【書籍試し読み増量版】攻撃魔術の使えない魔術師 ~異世界転性しました。新しい人生は楽しく生きます~1/絹野帽子

MFブックス

プロローグ

 物語が始まるというのは特別なことではない、と誰かが言っていた。

 言葉が生まれ、文字が連なり、文が章となり、話が紡がれれば、それは物語なのだから、と。


 深夜、アルバイトの帰り道。

 寝る前に少しログインできるかなと、オレは急ぎ足で歩いていた。トラックのヘッドライトの強い光がオレを横から照らし……。

 次の瞬間、ガッ、ドンッという鈍い音とともに、オレの身体からだが強く突き飛ばされる。

 なぜ? なにが? アツい。寒い。

 混乱する感情とは逆に、オレの意識がゆっくりと閉ざされていく。

 最期に思ったのは、「ああ、今日はログインできなかったな」だった。


 これは、ネットゲームが好きなだけの平凡な大学生だったオレが、死んで始まる物語だ。


 ドォクン、ドォクン……。

 ──温かい…………。

 オレは、確かトラックにぶつかって……、その後の記憶がないことに気づく。

 意識はあるが、まるで夢を見ているようにボンヤリと考えがまとまらない。

 ドォクン、ドォクン……

 手足も上手うまく動かすことができない。事故のせいだろうか。

 ドォクンと、ポンプで水を太いチューブに押し出すような音が聞こえる。

 辺りは暗く、身体は温かな液体に包まれているようだ。

 以前、ニュースで見た有機ナノマシンカプセル治療というものだろうか。

 確かあれは、特殊な液体が入ったカプセルに医療用有機ナノマシンを投入して、患者を細胞レベルで治療する技術とか言っていたと思う。

 つまり、オレはそれほどの重体なのだろうか。

 トラックに激しくぶつかったのだから、命があっただけでも幸いかもしれない。

 けれど、それだけの考えをまとめるだけで苦労した。

 苦労という表現は、少しばかりふさわしくない。

 今のオレは、自分自身について、ボンヤリと想像することしかできない。

 そのボンヤリと想像することに、すごく時間がかかるのだ。

『Ooooo……Ooo……OooOOOOoo……』

 ノイズ交じりに遠くから、外国語のような会話や歌などが聞こえてくる。

 ドォクンという音のせいで上手く聞き取れないが、なんとなくオレに語りかけてくるような、そんな気がする。気のせいかもしれないが。

 すごく穏やかな気持ちだ……。

 周りの液体は温かく、オレは、ゆっくりと揺られるように浮かんでいる。

 それがまたオレを穏やかな気持ちにさせ、意識が夢とうつつを行ったり来たりする。

 もしかすると、誘眠作用がある薬品が液体に混ぜられているのかもしれない。

 寝ても寝てもすぐに眠くなる。オレは短い間隔で覚醒と睡眠を繰り返す。

 身体を治すのが最優先だと考え、できるだけ眠気には逆らわず、身を委ねて楽にした。

 そして、オレは突然の押し込まれるような流れに巻き込まれ、カプセルとおぼしき場所から追い出された。

 身体をじるような痛みとヒヤリとした外気を感じ、息を吸い大声で……

「ほぎゃぁ、おぎゃーっ、おぎゃーっ!」

 もらした声は、明確な意味を持つ言葉にならなかった。

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