街中観光

 ユーリたちが帰っていったあと、ノーブルバーグ辺境伯は目の前に置かれた金貨を見て呆然としていた。



「どうして気づかれた? 今まで誰も気づかれたことがなかったのですけど」



 弱々しい態度と目の前に置かれた金貨。

 多少疑う人間はいたとしてもそれは金貨止まり。

 入れられた金貨が本物だとわかると大抵の人は受け取るか返すかの行動を取ってくる。


 だからこそノーブルバーグ辺境伯は袋の方にとある仕掛けを施していた。

 どこにいても居場所がわかる特定探知と盗聴の魔法。

 その仕込みとなる魔法陣が見えない袋の裏地に同じ色で目立たないように施されていた。


 どうみてもアレは危険な集団だと見ただけでわかった。

 だからこそ帝国内にいる間は常に行動がわかるように仕込みをする。


 それこそがノーブルバーグ辺境伯の帝国における役目の一つでもあった。


 ただの袋をそれほど気にする人もいない。

 それでいて自然と相手の情報を仕入れることができる最善の一手。


 これのおかげで今までノーブルバーグ辺境伯は他国の使者相手に優位をとっていた。

 それなのに――。



「恐るべきですね、ユーリ・ルーサウス。これは第一位ファースト様にもご連絡しておかなくては」

 




       ◇ ◆ ◇




 ようやく長い話しも終わったので、俺たちは宿屋へと帰ってくる。

 そして色々と悪さをしたラムを縛り上げたあと、街の中を観光して回ることにした……のだが。



「ユーリ様、少しだけお暇を頂いてもいいの?」



 珍しくフィーが休みを欲しいと言ってくる。

 もちろん働き過ぎの彼女が休んでくれるのは良いことなので俺は二つ返事で答える。



「もちろん構わないぞ。これを機にフィーももう少し休みを――」

「ありがとうなの。でもフィーの休みのことはユーリ様が休むようになったら考えるの」



 フィーは笑顔のまま答えてくる。

 ただ、俺自身はしっかりと休んでるつもりなんだけどな。

 休みと定めた日は一日中、魔道具作りに勤しんでるか誰かに連れられて外を見て回ったりしてるだけで。


 ……普段としてることが変わらないな。つまり毎日休みと言うことだろう。



「俺はしっかり休んでるぞ?」

「そういうことをいうからフィーは休むことを考えられないの」



 フィーがため息交じりに言ってくる。



「でも、さすがにユーリ様もよその国だとのんびり観光をしてくれるみたいでよかったの。フリッツさんを誘って上げると良いの」

「そうだな。久々にフリッツと二人で回るというのもいいかもな」



 フィーノこの言い方だとおそらく女性の面々で集まる予定なのだろう、と想像ができる。

 それに俺と同様にフリッツは休みがあれば剣を振ってるような人間なので、たまに誘うのは良さそうだ。


 俺からしっかりと休み方というものを教えてやるのもいいだろう。



「はぁ……、わかってないのは本人だけなの」



 不安に思いながらも予定の時間があるから、とフィーは急いで待ち合わせ場所へと向かうのだった。



「仕方ない。俺もフリッツを迎えに行くか」




       ◇ ◆ ◇




 小走りで来たフィーはギリギリ待ち合わせに間に合っていた。

 ただ、自分よりもはるかに身分の高いエミリナやエルゥ、ルナを待たせてしまったことを申し訳なく思い、頭を下げて謝っていた。



「遅れてしまってごめんなさいなの」

「気にしなくて良いですよ。まだ待ち合わせ時間の前なんですから」

「私たちが少し早く来てしまっただけですね」



 皆優しい人たちばかりでフィーが遅れたことなど全然気にしている様子もなかった。



「それよりもユーリ様はしっかりと撒けましたか?」

「フリッツと街の観光をするっていってたの」

「それは……少し見てみたいですね」



 なぜかエルゥが顔を染めて手を当てていた。



「その様子はあとから見に行くとして今は最大の用事を済ませてしまいましょう」



 エミリナが注目を集めるために一度手を合わせる。



「……誕生日のお祝いは必要?」

「とっても大事なことですよ、ルナさん。ここが獣王国なら盛大に城を貸し切ってしていたのですけど」



 エルゥは悔しそうに顔をゆがめていた。

 それもそのはずでユーリが十一歳になったことを知ったのはつい最近である。

 宿屋の女子部屋でフィーが思い出したように言ったのがきっかけであったのだ。



「婚約者たる者、下手なものは渡せません!!」

「私としてもお二人の仲がより強固になって、早くお子を為すために全面的に協力しますね」



 エミリナはにっこりと微笑んでいた。

 彼女からしたら全種族が共存できる国を興し、それを安定させることは自分の目的に繋がる。

 色々と影で動いていたにも拘わらずユーリがあまりにも鈍感すぎて中々気づいてくれなかった。


 それがようやく実り、ようやくエルゥと婚約、というところまでこぎ着けたのである。


 多種族国家として、敵対している人族のユーリと獣人族のエルゥが婚約してくれることには大きな意味がある。

 あとは聖アメス公国に戻ったマリナが再び来たときにどういう反応になっているか。


 それと、帝国ではルナの立場がすごく役に立つ。

 帝国で三番目という実力者であることと、本人は隠しているつもりだろうがおそらくは帝国の貴族。それもかなり上位であることは予想ができる。


 更にどうにもルナ本人もユーリを意識しだしている様子が見て取れる。

 それなら完全に取り込んでしまうのも良さそうである。


 獣王国と帝国と聖アメス公国の三国と結びついている国ならば、おいそれと他の国も手出しがしにくいはず。


 あとはユーリがその気になってくれさえすればいいのだけど……。



「それが一番の敵なんですよね……」



 一人、小声で呟き頭を悩ませるエミリナだった――。

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