賄賂?
突然金貨を差し出された俺は状況が飲み込めずに困惑していた。
「えっと、これは?」
「何も言わずに受け取ってください」
頭を下げたままのノーブルバーグ辺境伯。
受け取るまで一切話が進まなさそうに思えた。
「……ご飯メェ?」
これがご飯に見えるのなら、眼科にでも行ったほうがいいと思う。
でもよく考えると、さすがに見ず知らずの相手にいきなり金を渡してくることなどない。
基本で考えるならば、少し良いお菓子やお茶などを用意して精一杯もてなすこと位だろう。俺だったらそうする。
ただ、山吹色の菓子なんて言葉が前世にはあった。この金貨ももしかしたらその類なのかもしれない。賄賂……。いや、そんな権力は一介の辺境地の領主で貴族の息子である俺にはない。
そうなると本物に見えるお菓子という路線がいちばんありそうである。
その証拠にラムのよだれがさっきから止まっていない。よほど美味しそうな匂いがしているのだろう。無能、俺には全くそんな匂いがしないが。
ただ、人ですら食べるラムだから、これが本物の金貨だとしても美味しく食べそうなので、証拠としては薄い。
偽物か本物か。
これにどういう意図があるのか。
何のために渡してきているのか。
一人で考えても埒があかないので、こういうことに慣れていそうなエミリナにこっそり聞いてみる。
「これって受け取って良いものなのか?」
「難しいですね。私もいきなり渡してくるのは初めて見ました」
エミリナですら初めてのことなら俺に対処できるわけもない。
それなら思うがまま対処させてもらうことにしよう。
「その金は受け取ることができません」
「も、もしかして額が少なかったですか!?」
ノーブルバーグ辺境伯が青白い顔を見せながら聞いてくる。
その言葉からこれが本物の金貨だということがわかる。
「そういうことじゃありません。このお金を受け取る理由が俺にはありませんので」
「そ、それじゃあすぐに開戦するつもりなのですか!?」
ノーブルバーグ辺境伯の顔から次第に生気が失われていく。
「どうしてそういう話になっているんだ? もしかしてどこかと戦争でもしてるのか?」
辺境伯は他国の国境を守る重要な役職であるために基本的には力のある貴族が担当する。
俺が今居るアルフの街みたいなハナから切り捨ててる場所ならともかく、交流の拠点たるこのノーブルバーグでそんなことをするはずがない。
それなのになんだろう?
ノーブルバーグ辺境伯のこの弱気な態度は――。
あまり強そうな感じにはみられなかった。
「いえ、今のところはみなさん温厚な方ばかりでこうして平和に過ごさせていただいております」
そこで俺たちがこの街に侵攻しようとしている風に思われてることに気づく。
確かに俺たちは獣王国からの使者であるためにそんな嫌疑に掛けられるのは仕方ない。
だからこそ早々に使者を買収しようとしている、ということならこの金貨もわからなくもない。
相手に疑いを持たせている時点で悪手ではありそうだが。
「俺たちは別にそういう理由でここにきたわけじゃないぞ? ただ街へ寄ったから挨拶をしに来ただけだ」
「んまんま、だメェ」
俺が必死にノーブルバーグ辺境伯に説明していると隣でラムが何かを食べていた。
いつの間にか菓子でも出されたのだろうか?
「とにかくこの金貨は受け取れない……あれっ?」
余計な貸しを作って弱みを作るのも良くない。
だから断固として拒否をしていたのだが、肝心の金貨の袋包みがどこかへ消えていた。
ノーブルバーグ辺境伯も同じように不思議そうな表情を浮かべていた。
「この込められた濃厚な魔力がまたたまらないメェ」
ここまで行くと誰でもわかる簡単なことであった。
「ら、ラム! お前ここに置かれた金貨、食べただろ!」
「な、何のことだかわからないメェ」
ラムは目を泳がせながら吹けない口笛を吹こうとする。
その態度からラムがやったことは確定的だった。
「わかった。お前がそこまで言うのなら……」
「うちがしてないとわかってくれたメェ?」
「あの金貨の費用分だけお前の食事は抜きだな」
「や、やめて欲しいメェ。これは不味いからちゃんと返すメェ!」
ラムは口から涎まみれの金貨を吐き出していた。
どれだけ食べたのかはわからないけど、おおよそ全てを吐き出してくれたような気がする。
「数を確認してくれるか?」
「あっ、はい。いえ、そちらの数で間違いないですよ」
さすがにノーブルバーグ辺境伯もラムの涎まみれ金貨は触りたくなかったようだ。
そのまま机の上に放置された状態で話を続ける。
「本当に攻める意思はないのですね……」
「もちろんです」
ジッと俺のことを見るノーブルバーグ辺境伯だったが、大きくため息を吐く。
「わかりました。ではこちらは友好の証として引き取っていただけますか?」
無理にでも金貨は渡そうとしてくるようだ。
もちろん俺もあんな涎のついた金貨……ではなくて、意味もなくお金を受け取りたくないので当然ながら首を横に振る。
「いえ、友好の意思はいただきますがものはいただけません。それではお金がないと友好を結ぶ意識がない、と思われますから」
お互いに笑顔で視線を合わせあう。
その結果、先にノーブルバーグ辺境伯が折れていた。
「わかりました。ではこちらの金貨はまたいずれあなたが困ったときに使わせていただきます」
「ありがとうございます」
「……おや、金貨を入れてた袋は?」
そういえばラムは金貨は吐き出したが、袋は出してない気がする。
……まさかな。
未だに美味しそうに口を動かしているラムを見て、俺は苦笑を浮かべるのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます