そんな事をしても攻略対象達は落とせませんよ

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 乙女ゲームの世界に転生した、一人の転生者がいる。

 その転生者の少女は、五歳の時に前世の記憶を思い出した。


 少女は、原作の舞台である魔法学園に入学するまで、様々な経験と色々な行動をしてきた。

 そして、多くの人間と関わりながら、運命を変え、訪れるはずの悲劇をなかったことにした。


 本来の物語はーー心の傷を負った攻略対象を、ヒロインが学園で過ごす時間を使って癒すーーというものだった。


 しかし、そもそも攻略対象が心の傷なんてものを負わなかったとしたら?


 原作は始まらず、ゲームのストーリーの知識など、意味をなさなくなるだろう。


 転生者の少女の行動によって、その世界の物語は壊れ、運命は変わった。


 けれど、それを知らない者が、一人いた。


 それは、もう一人の転生者だ。


 その少女は、乙女ゲームの世界に生まれたことを喜んだ。


 特別な才能をもって生まれたその少女は、物語のヒロインだった。


 だから、多くの魅力的な男性に愛される未来を、夢見てはしゃいでいた。


 しかし、とうの魔法学園に入学してみたら、そんな未来はどこにも用意されていなかった。


「あなたの悲しい瞳が気になって」


「水を見ると、辛くなるのでしょう?」


「怖いことがあるなら、私がそれから守ってあげる」


 そういって行動する彼女のアプローチは空回りばかり。


「雷の音が苦手なら、この耳当てを貸してあげる」


「このアイテムがあれば、水の中でも呼吸できるわ」


「血を見るとだめっていうから、怪我をしてもなおせるように回復アイテムを用意したの」


 攻略対象達は、ヒロインの行動を訝しむばかりだった。


 思い通りの展開にならないと思ったヒロインが、禁術を使って魅了をかけても、対抗魔法で攻略対象達から防御されてしまう。


 ゲームの中では、魅了を防がれるなどという事は起こらなかった。


 魅了はゲームシステムの一つ。現実世界から見たらチートと呼ばれるその行為は、必ず成功していたからだ。


 だからヒロインは、魅了されない攻略対象達を見て、わけが分からず、混乱した。


 そこに、「そんな事をしても攻略対象は落とせませんよ」と声をかける少女がやってきた。


 ヒロインは驚いた、「なんで私が崖から突き落して殺したはずの悪役令嬢が生きてるのよ」と口にする。


 その場に現れた少女は、悪役令嬢ロンドリエス。

 

 攻略対象達から心の傷を消した天瀬在だ。


 少女ロンドリエスは、本来なら悪役令嬢になるはずの者だった。


 しかし、五歳の時に遊んでいた平原にあった崖からつき落とされて、その衝撃で前世の記憶をとりもどしたのだ。


 ロンドリエスを突き落とした犯人はわからずじまいだったが、それが今日判明した。


 ヒロインとして転生した少女ヒースソルト。

 攻略対象達を魅了しようとしていた彼女だった。


「あなたが欲をかいて罪をおかさなければ、自分の首をしめることはなかったでしょう」


 ロンドリエスは言う。


 ヒースソルトはヒロインでそして転生者なのだから、きっとズルし放題。


 ただ攻略対象達が不幸になるのを待って手を差し伸べるだけで良かったのに、と続ける。


 しかしそうはならなかった。


 ヒースソルトが一人の少女を突き落としたせいで、ロンドリエスは前世の記憶を取り戻し、攻略対象達に悲劇は訪れなかった。


 そして他の転生者を警戒したロンドリエスの助言によって、魅了も防がれてしまっていた。


 ロンドリエスの言葉が続いた。


「あの乙女ゲーム、子供も出来るように全年齢対象だったわね。シナリオが残酷になりすぎないようにしていたらしいから、悪事は最初から報われないようにできているのよ」


 その話を聞いたヒロインは、自分の行いが始めから間違っていたのだと悟って、その場に泣き崩れた。


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そんな事をしても攻略対象達は落とせませんよ 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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