獣王国の姫
助けて貰った獣人の一人で瀕死の重傷を負ったエルゥの兄たるカミルは、ユーリの背中を追いながらあることを考えていた。
どうしたらユーリの協力を得ることができるだろうか?
ヒュージ獣王国は大きく三つに分裂していた。
すでに成人しており獣人らしい肉体派である長男ギーシュ派。
やや体は弱いものの獣人にしては類い希なる知謀を兼ね備えた次男レノン派。
そして、まだまだ幼いがその愛らしさから民衆の支持が高い長女エルゥ派である。
ただエルゥは獣人の国であるにも関わらず「多種族との共存」を掲げているために敵が多い。
そのことについて、カミルが何度窘めても下げるつもりはないようだった。
だから妾の息子たる自分には今のところ王位継承権はないものの、自分のことを兄のように慕ってくれているエルゥのためにカミルも一肌脱くことにした。
まず王都だといつ暗殺されるかもわからない。
だからこそ手を出しにくい国境近辺の隠れ里に潜み、少しずつ支援者を増やしていくこと。
これだけでグッと暗殺される可能性が下がるのだ。
王都にいないことで、「自分は王になる気はない」というアピールを他の兄弟に対してすることができるからだった。
実際にその作戦はうまくいき、数年は平和に暮らすことができていた。
しかし、突然なんの前触れもなく隠れ里を魔族が襲って来たのだ。
「さるお方があなたの事をとても邪魔に思われているのですよ。反省して死んでください」
言葉をかけてきたかと思うといきなり魔法を放って来たのだ。
隠れ里は半壊し、まともに住めなくなった上に運悪く何度も放たれた魔法の一発がエルゥに直撃してしまう。
すぐにでも治療しないと命に関わる怪我だが、隠れ里の回復術士も先ほど襲われた際に瀕死の重傷を受け、まともに治せる状態ではない。
更に目の前にはすぐに攻撃して来そうな魔族がいる。
もうダメかと思ったそのときにカミルと魔族の間に里の者たちが立ち塞がる。
「カミル様、ここは我々に任せて逃げてください!」
「お前たちだけ放っていけるか!」
「しかし、このままではエルゥ様が……。我々はあの魔族を退けたらすぐに後を追いかけますから」
「……すまない、お前たち。なんとしても生き延びてくれ」
涙を堪えて後ろから聞こえてくる悲鳴を聞かないようにして、エルゥを持ち上げるとカミルは少ない手勢を連れて、隠れ里から逃げていた。
◇ ◇ ◇
なんとか隠れ里から抜け出すことができたカミラたちだったがその行き先に困っていた。
しかし、一体どこに逃げたらいいのか……。
どう見てもエルゥの怪我は重傷。
あまり遠くまで行けないであろうことは予想がつく。
しかし、隠れ里だけあって、他の獣人国の町まではかなり距離がある。
「はぁ……、はぁ……。お、お兄様……、人の国へ行きましょう……」
「し、しかし、インラーク王国では獣人は奴隷のように迫害されると聞いてるぞ?」
「お兄様……。人の中にも良い人はいますよ……」
「カミル! ここから近くの村となるとやはり人族の村しかないぞ!」
「背に腹はかえられんか。わかった」
ただもしエルゥを奴隷にしようとするのだったら、そのときは全力で対抗しよう、とカミルは心に決めていた。
でも、魔族もまさか獣人差別の強いインラーク王国へ逃げているとは考えにくいだろうし、良い隠れ蓑になるかもしれない。
そう考えていたのだが……。
◇ ◇ ◇
「な、なんだこれは!?」
辺境にある村はどこも同じような隠れ里のような感じだと思っていたカミルだったが、アルフの村にある城壁を見た瞬間にその考えは改めさせられるのだった。
「こんなところに城塞なんてなかったよな?」
「もちろんなかったぞ」
「アルフの村があった場所……だよな?」
「あぁ、間違いないぞ?」
どうやら本当にここはアルフの村らしい。
でも城門の中に感じる気配は人間のものだけではなく、鬼人やドワーフ、獣人のものもある。
「もしかしてここは全種族共存している独立した領地なのか?」
エルゥが目指した場所がこんなに近くにあったのか……。
感慨深さに浸っているとすぐ近くにあの魔族の気配を感じる。
「迷ってる時間はない……か」
ちょうど城門付近を歩く少女を見かける。
「そこの子、ちょっといいか?」
「んっ? どうしたの?」
少女は不思議そうに聞き返す。
「この子をこの領地にいる治癒師に見せてもらえないだろうか? 私たちは少々やることがあるんだ」
「えっと……」
少女は困ったような表情を見せてくる。
でももう時間はない。
「では頼んだぞ!」
カミルたちは魔族に向けて駆け出していく。
その表情は清々しいものだった。
もうダメだと思った時に希望が見えたのだから。
自分たちがもし倒されたとしてもこれほど頑丈な城門の中で匿ってもらえたらそう易々とエルゥに手出しはできない。
◇ ◇ ◇
安心して魔族へ向かったはずだったが、そこにやってきたのはなぜかこの領地の領主という少年で、しかも俺たちが逃げるしかできなかった魔族を片手間に倒してしまったのだ。
本当にこの子はただの領主なのか?
これほどの力を持っているのならここで独立して国を興そうとしているのではないか?
エルゥが夢見て、でも兄弟たちに邪魔をされてしまった夢の国家。
これを成そうとすると敵も多くできるために絶対的な力が必要になる。
エルゥにはそれがなかった。
しかし、この少年はその力を持っている。
ならばこの多種族が集まりやすいこの場所を要塞化して、独立して国を興す。
十分にあり得る話に思える。
それどころかこれほど強力な魔法使いが辺境の地にいる理由がそれ以外に思い浮かばなかった。
そう考えたカミルは領主の少年に対して言っていた。
「人族の領主様。お願いがあります。我らに力を貸していただけないでしょうか?」
領主の少年からしたら狙われてる獣人を匿うなんてメリットがほとんどない事柄である。
断られる可能性の方が高いだろう。
そう考えたのだが、少年は二つ返事で承諾してくれる。
常に他人を落とすことだけを考えている獣人の王子たちよりもこの少年のほうがよほど懐が広く見えるのだった。
◇ ◆ ◇
領地に戻ってくるとちょうど獣人の少女が一命を取り留めたところだった。
「ユーリ様、私にできるのはこのくらいです……。本当なら完治できれば良かったのですけど、すみません」
「いや、十分だ」
少女の顔色はよくなり、心地よさそうな寝息を立てていた。
「よかった……。本当によかった……」
獣人の男は少女の手を取り、目に涙を浮かべて喜んでいた。
「ここで話もなんだから、とりあえず領地へ入るか。布団の用意もしているからな」
「何から何まで本当にすまない」
「気にするな。この分は仕事で返してもらうだけだからな」
あくまでもこの領地で仕事をしてもらうことを強調しておく。
そうしないと原作のイベントである『獣王国を救え』が始まってしまう。
どう考えても人手もレベルも足りない現状で、一国家を攻めるなんてことはできないしやりたくない。
だからこの獣人たちには絶対に「獣王国に一緒に来て欲しい」と言わせてはダメなのだ。
だからこそ先手を打って「匿ってやる」という話をしたのだ。
おそらくこの獣人たちにとっては求めていた答えではないだろうが、妥協ラインに乗ったということだろう。
布団に少女を運び終えるとちょうど彼女が目を覚ます。
「あれっ、ここは……?」
「ここはアルフの村だ」
「えっ?」
俺を見て少女は目を大にして驚いていた。
「に、人間……?」
「あぁ、そうだぞ」
「……食べる?」
「飯か? ちょっと待ってくれ。今作っている」
「そ、そうじゃなくて、人間は私たちを食べるってお兄様が言ってて……」
「普通の飯があるのにわざわざ獣人を食うわけないだろ? フィーもいちいち驚かなくていい!」
隣でフィーが身を縮こませて驚いていた。
「そ、そうだと思ったの。ユーリ様はフィーを食べたりしないの」
「その言い方だと別の意味に聞こえるな」
フリッツがあきれ顔で言ってくるが、その意味が通じたのは俺だけだった。
「私たち以外の……獣人?」
「そうだ。フィーっていうんだ。ちょうど同じ歳くらいか?」
「フィーのほうがお姉ちゃんなの」
「わ、私ももう八歳ですよ? あっ、私は獣王国のエルゥと言います」
あぁ、知っている。
俺の鑑定には彼女の職業が『獣王国の王女』と表示されているのだから。
「やっぱりフィーの方がお姉ちゃんだったの」
やはりこの場にフィーがいてくれて正解だったな。
すっかり緊張が解けてくれたようだ。
「あっ、そうだ。お兄ちゃんは!? お兄ちゃんは無事なのでしょうか!?」
この場に自身の兄がいないことに気づいて、エルゥは慌て出す。
「あぁ、あいつらか……」
「ま、まさかお兄ちゃんたちは魔族に……」
「あいつらも怪我をしてたからな。今治療してもらっている。そのあとは風呂で清潔にして貰ってからここに来るから、まだ顔を
見せられるまでは時間がかかるな。なにか用事があるのか?」
「ぶ、無事なのですか!? あの魔族から逃げられたのですか!?」
「あー……。何か因果があったのか? うっかり俺が倒しちゃったのだが――」
「たお……した……?」
信じられないものを見る目で俺のことを見てくる。
「俺の領地を襲おうとしてきたからな。軽く牽制しただけだったんだがな……」
思った以上に俺自身の魔力は上がっているようだった。
毎日魔力が尽きるまで魔法を使っている上に元々の素質が高いことも相まっているのだろう。
「そっか……。私たち、助かったんだ……」
「まぁ、思うところはあるだろうが、今はゆっくり体を休めてくれ。気が向くまでずっとこの領地にいてくれていいからな」
「ありがとうございます」
よし、上手く王都救出イベントを回避できただろう。
心の中でガッツポーズをしながら
「でも、ここはインラーク王国の領地なんですよね? 獣人の私たちがいてご迷惑じゃないでしょうか?」
「あははっ、ここはろくに人のいない辺境地だぞ? 迷惑どころか助かるほどだ。(貴族として)独立するためにはいくら人がいても困らないからな」
「独立……。多種族を集めての
「あぁ、そうなるな。別に人だけにこだわるつもりはない」
「そう……ですか」
エルゥは何か考え込んでいた。
でも、すぐに結論が出たのか、ジッと俺の目を見て言ってくる。
「その独立、私にも協力させていただけませんか?」
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