第7章 11話 帰らない優夜とゆん菜の不安⑥

「悲しいことって、いきなり起きるんです」


 優夜先輩……。


 立ち上がったゆん菜は、思わず窓の外を見た。


 バルコニーの向こうに遠く見える庭園に、月色の髪が見えた。


 優夜先輩?!


 だが、そこにいたのは女の人だ。


 悲しそうな顔をしていて、ゆん菜たちを見ていた。


 灯っていた祭りの光が消え、彼女がいた場所は暗くなる。次に灯りがともったとき、女の人はいなくなっていた。


「どうしたんだ?」

「今、きれいな女がいました。でも、消えたみたいにいなくなって


「消えた? なんだか淡灯官みたいだな」


 そういえば、夜空を映したような、紺色のローブを着ていた。ナイフ使いの外套と同じ色だ。


「どうして淡灯官は人じゃないんですか?」


「淡灯官っていうのは、王が民の気持ちを知るための魔法みたいなものなんだよ。霊石を使って民意を現す思念体を作り、助言をもらう。宰相と同じ役目だな」


 たくさんの霊石で、民の気持ちを測るんだ。いつもは霊石だけど、たまに人の形をとるんだよ。


 ハルヴィンは続けて説明した。


「一番始めにあった淡灯官は外套を着てきたのに、今の人はローブでした。淡灯官は何人もいるんですか?」


「民意はひとつになるなんてないから、淡灯官も一人じゃないと思う。父上に確認したわけじゃないけどな」


 ハルヴィンは黙って歩き出した。


「さっさと行くぞ」


「え……?」


「淡灯官の所在を捜すなんて不可能だけど、淡灯官を造りだす霊石がある場所なら知ってる。淡灯の間っていって、王座の間の奥だよ」


 ハルヴィンはゆん菜の手を引く。


 なぜか彼は、少し優しくなったと感じた。


 でも、王座の間なんて……。

 王座の間はゆん菜の感覚でいうと、王城の中心だ。


 恐ろしくて、ゆん菜が一番行きたくない場所だった。


 足が動かなくなったゆん菜を、ハルヴィンは引きずるようにして歩き出した。


 淡灯官を捜すのは難しい。


 でも、今までみたいにゆん菜が一人になれば、向こうから来るんじゃないだろうか?


 思っても、ハルヴィンが怖くていい出せない。


 ハルヴィン……。


 ゆん菜はふいに、ナイフ使いが来たときのことを思い出す。

 ナイフ使いが来るのはゆん菜が一人のときだけど、もう一つ特徴があった。


 ハルヴィンが来たあと。ナイフ使いが来た。


 全身に電気のような震えが走った。


 本当に王座の間に行っていいんだろうか? 王座の間の向こうに淡灯の間があるって本当に?


 あのナイフ使いが人じゃない? でも、ちゃんとした人に見えた……。


 迷いが頭の中をぐるぐる回った。難しいことを考えるのは苦手だ。


 目眩がして体制を崩したゆん菜を、ハルヴィンは引きずっていく。


 ……。


 ハルヴィンをじっと見たゆん菜は、意を決して立ち上がり、彼のとなりを歩き出した。


 難しいことを考えても、ゆん菜に正解が出せるか分からない。


 でも、ハルヴィンたちは本当にいい家族だ。

 きっと信じられるはずだ。


 ゆん菜を見たハルヴィンは、足を早める。置いていかれないように、ゆん菜は必死で後を追った。

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