第8話


 休憩に行ったはずなのに、出て行った時よりも疲れた顔で対策室へと戻ってきた嘉内は、先程話題に上がった後輩の横顔をじっと見つめる。エリート様、と言われた彼は確かに頭も切れるし洞察力もある。だがそれはあくまでも一般的な警察官としては、だ。


 嘉内と違って麻倉は怪異に関することにあまりにも鈍い。それは麻倉の浄化能力が突出しているが故かもしれないが、自分よりもずっと穢れに強い陣内ですら顔を顰める程のお守りを前にしても、何も感じ取れていなかったのは、怪異に相対する者としてはかなりまずい。

 今回も嘉内が気付いたから良かったものの、もし麻倉一人であの家に立ち入り許可を取りに行ったとしても、きっとあの穢れたお守りには気付かずに帰っただろう。もしそうなっていたらあの家主は穢れによってより体調を崩してしまっていただろう。穢れに強いのはいいのだが、感じとれないと一般人が危険に晒されていることすら気付けないのはちょっとなぁ、と嘉内は頭を悩ませる。


 一般的にはエリートの麻倉でも、この対策室ではどちらかといえば劣等生の部類だろう。勿論浄化能力は群を抜いているが、それ以外はまだまだだし、特に感知力を伸ばすにはかなり手がかかるだろう。そういうことを全てひっくるめて、麻倉は普通なのだ。

 これからどう教育していこうかねぇ…、と眉間に皺を寄せた嘉内が端正な顔を眺めながらぼーっとしていれば、不意に麻倉とバッチリ目が合う。



「帰ってたんですか?」



 言外に声ぐらい掛けろという物言いをしながら嘉内に近寄った麻倉は、無言で手のひらを差し出す。嘉内は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、麻倉の意図を察してため息を吐きながら煙草の箱を手渡した。



「……ちゃんと二本しか吸ってないですね」


「いやこのチェックいる?」


「それより誰か一緒だったんですか? 違う煙草の匂いしますけど」


「警察犬かよ、なんで嗅ぎ分けられんだよ」


 その嗅覚の鋭さを怪異の方にも活かしてくれよ、とげんなりした嘉内だったが、答えるまで引きそうにない麻倉の様子をみて、渋々ながらに美浦の名前を告げた。



「美浦……? 捜査一課の美浦警部補ですか? そんな遠くの喫煙室にまで行ったんですか?」


「いや、向こうがこっちに来ただけ。お前の様子聞いてきたぞ」


「そうですか」



 自分のことが聞かれたというのに至極どうでもいいといった様子の麻倉は、興味を失ったように嘉内の側から離れる。

 なんなんだあいつ、と怪訝な顔をする嘉内のもとに、麻倉と入れ違いになるように陣内が近づいてくる。



「なんか縄張り意識の強い猫ちゃんみたいっすねー」


「その例えもよくわからん。んで? なんかわかったか?」


「勿論! 俺にかかればお茶の子さいさいっすよ!」



 えっへん、と胸を張る陣内は、手にしていた資料を嘉内に手渡す。

 中にはあのお守りの分析結果が記載されており、嘉内はさっと目を通していく中で一つ気になる言葉を見つけた。



隠匿いんとくと身代わり……? そんなもんがお守りに籠められてたのか?」


「やっぱ嘉内さんも引っかかりますよねー。こんな効果普通は籠めないですもん」



 通常神社で購入するようなお守りにはなかなかない効果だ。身代わりだけならまだしも、隠匿まであるとなるとどうにもきな臭い。

 この二つの効果を籠めたということは、何かから身を守るためのお守りとして作られたのだろう。一体何から身を守っていたのか。お守りが穢されたということは、その何かから見つかってしまい、お守りが効果を失って持ち主は亡くなったのではないか。亡くなったタイミング的に今回の事件が関係している可能性は十分にあり得る。資料を手に考え込んだ嘉内は、ふと顔を上げて自分のデスクに戻った麻倉へと声をかけた。


「麻倉、このお守りの持ち主の経歴洗っといてくれ」


「いいですけど、今回の事件に何か関係が?」


「ありそうだから頼んでんだよ。明日は亡くなったその持ち主のこと調べに行くぞ。陣内、分析助かった。だが追加で頼みたい。これを作った人物についての手掛かりが欲しい」


「うーん、難しいけど出来る限りやってみましょう」


「頼む」



 嘉内はそういって、他に何か事件と関連しそうな分析結果がないか、再び資料と睨めっこを始めるのであった。 

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