コンビニバイトの探偵事情

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プロローグ 宵闇の前に

九条絢佑のコンビニバイト

 コンビニバイトを始めたのは、あくまで小遣い稼ぎのためだった。

 当時高校一年生だった俺――九条絢佑(くじょうしゅんすけ)は、欲しいものを買うために、高校生ならコンビニだろうという安直な考えで、働くことを決めたのだ。

 あれから一年の時が経ち――今のセントイレブン鞠那店。

 俺は冷房の効いた店内のレジカウンターに立って、向かいのソフトドリンクのコーナーをぼうっと見つめていた。

 ちょうどコラ・コーラやファイトメロンが並んでいる辺り。ガラス扉に自分の顔が映っている。手櫛で梳かしたボサボサの髪。疲労のせいで脂の乗った顔面。

 そこから下に目をやると、緑をベースに白の三本ラインの入ったユニフォームを着ている。胸元には、反転した「くじょう」という名札。

 客が入ってくるチャイムの音が、一向に鳴る気配がないということは、今は客入りが少ない時間帯だ。

 それなのに店内に流れる有線放送では、電子決済アプリをお笑い芸人が宣伝している。

 売り場には相方の従業員が一人、作業をしていて、事務所から持ってきたスナック菓子を棚に並べていた。

 そして俺はレジ内に立ち尽くす、さながら招き猫のような状態。

 レジカウンターに並んだ客を捌くことが、俺の役目だというわけだ。

「…………」

 前触れもなく、カウンターに買い物かごがどかっと置かれる。

 ガテン系と思われる作業着姿の男性は、一言もかけずに、流れるようにタバコが置かれた棚を見つめていた。

「いらっしゃいませー!」

 構わずに元気良く挨拶をし、俺は商品をスキャンしていく。

 焼肉弁当、カップに入ったタコとバジルのサラダ、烏龍茶500mlを二本……。

「お弁当、温めますか?」

「お願いします。あと2番とから揚げ下さい。袋は全部一緒で」

「かしこまりましたー!」

 バイト用の発声を意識して続けていく。

 焼肉弁当を業務用レンジの中央に置き、40秒にセットする。

 カウンターに戻ってくる前には、両手をアルコール消毒してから、追加注文された2番のタバコと、熱々の什器から、赤い箱に入った若鶏のから揚げを取ってきた。

「1821円頂戴します。画面から支払い方法を選択してください」

 男性がセルフレジを操作し、お釣りを財布にしまったタイミングで、電子レンジが音を鳴らした。

 豪勢な夜食だ。高二の俺からして見れば、そんな感想が頭を過る。

 購入した商品をパズルのように茶色の袋に入れ、手渡す。

「ありがとね」

「ありがとうございましたー!」

 男性は俺にしか見えないくらいに小さく微笑んでから、出口の方へ向かった。


 ……今のは『当たり』だ。


 やっぱり良い。感謝の言葉は胸に刺さるものがある。

 最初は適当な理由で始めたバイトも、今ではすっかりと馴染んでいた。

 店員である俺が「ありがとうございました」を言うのは当然なのだが、時に客の方から礼を言われることがある。

 誰かのために動き、その対価として感謝の言葉を受け取る。

 いつしか俺は、そんな当たり前のことを生きがいと感じるようになっていた。

 ……まあ、ただの高校生が何を偉そうに語っているんだと思われそうなので、さすがに意識を戻すとしよう。


 今度は500ml缶のレモネードが、たった一つだけカウンターに置かれる。

 俺は相手の顔を確認した瞬間、まさかの人物に息を呑んだ。

「よう、九条。久しぶり」

「お前、なんでここに……」

 同じ高校に通う生徒だった。

 家が近いのか知らないが、こうして遭うのは二回目だったりする。

 前回とは状況が違う。どの面下げてこの店に来たんだ……。

「あれから薫はどうなった? 悪い奴は見つかったか?」

「ちゃんと釘は刺したよ。もう、彼女のことを心配する必要はない」

「そうか……なら良かったよ」

 生徒は心底嬉しそうに顔を綻ばせると、セルフレジで会計を済ませた。

 並んでいる客がいないことを確認すると、嬉々として話を続けてくる。

「九条。こう思ったことはないか? 『大切なものを守るためなら、どんなことをしても許される』って……」

「その台詞……。もしかして、パソコンの盗難を唆したのはお前か?」

「はは、そんなこともあったな。凄いな。噂程度にしか聞いちゃいないが、それも九条が解決したってことか」

「…………」

「……愛する人を守ること。それが生きがいなんだ。九条も同じだろう?」

 瞬間的に周囲が無音になる。

 店内は音で溢れているはずなのに、目の前の言葉以外が耳に届いてこないような感覚だった。

 俺は遠慮のない表現を選択した。

「俺は……お前とは違うよ。お前は自分のことしか考えていない」

「どうかな……そうは思えないけどな」

 生徒はレモネード缶を掴むと、そのまま出口の方へ向かった。

「ありがとう、九条。バイト、頑張れよ」

 そうして口から発せられた感謝の言葉。

 そのときだけは、その言葉が酷く不愉快なものに感じた。

 レモネード缶表面の水滴のせいで、左手はしっとり濡れていた。


 ……今のは『外れ』だ。

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