私は異端にして聖女である。この聖旗のもとに跪け! ~前世で断罪された魔女は、救国の名のもとに返り咲く~
@toukouyou
ふたりの魔女のエピローグ
(――ああ、この結末を招いたのは
***
我がドロッセル王国の城が敵であるギルべキア帝国に落とされた。
かの国にはブリアナ・クリエルシーという女の軍事司令官がおり、その者の功績が大きかったようだ。
だが、その軍事司令官は兵が少なくなると女子供すら戦に駆り出したらしく、ひと月前に
かく言うドロッセル王国最後の王女であるアナスタシア・ファイナ・ドロッセルも今日、
「無能な王族のせいで、戦に行った私の息子は死んだのよ!」
「魔女め! 国が滅んだのは貴様のせいだっ」
城の前の広場に捕虜として捕らえられている自国の民や貴族から浴びせられたのは、罵詈雑言。
ここにアナスタシアの死を悲しむ者など、誰ひとりとしていないだろう。なんせ自分たち王族は、戦が始まり民がどれだけ
(ごめんなさい……謝って済む問題じゃないけれど、ごめんなさい……)
大切な人たちを奪われるというのがどういうことなのか、今になって思い知っても、もう遅い。過ぎ去った時は巻き戻せないのだから。
「魔女を殺せ! 魔女を殺せ! 魔女を殺せ!」
民衆の声がひとつになる。死刑台の向かいにいるギルべキアの皇帝が御座の肘掛けに頬杖をつきながら、冷然たる笑みを浮かべて「やれ」と命じた。
(ガイア・ギルベキア……!)
アナスタシアはギルベキアの魔王を睨みつける。
自分たちドロッセル王家の者たちも名君とは言えなかったが、ギルべキア帝国の皇帝はそれ以上だ。
失った兵の数を埋めるように女子供に容赦なく兵役を課したのはかの軍事司令官ということになっているが、その主たる皇帝がその事実を知らないはずがない。
むしろ裏で糸を引いていたのは皇帝だろう。そのような男が植民地と化したドロッセル王国の民をどう扱うかなど目に見えている。さらなる領地拡大のため、使い捨ての兵にでもするのだろう。
憎らしいほど清々しい青空と頭上に煌めくギロチンの刃の下で、アナスタシアはひとしずくの涙を流し祈る。
(どうか、神様――)
***
ドロッセル王国の王女が断罪されるひと月前。
グラーシア大陸の領土を懸けたドロッセル王国との数百年に渡る戦争に終止符が打たれる時が来た。
我がギルべキア帝国の勝利目前、その立役者の軍事司令官であったブリアナ・クリエルシーは町の広場で火刑に処される。一時は救国の聖女と謳われたのにもかかわらず、だ。
名声を得すぎたブリアナに地位を奪われるのを恐れた主君である皇帝に異端審問にかけられ、死罪が決まったのだ。
高い柱に縛りつけられたブリアナの足元には、薪が積まれている。
「あれが魔女か」
「苦しんで死ね!」
「神の罰を受けろ!」
周囲には事情も知らぬ民たちが狂ったようにブリアナを責め立て、火あぶりにされるのを今か今かと待ちわびていた。
処刑は戦争による貧困に疲弊した民たちにとって、唯一の娯楽なのだ。
「勝利に目がくらみ、女子供さえ戦に駆り出そうとしたブリアナ・クリエルシーは、まごうことなき魔女!」
異端審問官が声高らかに宣言すると、民衆からも異様な熱気が湧く。
冗談じゃない。女子供さえ戦に駆り出したのは皇帝だ。それどころか、侵略した先々で降伏の意を示したドロッセルの民の命を奪い、辱めるなどの愚行を働いた。
それに賛同する自軍の騎士や兵には
戦友であるあの男がいたからこそ、国をひとつにすることで永遠の平和を、という志のもと戦ってこれたのだが、その結末がまさかこれとは。
「聖女を騙った魔女に断罪を!」
異端審問官が声をあげると、足元の薪に火がつけられた。快晴の空によく映える赤い炎が、煙とともにブリアナを覆い尽くしていく。
空の青を見上げれば、戦友と駆け抜けた懐かしい日々が走馬灯のように蘇った。
あの男は女にはだらしなかったが、弱き者を守る誠実さがあった。
女の自分を初めは煙たがっていて、戦果を挙げていくうちに徐々に仲間として、戦友として、相棒として認めてくれるようになった。それがどれほど嬉しかったか――。
農民出身の田舎娘が本来ならば送れるはずのなかった短くも尊い時間。あの男とこの国を守れた。民のために戦うことができた。だから自分の守った主や民に裏切られようとも、まったく悔いはない――と言えれば、どんなによかっただろう。
(ガイア・ギルベキア……! なにが聖女だ! あの皇帝が治める国に未来などない。私はこの国に破滅をもたらす魔女ではないか!)
悔しさに震えていると、民衆の隙間を縫うように男が前に出てきた。
「ブリアナ!」
悲痛な叫びをあげ、男はその場に崩れ落ちるように座り込む。
(あれは……マティアス!)
汗をかいた額に張り付く赤い髪、呼吸するたびに上下に揺れる肩。悲壮に満ちた顔でブリアナを見つめているのは、共に戦場を駆け抜けた戦友だった。
(なんて顔をしている……大の大人が今にも泣きだしそうではないか)
マティアスは民衆を見回しながら、声を張り上げる。
「誰かっ、あの火を止めろ! 彼女はこの国を救った英雄だろう! それなのになぜ、このような惨い仕打ちをする……!」
(……やめろ)
魔女を庇えばマティアスもただでは済まないというのに、彼はブリアナの釈明を繰り返す。そのたびに胸がズキズキと痛んだ。
「もっと早く、お前を連れて逃げていれば……っ、俺の、せいだ……っ」
片手で顔を覆い、マティアスは嘆いている。マティアスの涙を見たのは初めてだった。どんなときでも動じず、飄々としているのがマティアスだったからだ。
「守れなかった! すまないっ、すまない、ブリアナ……っ」
行き場のない怒りと悲しみに「くそっ……くそっ!」と拳を握り締めて項垂れる姿が炎と煙のカーテン越しに見える。
(違う、守れなかったのは私だ)
遊び人ではあるが、頭がいい男だ。マティアスは皇帝の悪事に勘づいていたはずだ。
『ここら辺で俺と結婚して、田舎に引っ込むってのはどうだ?』
あんな言葉で、ブリアナを戦場から遠ざけようとしたこともあった。あの誘いを受けていれば、マティアスをこんなにも泣かせずに済んだのだろうか。
(……ああ、そうか)
こんなときに気づくなんて、相変わらず自分は疎い。
マティアスに幸せでいてほしかった。できることなら、自分が幸せにしたかった。
(――愛していた)
それに気づいた瞬間、涙が頬を伝う。胸に焼きついた憎しみや悔やみよりも、マティアスを絶望の中に置き去りにして、この世を去ることのほうが何千倍も苦しい。
もし自分に火あぶりにされる理由があるとすれば、それはマティアスから希望を奪い、この国を破滅に導いてしまったことだ。
長きに渡るドロッセルとの戦を終わらせ、国をひとつにすることが平和への近道だと、そう信じていた。そう信じたいがために、己の罪から目を逸らしてきた報いがこれか。
自分のしてきたことは、あの残虐な皇帝に国を捧げることに等しい。あの男がいる限り、大陸を統一したところで平和など訪れない。
すべては信念にばかり囚われ、現実を見ることから逃げたブリアナの不始末。ブリアナとマティアスが目指してきたものはなんだったのか。
業火の炎でマティアスの姿が見えなくなり、最後に残った心残りだけを胸に抱いて、ブリアナはひとしずくの涙を流し祈る。
(どうか、神よ――)
***
(この愚かな
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