ダビンチのメドゥーサ
近況ノートに写真を載せましたが、大きくしてみるといろいろとわかります。
左側〈鼻上〉にはねずみが、右上にはこうもり、右下にはカエルが描かれています。
メドゥーサの顔を拡大して、向きを変えてみますと、想像していた顔とは違っていました。若い。
最初の印象では死んでいるように見えたのですが、
彼女、まだ生きていますね。だって、口から吐く息が見えますから。
額には苦痛の皺、
眼にはうっすらと涙が浮かび、眼の下には隈が。
とても心打たれる表情です。
この絵はウフィツィ美術館の第33展示室〈十六世紀の廊下〉にあり、イタリア内外の作品が展示されています。今では、フランドルの誰かの作品ということになっているのですが、
十八世紀から二十世紀までの間、ダヴィンチの作品、
それも彼の一番の傑作と言われていたのです。
恐ろしい場面を描いているのに、とても哀しく美しいです。
前に一度書きましたが、十六世紀のイタリアにジョルジョ・ヴァザーリという画家、美術評論家、建築家がいまして、〈ウフィツィの建築にもかかわっていて、ヴァザーリの通廊というのが残っています〉、画家達の伝記を書いたことで、よく知られています。その中にもちろんダヴィンチの章がありますが、それはダヴィンチが死んでわずか三十一年後のことです。
そこには、ダヴィンチがまだ父親の家にいた頃、メドゥーサをふたつ制作したことが書かれています。
最初は父親に頼まれて木を彫ったということですが、それに色をつけて盾にするためにフイレンツェの業者に送ったところ、その出来が悪くて、がっかりしたようです。
それで、次に制作したのは彫りものではなくて、絵画の「メドゥーサ」。
今度は誰に頼まれたわけではなく、自分が描きたいように描いたということです。
そのメデゥーサの鼻からは煙が出ており、周囲にはヘビだけでなく、コウモリ、ネズミ、カエル、ヤモリ、などを描いたそうです。〈ヴァザーリは絵は見てはいないので、誰かから聞いたのでしょう〉
作品はそれはみごとな出来でした。
父親はそれを息子に内緒でフイレンツェの画商に売ってしまい、〈画商にどんなものか見せに行ったら、ぜひ売ってほしいと頼まれたのではありませんかね〉、
その後、その画商はその三倍の値段でミラノ公に売ったとその値段まで書かれています。
ヴァザーリの伝記が出版されてから、その「メドゥーサ」の絵はどこにあるのだろうと人々は思っていました。
そして、1782年、
別の伝記作家ランジィがウフィツィ美術館の倉庫から、この「メドゥーサの首」を見つけたのです。
ヴァザーリの伝記の記載と一致することもあり、
これがダヴィンチの「メドゥーサ」だということになったのでした。世紀の大発見。
けれど、二十世紀になって、
ハーバード卒のバーナード・ベレンソン〈1856-1959)などのパワフルな美術評論家〈フイレンツェにあるハ―バードの別荘は彼が大学に遺したもの〉が、それはダヴィンチの作ではないと主張、
今ではダヴィンチの作ではなく、
1600年代に、フランダルの画家が描いたもの、ということになっています。
十六世紀のイタリアの画家といったら大体わかりますので、ダヴィンチ以外にこういう絵を描ける者はいません。しかし、フランダルは当時栄えていて、たくさんの画家が輩出していた時でしたから、こういう実力のある画家のひとりやふたりはいただろう、という推測です。
この「メドゥーサ」の絵はすばらしいです。
苦悶が続く夜の底で、光っているような魅力があります。
1600年代のフランダルで、誰がこのような絵を描けたのでしょうか。
これについては、私は個人的には候補がいます。でも、ここでは「ダビンチのメドゥーサ」についての話を続けます。
イギリスの詩人シェリーにメドゥーサを歌った詩があります。
それを読むと、シェリー(1792ー1822)がこのウフィツィの「メドゥ―サ」を見て詩を書いたということがわかりす。
シェリーがこの絵を見たのは1819年で、三度め〈最後の〉のヨーロッパ旅行の時。
ダヴィンチの絵に感動して、
「フイレンツェの画廊で、ダヴィンチのメドゥ―サを見て〈On the Medusa of Leonardo Da Vinci in the Florentine Gallery〉」という詩を詠んだのです。
知性より感性、理性よりも想像力を重んじたロマン派の抒情詩人、
どんな詩を詠んだのでしょうか。
ぜひぜひ読んでみたいと思っていたところ、詩はすぐに見つかり、朗読しているYoutubeもありました。
でも、私の実力では意味はすんなりとは理解できなかったのですが、
プリントして持ち歩き、昨日、眼科検診の待ち時間に眺めていたら、
それとなくわかったような気がしてきました。
それで、一応、
自分なりにわかりやすく書いてみましたが、
さて、いかがなものでしょうか。
☆☆
メドゥーサ、
彼女は雲のかかった山の頂で仰向けになり、
真夜中の空をじっと見つめながら横たわっている。
眼下には遠くの村々が、震えているように光っている。
この光景の恐ろしさ、美しさといったら、想像をはるかに越えている。
その唇とまぶたはまだ影のようにうっすらと可憐さは残ってはいるが、
その下には耐えがたい苦しみや死への痛みがあり、
それが噴き出して、
燃えるように輝いているのだ。
いいや、それは恐ろしいというより、美しいと言うべきだ。
そうなのだ、
恐怖が人を石に変えたのではなくて、
その美しさが見つめる者を石にしてしまうのだ。
彼女がだんだんと死に近づいていく時、
その表情からは、何を考えているのか、もはや何も知ることができない。
今、この暗闇と、燃える苦痛の光の中に、
心動くものやハーモニーを感じるのは、
それはこの何とも言えない色彩のせいだろう。
彼女の頭には、水に濡れた岩の海藻のような髪の毛がある。
しかし、その毛髪はたくさんのクサリ蛇で、
くねくねとして、互いにからみあっている。
それはまるでご主人さまの苦しみや死をあざけ笑っているようだ。
そのぎざぎざの顎で、大気に噛みつこうとでもするかのように、
恐ろしい光を放っている。
そして、そばにある石の横には毒トカゲがいて、
メドゥーサの眼をぼんやりと見つめている。
洞窟の中からは、あのいまわしいコウモリが、突然の恐ろしい光に驚いて、飛び出してきた。その姿といったら、まるで、灯に集まる蛾のようだ。
そして、真夜中の空はますます燃え上がり、
その光は闇よりも恐ろしい。
それこそが、恐怖の中の嵐のような美しさ、
からまったまま決して解き放たれることのない蛇達は真鍮色をして、
周囲に妖気を放出し、
とこしえの鏡となって光輝いている。
すべての美しさと、恐怖がここにある。
そして、この毒蛇がからまったメドゥ―サは、
濡れた岩の上で、
死にありながら、じっと天国を見ている。
☆☆
シェリーは色彩に、特に蛇達の輝きに注目しているようですね。
彼はこの時、27歳でした。
☆☆
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