巨大トカゲ

 王都にあるルーサウス家の館。

 その執務室に険しい顔をした父バランとその執事。そして、羽と角が生えた悪魔の男が向かい合っていた。


 ただ、バランの表情は険しいものだった。



「辺境の地でスタンピードが起こったが、それをユーリが撃退した? いったい何が起こったのだ?」

「わかりません。大量のウルフをけしかけたのですがあっさり倒されたようです」

「けしかけたのではなくスタンピードだ! それにユーリにそれほどの数のウルフを倒せる能力はないはず」

「それはわかりかねるのですが……」



 荒れているバランに対して悪魔の男が楽しそうに笑みを浮かべる。



「さすがはルーサウス家のご子息、といったところにございますね。一瞬で状況判断をしたあと、ウルフたちを落とし穴の罠に掛けたようにございます」

「落とし穴程度なら素質の低いユーリでも使えるわけだな」



 バランも含め、黒幕一家であるルーサウス家の素質は全員高めに設定されていた。

 昔に鑑定士を呼び、調べてもらった素質ではユーリの数値は家族の中で断トツで低かった。



名前:ユーリ・ルーサウス

HP:D

MP:C

攻撃:D

防御:E

敏捷:E

魔力:C

【スキル】

剣術:D

【魔法】

土:C  闇:C



 鑑定士が行う素質鑑定はユーリの鑑定ほど精密に詳細の数字が出ない。


 詳細の数値を鑑定できるのはプレイヤーだけだった。

 おそらくはゲーム上、数字化する必要があるから特別にできる、ということなのだろう。


 そして、ユーリは生まれつき持っていた偽装スキルによって他人からはあくまでも平均程度の能力に見られるようにしていた。


 こうすることで暗殺対象が油断してくれることを期待して……。


 また主人公の仲間になるときにユーリのパラメーターが主人公の仲間と同程度だったのもこの偽装を行っていたからだった。


 すっかり偽装されたこの素質を信用してしまっていた父バランはウルフ相手ならこの程度の素質でも健闘するのだな、と認識を改めていた。



「安心して下さい。さすがにご子息の能力を見誤っていたのはこちらの落ち度にございます。次はご子息の能力ではとても太刀打ちできない魔物をご用意していますので」

「ほう、それはいったい?」

「ドラゴンにございます」

「くくくっ、確かに辺境地ならばたまたまドラゴンが現れてもおかしくないだろう」



 最強クラスの能力を持つドラゴンは一度現れたとなると王国の騎士団が出動するのだが、それでも倒すまでに至らずに撃退するのが関の山という魔物である。


 一領主にけしかけるような魔物ではないし、どうあがいても対処できるような魔物ではない。

 これに対処できるのなら相応の力を隠していることになる。



――私にすらその力を隠しているならユーリの評価を改める必要があるだろう。まぁ、幸運で生き延びただけだろうが。



「しかしあの領地を滅ぼした後、どうするのだ? 私にドラゴンを放置し息子を殺した無能な公爵のレッテルが貼られそうなのだが」

「そこも考えております。領地が滅んだ後、旦那様がドラゴンを倒すのです。そうすることで旦那様のお力を更に広めることができるかと思います」

「なるほどな。しかし、いくら私でもドラゴンは倒せんぞ?」

「滅ぼすのはドラゴンですが、旦那様が相手にするのは大トカゲです。巨大な外見から見間違えた、ということにするのはいかがでしょうか?」



 目撃者が生き残っていたならまず失敗する作戦であるが、どうせ老人しかいない村なのだ。ドラゴンから生き残れるとも思えない。



「トカゲに似たドラゴンなどいるのか?」

「えぇ。地龍アースドラゴンがおります。空を飛べない、見た目としてはトカゲに見えなくないドラゴンです。その分他のドラゴンに比べると一段能力が劣りますが、それでも人族には天災になり得るでしょう」

「確かにな。私ですら倒せと言われたら困る相手だ」



 笑いを堪えるのを必死に耐えるバラン。

 こうして次の行動を決めたのだが、その時少しだけ部屋の扉が開いていることに彼らは気づいていなかった――。




         ◇ ◆ ◇




 ユーリが道具を作った数日後。

 ようやく全てのウルフを倉庫にしまうことができたので、フリッツは堀を整える作業に移っていた。


 ユーリたちは川の位置確認と付近の地図作成を行なっている。

 どうにも領地を整えるのに必要な作業らしいが、フリッツにはよくわからなかった。


 初めは悪徳領主の息子なのか?


 とここの領主になったことを聞いた時点で訝しんでいたのだが、もはやそんな気持ちは微塵も持ち合わせていない。


 規格外の能力で、たまにとんでもないことをしでかす世間知らずではあるが、それでも行動原理が常に『この領地を良くしたい』ということがよくわかるために不思議と憎めない相手であった。


 そんな空気に絆されたのか、いつの間にかフリッツもこの村に居着いていた。

 それでも一度は護衛依頼の件を報告しに行かないといけない。


 堀を整えて村の安全を確保できたらしばらく空けることをユーリに伝えて出かけよう、と考えながら手を動かしていた。



 ただ、今日は何やら側にある森が妙に静かなのに気がつく。



「音もしないのは不思議だな」



 違和感を感じたフリッツは目をこらして森の方を見る。

 すると、以前と同様にウルフたちがこちらに向かって走ってくるのが見て取れた。



「ま、またか!?」



 手に武器はなくあるのはスコップのみ。

 以前みたいにユーリたちが助けてくれることは期待できない。


 前回は全く歯が立たなかったウルフたち相手に武器もない状態で立ち向かう必要がある。

 村へ侵入させないように堀は作ってあるが、防衛設備はそれだけである。


 しかし、ある程度深い堀とはいえ相手の数が多いと落ちたウルフを足場にして簡単に登られてしまう。

 つまり、今フリッツがすべきことは少しでも数を減らすことだった。



 せめて斧も持ってくるのだった、と後悔するが後の祭りだった。



――いや、しっかりしろ! 俺がすべきはあくまでも時間稼ぎ。そのうちユーリ様が気づいて来てくれるはず。



 頬を叩いて気合いを入れ直すとスコップを構える。



「こい! 見習い傭兵のフリッツが相手をしてやる!」



 しかし、ウルフたちは急に向きを逸らしてそのまま走り去っていく。

 その様はまるで何かに追われて逃げている風であった。



「な、何だったんだ、一体……」



 呆然と去っていったウルフを眺める。

 ただ、すぐさまウルフとは比べ物にならないほど強大な威圧を放った魔物が姿を現す。



「あ、地龍アースドラゴン……」



 巨大な体のほとんどが岩で覆われた大トカゲ。

 ただそのあまりの能力に龍を冠する名前を付けられた魔物だ。


 空を飛ぶ力は失っているものの岩の鎧に守られたその体は物理も魔法も効きにくい。

 体を生かして突っ込んでくるその威力は並の城壁ですら簡単に壊すと言われている。



「あ、あいつは無理だ……。さ、流石に逃げないと……」



 この歩く天災が相手ではいくらユーリといえど勝つビジョンがまるで見えない。

 せっかく復興している領地だが、命の方が大事である。


 ただこのままでは誰も逃げることなくドラゴンに蹂躙されてしまうのが想像できる。


 そのために傭兵であるフリッツがやるべきことはドラゴンの気を逸らして村から意識を外させること。


 倒そうなんて考えなくてもいい。



「こ、こい、大トカゲ! 俺が相手だ!」



 足を震わせながらフリッツはスコップを構えていた。


 そして、全力でスコップを振るうと次の瞬間に光線が発せられて地龍アースドラゴンの体を抉り取っていた。



「はぁぁっ!?」



 思わず声を上げるフリッツ。

 地龍の方もまさか自分が傷つけられるとは思っていなくて、不思議そうに自分の体を見る。


 光線の当たった部分がまるで最初からなかったかのようにぽっかり穴が空いていた。



「そ、そうか! あいつの体は岩でできている。つまり土と言っても過言ではない。それならスコップで何とかできるわけだ!」



 かなりの暴論だが、結果がすでにあるために無理やり自身を納得させる。

 そして、激しい死闘いっぽうてきなたたかいの末、フリッツはかろうじてむきずで地龍アースドラゴンを下すのだった。


 なんだか何ともいえない気持ちになったフリッツだったが、次の瞬間に誰もいないはずなのに全身を電気が走ったような痛みが襲い、そのまま地龍の側で倒れてしまうのだった――。




         ◇ ◆ ◇




 フリッツが地龍アースドラゴンと死闘を繰り広げている時、俺たちは川の側まで来ていた。



 ただ、気配感知は常に周囲に張り巡らせている。

 当然ながら俺は地龍アースドラゴンが襲ってきてることに気づいていた。でも……。



「アースドラゴンか……」

「どうかしたの?」

「いや、領地を襲おうとアースドラゴンが来てるんだけどな……」

「なら急いで迎撃しないとなの!」

「正直やる気が出ない」



 作中のアースドラゴンはその能力の割に旨みが少ない、迷惑な魔物であった。

 ドラゴンであるためにそれなりに経験値は持っているものの物理攻撃も魔法攻撃も効かない。

 初見殺しすぎるこの魔物もたった一つだけ弱点がある。

 それが土特攻が付与された武器で攻撃することだった。


 案外この武器が少ないので強敵として認知されていた。


 ただ、この魔物の迷惑な点、それは買い取り素材をほぼ落とさないことであった。


 これだけ苦労して倒しても報酬はゼロ。

 だからあまりやる気が起きなかった。



「まぁ、フリッツに任せておけば問題ないだろう。土特攻の武器さえあればウルフ並の強さでしかないからな」

「実はそんなに強くないの?」

「あぁ、そうだな。それよりも俺は領内に水を引く方法を……っ!?」



 無事に地龍アースドラゴンの気配がなくなったのを確認するとそれとは別に、この領地に来て最大の危機がやってきていた。




「まずいぞ、フィー。すぐに領地に戻る!」

「やっぱりアースドラゴンは危険なの?」

「それよりももっとヤバい相手だ! こいつを放置したら領地が滅んでしまうぞ!」



 俺がかなり慌てているその様子を見てフィーはその事態の重さを理解する。



「一体どんな危険が近づいているの?」

「世界を破滅に導く相手……。そう、聖女だ!!」



 俺の気配察知には何故か王都にいるはずの聖女の気配がしていたのだった――。

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