は本物であった。
「……上手い。日本のとはまた違うね、この味。めっちゃいいよ」
正直な感想を述べる。
「ほんと? それは良かったわ。ヨーロッパの人の味覚に合わせてあるから好き嫌い分かれるけど、ともあれ、気に入ってくれて本当に良かった」
そう言うと彼女は立ち上がった。
彼女の身長は高く、そして細い。モデル体型、と言うのだろうか。
下から見上げても、彼女のスタイルの良さを実感できる。
「それじゃ、行ってくる。いつ頃に帰ってこれるかは分からないけど、まあ、日が昇る前には」
冴島さんは歩き出し、ロビーの扉を開く。
そして扉を抜けると、背中を向けたままチラリとこちらを一瞥する。
「だからそれまでいい子にしててね。南くん。いや–––––––超能力者くん」
「え?」
その言葉と共に、扉はガチャンと閉まった。
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