領地案内

 アースドラゴンの死骸の出迎えを通り過ぎると、村へと入る。

 ただ、特に何か名物があるわけでもなく、かといって領民達が住む壊れかけの家に案内すると余り良い印象は持たれない。


 妥協点として仕方なく俺が寝泊まりしている仮設の家へと案内する。



「何もない辺境地だから、不便かも知れないが好きなだけいてくれ」



 笑顔を見せながらエミリナに話しかける。

 彼女は終始にこやかな表情を浮かべているので何を考えているのかさっぱりわからない。


 ただ、サーシャが逆にわかりやすく表情を浮かべてくれていた。



「お兄……、じゃなくて兄さんはこんなところに住んでるの? 使用人の小屋じゃなくて?」



 仮設の家は貴族の館から考えるとかなり小さい。

 そもそも一瞬で作り上げたようなものだからそれも仕方ないことだった。



「今は復興の方を優先してるからな。俺の家は後回しだ。そもそも俺は寝泊まりさえできたら良いからな」

「さすがです、ユーリ様。さすが救世主と呼ばれるだけありますね」



 エミリナが両手を合わせて褒めてくる。

 ただ何か裏があるのでは、と勘ぐりたくなる。



「……俺はまだまだだな。できることが限られるし、そもそも足りないものが多すぎて何から手を加えるか迷っているところだ」

「……そうですか。よろしければ私の方で人を探してみましょうか?」



 エミリナが渡りに船ともいえる提案をしてくれる。



 まぁ、どうみても人手が足りないことは見たらわかる。

 でも、わざわざ俺にすり寄ってくる理由がわからない。


 いや、つぶれかけているこの領地を見て、慈愛の心で手を差し伸べてくれているのかも知れない。


 ただ一つだけ。

 聖女エミリナは黒幕の手先ではない。


 つまりそこから父バランの手の者がくることはない。

 ただし原作キャラが来てしまう可能性は高くなってしまう。


 その二つを天秤にかけて俺はしばらく悩んだあとで頷いていた。



「もしこの領地に来たいという人がいるならお願いできますか?」

「わかりました。それでは王都に戻ったら少し探してみますね。それとあのドラゴンを討伐された方はやはり伝説の勇者様とか神算鬼謀の賢者様とかですか?」

「あーっ……」



 そういえばフリッツは傭兵だったな。

 多少なりとも称号のようなものがあれば仕事がしやすいかもしれない。



「そうだな。本人は『傭兵だ』って言っていたな」

「なるほど。傭兵……。命を賭けて悪から民を守るパラディン様、といったところですか。しかもドラゴンを倒したとなるとドラゴンスレイヤーの称号も……。そちら、私の方が直々に申請しておきますね。証拠がありますし、私が直々に言えば問題ないと思いますから」

「そうだな。それで頼む。名前はフリッツと言っていた。下の名前はないらしいから貴族ではないな」

「わかりました。それとユーリ様が見事にドラゴンを撃退したことも併せて報告しておきますね」



 あれっ? 聖女って国への報告を担っていたか?


 俺からしたらありがたいことだが。



「わかった。それで構わない」

「ところで少し気になっていたのですが、そちらに転がっている石って魔石ですか?」



 エミリナが指を差したのは夜、寝る前にフィーに隠れながら作った魔石だった。

 それを見ていたフィーが俺のことを睨んでくる。



「ユーリ様! またフィーに隠れて魔石を作っていたの! ちゃんと夜は休んでって言ったの!」

「あ、あれは朝に作ったものだ」

「朝はフィーの方が先に起きてるの!」

「ぐっ。す、すまない。次から気をつける」



 フィーに怒られているその様を見て、エミリナが一瞬呆けていたが、すぐさま口元に手を当てて笑みをこぼしていた。



「ふふっ、まるでそちらの方がユーリ様のお母さんみたいですね」

「いや、俺がフィーの世話をしてるんだぞ?」

「そうなの。フィーはユーリ様が自分の体を気にせずに無理をするから注意してるだけなの」

「そういうことにしておきますね」



 結局エミリナが最後まで笑みを崩すことはなかった。




        ◇ ◇ ◇




 しばらく話したあと、エミリナは帰ることになった。



「何事もないようで安心しました」

「ところでそのドラゴンはどうやって運ぶんだ?」



 荷台もなにもないし、エミリナたちは徒歩でここまで来ていた。



「大丈夫ですよ。こう見えて私、力はあるんです」



 笑みを浮かべながらドラゴンの尻尾を持つとそのまま何食わぬ顔で引きずっていく。



 そういえば聖女の武器ってかなり重量のあるメイスとかだったな……。



 ゲームの時はそういうものだと思っていたが、よく考えるとかなりの重量があるメイスを何食わぬ顔をして運べるだけの力があるってことだもんな。


 敵対することなく済んでよかった。



「ところで、なんでお前はここに残ってるんだ、サーシャ」

「エミリナ様が一応身を隠した方がいいって言ってたの。それでここなら安全だろうって」

「……なにかあったのか?」

「うん。実は私、お父様が悪魔みたいな人と話しているのを聞いてしまったんだ……」



 あー……。バランの謀が漏れてしまったのか。



 もしこのことが父に知られてしまったなら確かにサーシャの命が危うい。


 息子にドラゴンをけしかけるような父なのだ。

 サーシャに対しても容赦なくその命を狙うだろう。



「そういうことか……」

「もしかしてお兄ちゃんがここへきた理由も?」

「あぁ、そういうことだ」



 俺がどうしてわざわざ辺境の地へ来たのか察したサーシャ。

 ただ、どうしても彼女はルーサウス家の一員。


 父の手の者ではない、と言い切ることはできない。



「わかった。ここに慣れるまでしばらくの間、フィーと暮らしてくれ。わからないことも彼女に聞いてくれたら良い」

「……ユーリ様、都合の良いことを言ってフィーを遠ざけたの」

「さぁ、なんのことだ?」



 勘の良いフィーは呆けるに限る。



「よ、よろしくお願いします、フィー様」

「フィーでいいの。ユーリ様の妹ならフィーにとってはどちらもご主人様なの」

「あ、ありがとうございます、フィーさん」



 どうやらすぐに仲良くなれそうで俺はホッとする。




        ◇ ◇ ◇




 その日の夜、俺が誰に気にするでもなく魔石作りに勤しんでいるとフリッツがやってくる。



「あのスコップはいったい何なんだ? アースドラゴンがあっさり倒せてしまったんだが?」

「対土特攻が付いてるって言っただろう? あれがアースドラゴンに対してかなり有効なんだ」

「そんなこと初耳だが? あとアースドラゴンを倒した瞬間に強烈な痛みが走ったのだが、もしかしてそのスコップって呪われていたりするのか?」

「そんなことあるはずないだろ? ……いや、待てよ」



 俺はジッとフリッツを凝視する。

 特攻武器を使っていたとはいえ、あれだけの強敵を倒したのだからレベルが大幅に上昇しているのは当然のことだった。


 おそらくはレベルが急激に上がったせいで成長痛が起こったのだろう。


 それを表すかのようにフリッツのレベルは十以上も上昇していた。



「なるほどな。痛みの理由はわかった。別に体に害のあるものじゃないから気にしなくて良いぞ。それよりもそんなことを言いにきたのか?」

「いや、それはおまけだ。近々、一度ネストの街へ戻ろうかと思ってるんだ」



 人手が足りないことは重々承知しているためにもしかしたら断られるかもしれない。

 フリッツはそう考えてわざわざ俺に言いにきたのだろう。


 どこまでも生真面目なやつだな。


 別に今は俺自身が雇ってるわけでもない。

 手伝ってもらった日は日当という形で給金は払っているが、それだけだった。


 だから好きな時に出て行っても俺からは何もいえなかった。



「もちろん構わないが、今日はもう暗い。どうせなら明日に出発するといい」

「……いいのか?」

「当たり前だろ? 別に俺は束縛するつもりはないぞ?」

「でも、人手が足りないんだろう?」

「確かに常に人は足りないな。でも、また戻って・・・来るのだろう? ならただの休暇だ。あっ、せっかくだからネストの街からここに来たい人を誘ってくれないか?」



 あまりいないだろうな、と苦笑いする。



「わかった。どれだけいるかわからないが、傭兵ギルドで話してみる」

「よろしく頼む」

「あー、それとだな。俺の武器がウルフとの戦いでダメになってしまってな。このスコップを持っていっていいか?」

「いや、それは武器にならないからな。明日までにお前らしい武器を作ってやるよ」

「い、いいのか!? そこまでしてもらって」

「これまで色々と手伝ってもらったからな。これはそのお礼だ」

「すまない。それなら明日を楽しみに待たせてもらう」



 フリッツは嬉しそうに部屋を出ていく。

 それを見送った後、俺は寝る間を惜しんでフリッツ向けの武器を作るのだった。




        ◇ ◇ ◇




 翌朝、目が覚めると何故か俺の布団にはフィーとサーシャの二人が潜り込んで眠っていた。



「いつの間に潜り込んだんだ?」



 これがもし暗殺者だと簡単に寝首をかかれてしまっただろう。

 いくら夜遅くまでフリッツの武器を作っていたからといっても言い訳にならない。


 気を引き締めないといけないな。


 すやすやと心地よさそうに眠っている二人を起こさないように布団から抜け出すと武器を持ってフリッツに会いにいく。


 フリッツは村の入り口でそわそわした様子を見せていた。



「待たせたか?」

「いや、ちょうど今来たところだ」



 まるで恋人を出迎えるようなやりとりをしてしまう。

 そんな嫌な妄想を振り払うと押し付けるように作り上げた武器を渡す。



「こ、これは?」

「フリッツの力なら簡単に振り回せるだろう?」



 渡したのは巨大な石造りの剣。俗にいう大剣というものだった。

 フリッツの背丈くらいある巨大な剣は中央には真っ赤な魔石が取り付けられており、鞘に収めると背中に背負えるようになっている。


 それを受け取ったフリッツは何やら訝しみながら聞いてくる。



「試しに振ってもいいか?」

「もちろんだ」



 実際に両手で剣を振ると慣れないサイズということもあり、剣に振り回されている部分はあるものの妙に手にしっくり来た。



「光線も出ないし刃が飛んだりもしない。普通の良い剣だ。本当にもらっても良いのか?」

「石造りで悪いけどな。鉄が使えるようになったら普通の剣も造るからそれまではそれで我慢してくれ」

「とんでもない。これほどの剣をもらって今は返せるものがない。またいずれすぐに返しにくるからな」

「あぁ、待ってるよ」



 フリッツが遠ざかっていくのを俺は見えなくなるまで見送っていた。

 ただ魔石が取り付けられている剣がただの剣であるはずがなく、その事にフリッツが気がつくのは村を離れてしばらくしてからのことだった――。

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