にわかゲームプレイヤーのための沼らせ特典

ちびまるフォイ

ゲームはおかず

普段、ゲームなんてやらない私が

ゲームソフトを買うなんて魔が差したとしかいえなかった。


「1点で8600円になります」


「はい」


「こちら、初回特典つきのソフトになります」


「はあ。そうなんですね」


「初回特典で、ゲームプレイヤーが同梱されてます」


「はい!?」


ゲームソフトを買って家に戻る。

ひとり暮らしのはずが、なぜか男を部屋に入れることに。


「なんでついてきたんですか。あなた誰ですか」


「僕はゲームソフトに付属している"ゲームプレイヤー"だよ」


「……帰ってください」


「せっかく買ったのにゲームもやらないの?」


「やったら帰ってくれますか」


「お望みとあれば。せっかくの特典を使うも捨てるも自由だからね」


「はいはい」


ネットで話題になっているというだけで

ミーハー根性の私が流行りのゲームを買ってしまった。


付属したゲームプレイヤーをそばに置きつつ、ゲームをはじめる。


「……あ、これ、ちょっとおもしろい……かも」


意外だった。


ゲームなんて子供の娯楽だと思っていた。


進めば進むほどにストーリーやキャラのその先が知りたくなる。


けれど、しょせんは気まぐれではじめたにわかゲーマー。


普段からゲームをたしなんでいる紳士淑女には

あまりに簡単すぎる謎解きでも、私にとっては難しい。


「ええ……? これどうやるの……? 全然わからない」


攻略サイトを頼ろうと思ったが、

"自分がどこに詰まっているか"を探す性質上、

ふとした拍子に目に飛び込んでくるネタバレが怖い。


かといって、このままでは謎解きで詰まったまま先へは進めない。


そのとき。



「もしかすると、〇〇なんじゃない……?」



ぽつりと、付属特典のゲームプレイヤーが口を開いた。


「あ、そっか!」


そのたった一言で自分の凝り固まっていた常識が崩れ、

謎解きの突破口が光の筋となって見えてきた。


「ありがとう。ネタバレ怖くて、攻略サイト見れなかった」


「いいんだよ。僕の役割はゲームを買った人に、

 ゲームの面白さを最大限に味わってもらうためだから」



トゥンク……。



この気持ちはいったい何なのか。

当時の私はまだわかっていなかった。



その後も、初心者の私はことあるごとにゲームでつまづいた。


「ねえ、この次どこへ行けばいいの?

 どこの町に進んでも何も始まらないんだけど」


「それなら一度家に戻ってみるのがいいんじゃない?

 ほら、家に××っていう話もあったじゃない」


「あ! そっかぁ!」


ゲームプレイヤーはけして楽しみを奪うような直回答を出すわけでなく。

遠回しで、でも的確なアドバイスでゲームの進行を助けてくれる。



「ああ! もう、またやられちゃった!!

 このボス強すぎるよ!!」


「それじゃ、僕がレベルアップしておいてあげるね」


「いいの? 退屈じゃない?」


「僕は付属のゲームプレイヤーなんだから平気さ」



ゲームプレイヤーは私が寝ている間にレベルや装備を整え、

次に挑戦するときにはなんとかクリアできるところまで運んでくれる。


「ありがとう!!」


「いえいえ」


私はゲームを介して感謝の言葉を言う回数が増えた。


ゲームをするたびに感謝をし、

ときに二人で驚いたり、泣いたりしている。


ゲームをしているときの私は、素の自分でいられるし

ハッピーな気持ちにしてくれる彼の存在はしだいに大きくなっていった。


飽き性だった私でもゲームはなんとか続けられた。


そして。


ゲームは話の流れで終盤に差し掛かったのがわかってしまった。


仲間たちが全員力を合わせ、

おそらく最終ダンジョンへ向かうという流れになっている。


私は思わず手を止めてしまった。


「どうしたの? 今日は疲れちゃった?」


「う、うん……。まあ、そんなところ」


「ムリしてゲームはするものじゃないよ。今日は休もう」


「そ、そうね」


ゲームをセーブして布団に入った。

ベッドから見える天井を眺めながら考えた。


ゲームをクリアしてしまったら、彼はどうなるのだろう。


私の中で「彼」の存在はあまりに多くを占めていた。

正直、むしろゲームがオマケなほどに。


私がゲームをやるのも最初こそゲームに魅力を感じていたが、

今となっては、ゲームをしながら隣で笑ってくれる「彼」を見ている。


そんな時間が何よりも愛おしいからゲームを続けていた。


ゲームはふたりの時間を作ってくれる媒介でしかない。


でもゲームをクリアしてしまえばその「つながり」が絶たれてしまう。


もうゲームを進めなくたっていい。

ただ、一緒にいてくれればそれだけでいい。



ーー 私はゲームを起動しなくなった。



最初こそ彼は「今日はゲームしないの?」と聞いたが、

私がゲームの話題に避けているのを察したのか、しだいに聞くこともやめた。


一人暮らしの寂しい部屋だったが、今では彼がいる。

もうそれだけで意味があった。


最終局面のままゲームは放置され続けた。



数日が過ぎた。


「ただいまーー」


家に帰ると、部屋から明かりが漏れている。

それに聞き馴染みのあるBGMが扉越しに聞こえてくる。


「これ、バトルのときのBGM……まさか!?」


あわてて部屋に入ると、彼は勝手にゲームを始めていた。


そして画面にはHPゲージが残りわずかのラスボスが見える。


「な、なにしてるの!?」


「最初に言ったじゃないか。

 僕はゲームを楽しんでもらうための存在。

 

 でも、君は最後のエンディングをまだ見ていない。

 それじゃこのゲームを最後まで楽しんだとは言えないから」


「ちがう! 私はそんなこと望んでない!! 私はただ……!」


涙を流して抵抗したが、すでにラスボスは倒されてシナリオが流れる。


本当は気になり続けていたエンディングの展開。

どうしても目がうばわれてしまう。


すべての伏線や努力が報われての大団円。

日常では満たされない達成感を感じる。


けれど。


スタッフロールが流れると、彼の体はしだいに透け始めた。


「ここまでゲームをプレイしてくれてありがとう。

 君と過ごした時間は本当に楽しかったよ……」


「待って! 消えないで!

 私は……私はまだあなたと一緒にいたいの!!」


「ゲームをクリアしたなら、その先はないんだよ。

 ゲームを楽しめるのはクリアまでさ……」


「いかないで! もっとあなたのことが……!!」


無情にもスタッフロールは止まらない。


真っ暗な画面にデカデカと「FIN」の3文字が映し出された。


彼の体は消えてしまい、部屋には静寂と孤独だけが残された。


「そんな……私……もうゲームなんかじゃなく、

 あなたが好きなのに……」


ひとつのゲームは私に感動を与えると同時に、

この先で埋めることのできない心への空虚感を与えたのだった。


私はまたひとりになってしまった。

楽しかった時間はもう戻ってこない。







すると、ゲーム画面に選択肢が出てきた。



「強くてニューゲームをはじめますか?

  →はい  いいえ」



決定ボタンを押すと、さらにイケメンになった彼が現れた。


「おまたせ★ さあ、新しいゲームをサポートするよ♪」


「しゅき……///」



私はこのゲームを17520時間以上やりこみ続けることになる。

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