月色の王子と異世界で恋をする

近江結衣

プロローグ

プロローグ 1話

 窓から、柔らかな風が流れてくる。


 放課後の教室は、陽だまり色のざわめきに包まれていた。みな、やっと来た放課後に浮足立っている。


「ゆん菜、今日の放課後はどうする?」

「一緒にデパート行かない?」


 クラスメートの誘いをやんわり断って、ゆん菜は教室を出た。


「そうやって、ずっと後ろ向きでいるの?」

優夜ゆうや先輩はもう帰ってこないんだよ」


 そんな声が背中のほうから聞こえた。


 夕方の気配がする風の中、校門をくぐる。

 大通りを避けると、いつものポプラ並木がまぶしく目に沁みた。


 大好きな道だ。だが、いつもとなりにいた優夜の姿はない。

 手を伸ばしても、指先は空を切るだけだ。


「負けないもんね」


 ゆん菜は、すぐ泣くといわれる。だから、そんな言葉で自分を鼓舞したが、やはり涙が溢れてきた。


 だいじょうぶ。わたしはまた優夜先輩に逢える。だって約束したんだから。


「いつも、俺たちは一緒だよ」


 病院のベッドで逝ってしまうとき、優夜は優しく囁いた。交通事故だった。


 本当にあっという間だった


「俺ね。俺とゆん菜は絶対に離れないって予感がするんだ。俺がこの世から消えても、いつか必ず逢えるんだよ」


 ささやくような、甘い優夜の声。

 何度もゆん菜に力をくれた。

 優しい、夜……。優夜の名は優しい夜という意味だ。


 その名の通り、彼は夜の眠りのような幸せをくれた。ゆん菜をそっと、月のように包んでくれた。


 彼がいたから、ゆん菜はしっかりと立って生きることができた。

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