シンパシー・ジェイル
箱庭織紙
シンパシー・ジェイル
部屋に鳴り響くインターホンの音で、
ゲーミングチェアにもたれていた体を起こすと、首を軽く回してから立ち上がる。
リビングにあるモニターまで歩くと、ボタンを押して外を映した。
『あ、あの! 佐多良エルさんのお宅でしょうか?』
「そうですけど。どちら様?」
外に立っていたのは、黒縁の眼鏡をかけた長身痩躯の青年だった。
深緑色のパーカーを着て、リュックサックを背負っている。
全体的に自信のなさそうなオーラを漂わせている青年に、エルは眉をひそめた。
『じ、自分は
プレイヤー、オブザーバー。
馴染みのある二つの言葉を聞いたエルは、即座に理解する。
アポぐらいは取ってほしかったなと思いつつ、ヒビトには優しい声色で言葉を返した。
「わかった。今開けるから、そこで待ってて」
リビングを出て、玄関の扉を開けるとヒビトは直立不動の姿勢で固まっていた。
「入って。……あ、結構散らかってるけど気にしないで。私も気にしてないから」
「わ、わかりました?」
とりあえずリビングで話を聞こうと思い、エルは廊下に転がっているゴミ袋を端に寄せながら案内する。
テーブルの横に置いてあった座椅子にヒビトを座らせると、向かい側の座椅子に座った。
「すみません。女性の部屋に入ったことがなくて、勝手がわからず」
「いいよいいよ、こんなのは女性の部屋じゃないから。ゴロゴロしてくれて大丈夫。私だってこんなカッコだし」
エルは着ていた紺色のルームウェアを見せる。
シルクを素材とするゆったりしたタイプのソレは、着心地がいいのでお気に入りだった。
「あ、そうですか……あの、一つ聞きたいんですけど」
「うん?」
「エルさんのその髪、染めてるんですか? 目もカラコンとか?」
おずおずと尋ねるヒビトに、エルは。
「あーこれね、よく聞かれるよ。特にそういったことはしてない、ちょっと色々あってね」
エルの髪と目は、どことなく神秘的な銀色に染まっていた。
道端を歩いていると奇異の目で見られることもしばしばあるので、質問されるのはエルにとって特に不思議なことではない。
ヒビトは納得がいったようで、「すみません」と呟き目を伏せる。
「いや、謝られるような事じゃないよ。それより今は、君について聞かせて欲しい」
テーブルの上に乱雑に並べられている書類、その中から個包装のチョコレートをいくつか見つけると、ヒビトに手渡した。
少し顔を引きつらせていたヒビトだったが、観念したように包装を破くと口に入れた。
「自分がプレイヤーになったのは、先程も言ったように一週間前の事でした」
今まで起こったことを整理するように、ヒビトは話し始めた。
― ― ― ― ―
『シンパシー・ジェイル』。
それは別世界『ジェイル』で跳梁跋扈する怪物が発生させる、現実世界への干渉現象。
ジェイルで怪物が暴れれば、共鳴するように現実でも歪な形で被害が発生する。
ジェイル観測機関『オブザーバー』はシンパシー・ジェイルを止めるために、現実からジェイルへ干渉するための特殊な機械を発明した。
携帯ゲーム機のような形をしたソレは『コントローラー』と呼ばれ、ジェイルに干渉する適性を持つ百人の人間、『プレイヤー』に配られた。
プレイヤー達はシンパシー・ジェイルを止めるため、日夜ジェイルに潜っている。
― ― ― ― ―
「ふーん。で、結局は高額報酬につられてプレイヤーの任を引き受けたと」
「はい。オブザーバーの人にも聞いたんですけど、プレイヤー自身に被害が出ることはないんですよね? だったら受けない手はないかなと。妹が重病で、手術金が必要なんです」
真剣な目つきで話すヒビトから目を離し、チョコレートの包みを新しく開けたエルは口に放り込む。
コロコロと転がして口の中で溶かすと言葉を返した。
「まぁ、絶対に被害が出ないとは言い切れないけど……ところで、コントローラーを出現させられる? 型番を見ておきたい」
被害が出ないとは言い切れない、というエルの言葉に怪訝な表情をしながらも、ヒビトは右掌にコントローラーを出現させた。
コントローラーは長方形の薄型で、毒々しいメタリックな紫色で全体をコーティングされている。
中央部分には全体の七割程を占める大きさのディスプレイが付いており、その両端には丸いボタンが四つと十字キーも一つ付いていた。
エルはそれを受け取ると、背面に書かれてある型番を目を細めて見つめる。
しかし、そこに書かれてあった文字列が何を意味するかを認識すると、神妙な口調で呟いた。
「これ、『呪われた七番』じゃないか」
「……どういうことです?」
「コントローラーの中には、幾つか特別な能力を持つものがあるんだよ。君のコントローラーは呪われた七番と言って、何もせずに所有者で居続けるとジェイルの悪影響を受けて死に至る、というものだね」
「ししし、死に至る!? って死ぬってことですか!?」
座っているのに腰が抜けたように後ろへ倒れかけるヒビト。
無理もない、とエルは息をついた。
「頭痛が痛いみたいな感じになってるけど、そうだよ。コントローラーはオブザーバーが開発したものだけど、ジェイルの力を使ってるから何でも想定通り、とはいかないみたいなんだよね。だからこういった危険な代物が生まれる」
「じゃ、じゃあ自分はいったいどうすれば!?」
「……そうか。オブザーバーの奴ら、私に厄介ごとを押し付けたな。だから今日のアポもなかったのか」
食べ終わったチョコの包みを近くのゴミ箱に入れたエルは、自分のコントローラーを出現させる。
ヒビトのものと形は一緒だったが、エルのソレは抜けるような空色のマット加工だった。
「放っておくと死に至るなら、死を回避するしかない。ヒビト君、コントローラーを起動して」
「起動して、って今からジェイルに潜るんですか?」
「うん。呪われた七番、その因縁をジェイルで断ち切る」
エルと未だ戸惑っているヒビトは、コントローラーの側面に配置された電源ボタンを押した。
― ― ― ― ―
ジェイルの世界は、現実世界と全く同じもので構成されている。
エルが日常的に潜っているエリアは、現実の東京と全く同じ様相を呈していた。
現実と違うのは、人間が一切存在しない代わりに怪物達が巣食っている、という点だけである。
二人はジェイルにおける都内、そのどこかに存在する広い敷地の公園に姿を現した。
辺りは数百メートル程先まで何もない地面が広がっていて、学校の校庭のような景色を連想させた。
「ここが、ジェイル……」
ヒビトは現実と全く同じな周囲の景色に、少し戸惑っているような声を漏らす。
「潜るのも初めてだったんだ。ジェイルは基本的に現実をコピーした世界だからね、姿かたちも同じなんだ」
「なるほど。あれ、エルさんのその恰好」
「あぁこれね。ジェイルに潜ると専用の衣装に変更されるんだよ」
両手を広げて、エルは自分の服装を見せる。
先程のゆったりとしたルームウェアとは違い、黒一色のスーツを纏っていた。
そして右手にはコントローラーの代わりに、人生ゲームに付属しているようなルーレットを握っている。
「君も自分の格好見てみなよ。結構勇ましくなってるよ」
ヒビトはスーツではなく、着流しの侍のような恰好をしていた。
腰には一本の竹刀を差している。
言われて初めて気づいたようで、ヒビトはしばらく自分の服装を見つめていた。
「竹刀、ってことはこれが自分の武器ってことですか!?」
「そうらしいね。呪いのせいで能力が完全に覚醒してないんじゃないかな。呪いが解けたら刀なりなんなりに変化するはず」
「その、さっきから気になってたんですけど。呪いって具体的にどんなものなんですか? お祓いみたいなことをしないといけないんです?」
「いや、そうじゃない……そろそろ向こうから来るんじゃないかな」
「来るって、どういう」
ヒビトが質問を重ねようとしたその時、二人の目の前の空間は、渦を巻いて捻じ曲がった。
黒い瘴気を放つ渦は、中からエルたちの身の丈、その三、四倍にもなるであろう巨人を吐き出した。
巨人は暗褐色の肌色をしていて、肩までかかる長髪を振り乱し、両手両足には銀色の枷をつけている。
二人の方を興味深そうに見る巨人に対し、エルは。
「来たね。怪物だ」
「怪物!? コイツと戦えってことですか!?」
「そう。呪いは、怪物を倒して強さを証明すると消える。つまり今の君はジェイルにいじめられてるんだよ。いじめで死ぬなんて馬鹿げてるし、ここらで一発反撃しておこう、という話」
「そ、そんなこと言ったって」
「大丈夫。この怪物を倒しさえすればいいんだ。たとえ倒したのが君ではなくても、ね。来るよ」
突然、巨人は唸り声を上げると両手を地面に付け、四足で二人に向かって駆け出す。
戦闘は突然に始まった。
「わっ!?」
巨人の右腕が鞭のようにしなり、二人を薙ぎ払おうとする。
しかし、エルはヒビトの首元を掴むと後方に大きく跳躍した。
巨人から十数メートル程離れた場所に着地すると、ヒビトを離した。
「あんな奴とこの竹刀でどう戦えって言うんですか!? 叩かれただけで死にますよ絶対!」
「じゃあさ、君は戦わなくてもいいから、これと同じ形のコインをこの公園で探してくれないかな?」
エルはズボンのポケットから、一枚の銀貨を取り出す。
ゲームセンターのコインゲームに使われてそうなチープな質感のソレには、『T』と印字されていた。
「私が戦うにはこれが大量に必要なんだ。お願いできる?」
「わ、わかりました。集めてきます!」
巨人とは真反対の方向に駆け出すヒビトを見送ると、エルはコインを片手に持っていたルーレットの中に入れた。
入れた、というより捻じ込んだと言った方が正しいのか、ルーレットは形をアメーバのように変えながら、コインを飲み込んだ。
エルはルーレットのつまみを勢い良く回す。
すると、一瞬でルーレットの針は赤いゾーンを指示して止まった。
『ファンクション:増加が選ばれました。ランダムで部位を付与します』
機械音声がルーレットから流れる。
すると、エルの前に一メートル半程の長さの金属棒が現れた。
片側の先端に金色の丸い装飾が施されている以外は特徴もほぼない、銀色の棒だった。
「最初から柄が出るなんてね。ラッキー」
エルは棒を掴むと、巨人へ向かって再度跳躍した。
向かってくるとは考えていなかったらしい巨人は、思わず両手を交差させて頭を守るが、関係なしに巨人の両腕へエルは金属棒――柄を叩き込んだ。
瞬間、柄から透明な風の刃が飛び出して巨人の両腕に縦長の傷をつけた。
痛みを感じたのか巨人はうめき、二、三歩よろめいて下がる。
「結構ダメージ通るな。これならすぐ終わらせられる……かもっ!」
勢いに任せ、エルは柄を振り回して次々と巨人に風の斬撃を当てていく。
容易に体を切り裂かれ続けた巨人は、ついに全身から血を噴き出し膝をついた。
しかし、巨人もただ崩れ落ちるだけではなかった。
周囲の空気を深く吸い込むと、一メートル程の直径を持つ空気弾をエルに向かって撃ち出した。
瞬間、エルはポケットに入っていたもう一枚のコインを素早くルーレットへ入れ、つまみを回す。
だが、ルーレットから音声が鳴る前に空気弾はエルの体へ当たり、辺りの地面をえぐって土煙を起こした。
濛々と煙が立ち上る中、肩で息をしながら巨人はしばらくエルがいるであろう場所を見据えていたが。
『ファンクション:増加が選ばれました。ランダムで部位を付与します』
ふと首筋に殺気を感じ、咄嗟に巨人が振り向くとそこには。
「やってくれたね!」
柄を持ったエルが、宙に浮いていた。
足元には長さ五十センチ程の刃のようなものがくっついている。
その刃を宙を漂うサーフィンボードのように、体の重心をずらしつつエルは乗りこなしていた。
巨人は先程と同じように空気弾を複数放つが、空中を自由自在に飛び回られているが故に当たることはなかった。
やがて巨人の真上まで来ると、エルは刃から飛び降り、柄で巨人に渾身の一撃を叩き込んだ。
柄が巨人の体に衝突した瞬間、巨大な風の刃が弧を描いて巨人の体を一刀両断した。
悲痛な断末魔と共に、巨人はその場に倒れる。
「よっと」
危なげなく死体の横に着地したエル。
その数秒後にヒビトが息せき切って戻ってきた。
手には何枚かコインを握りしめている。
「はぁっ、はぁっ……あれ? もしかしてもう倒したんですか!?」
「ん、まぁね。コインは必要なかったみたい。ごめんね」
「いや……まぁそれならそれでいいんですが」
「しかし、部位二つで倒せるなんて意外とあっけない奴だったな……ん?」
柄を肩に担いで巨人の死体をじろじろと見ていたエルは、あることに気付く。
「死体の中身が、ない?」
真っ二つにされた巨人の死体には、およそ臓物と呼べるようなものは詰まっておらず、肉の皮だけがその場に横たわっていた。
通常はジェイルの怪物と言えども、身体構造は現実の動物とほぼ同一だということをエルは知っていたが、それ故に体の中身が全くない怪物など見たことがなかった。
「まさか」
その場で顎に手を当て、少しの間考え込んでいたエルだったが、とある可能性に思い当たるとヒビトの方を振り向く。
「君はコインを集める時、モンスターに出くわした?」
「いえ、一体も会わなかったですけど。どうかしたんですか?」
「……私が今斬ったコイツ、体の中身がないんだ。元から何も詰まってなかった、というより『先程までは中に何かが潜んでいた』と考える方が正しいと思う」
「つまりどういうことなんです?」
エルの言葉に対し、イマイチ要領を得ていないヒビト。
一連の事をまとめ上げるように、エルは説明した。
「つまり。この巨人の中に居た奴は、私がコイツと戦ってる隙に体から抜け出して、周囲の怪物を食らっていた可能性が高い」
「怪物が怪物を食らう? 一体何のためにそんなことするんですか」
「要はより強い存在へ進化しようとしてるんだ。怪物は怪物を食らうことで、さらに強固な力を持つからね」
辺りを見回すエルだったが、巨人の中身らしき怪物は既にここにいないようだった。
「とりあえず、君は私の傍を離れないで。どこから怪物が襲ってくるかわからな……」
ヒビトに警戒を促そうとしたその瞬間。
公園から少し離れたところにあるオフィス街の方から、異様に大きな爆発音と共に煙が立ち上るのが見えた。
「なんですか今の!?」
「マズい……!!」
エルの予測が当たっているのならば、それは怪物の破壊行動によるものだろう。
「一緒に来て! 巨人の中身が暴れてるのかもしれない!!」
焦って走り出したエルの後ろに追いつくため、慌ててヒビトは走りだした。
― ― ― ― ―
『緊急速報です。先程午後二時三十七分ごろ、東京都××区〇〇にあるオフィスビルから火災が発生しました。現場に居合わせた人の証言によると、ビルの三階が突然爆発したとのことです。また、それに伴い動物の吼えるような声が辺りに響いていた、との証言もありました。火災発生の原因、死傷者の人数共に未だ不明で、現在は消火活動が行われているようです』
― ― ― ― ―
オフィス街に駆け込んだエルとヒビトは、件の怪物とついに相対した。
巨人より二回り程小さい体をしているので、巨人の中身と見て間違いなさそうだったが、巨人が纏う雰囲気よりもソレは異質で禍々しいものを持っていた。
頭部についている二つの鋭いツノと髑髏のような頭部、指の一本一本が剣のように長く伸びた腕、腰からマントのように生えている、鱗を纏った黒く薄い皮。
エルはその怪物を一目見ただけで、先程のように上手くはいかないことを察した。
「ヒビト君、コインを一枚」
「は、はい!」
銀貨をもう一度ルーレットに入れ、つまみを回すエル。
しかし。
『ファンクション:消失が選ばれました。現在出現している部位全てを回収します』
無機質なその言葉と共に、エルが持っていた柄と穂は一瞬で姿を消してしまった。
「な!?」
驚く二人を見た怪物はニタリと頬を歪めて笑うと、二人との距離を一気に詰めた。
両腕を交差させると、その至近距離から先程のエルのような風の斬撃を繰り出す。
ヒビトの首元を再度掴み、飛び上がって避けるエル。
「あっぶな!」
「エルさん、さっきの棒はどこに行っちゃったんですか!?」
怪物の斬撃を、ジェイルに潜った時ならではの超人的な身体能力で何とかかわしていくエル達。
「私の能力はルーレットの出目に応じて武器が出るけど、アタリがあるならハズレもある、消えちゃう時もあるの!」
「そ、そんな!! どんどんコイン入れてください、ほら!!」
追加で四枚、一気にルーレットへコインを入れる二人。
『ファンクション:増加が選ばれました。ランダムで部位を付与します』
『ファンクション:消失が選ばれました。現在出現している部位全てを回収します』
『ファンクション:増加が選ばれました。ランダムで部位を付与します』
『ファンクション:増加が選ばれました。ランダムで部位を付与します』
四回のルーレットの結果は、二つの部位付与に留まることになった。
エルの手元に、二つの刃――穂が現れる。
「とりあえずはこれで凌ぐしかない!」
エルは手を横に薙ぎ払う。
すると穂は宙を舞い、怪物の方へ向かって勢いよく射出された。
間一髪のところで怪物は二つの穂を避けるが、穂は旋回すると何度も執拗に怪物を追撃する。
「すごい!」
「いや、こんな小手先の技じゃダメだ。今に突破される」
そんなやり取りのすぐ後に、怪物は空に向かって咆哮した。
咆哮の音圧だけで二つの穂は浮遊力を失い、その場に落ちる。
二人は何とか耳を抑えて耐えるが、その隙に怪物は飛び上がり、エルに向かって鋭い剣のような腕を突き出した。
咄嗟にエルは攻撃を防ごうと、コインをルーレットに入れるが。
『ファンクション:据置が選ばれました。部位の増減はありません』
無慈悲な宣告によって、ルーレットは外れた。
しかし同時に、ヒビトはエルと怪物の間に立ち両手を広げる。
「ヒビト君!!」
怪物の剣は、ヒビトの腹部に深々と突き刺さった。
赤い血が服を染めめていくのと同じくして、ヒビトは吐血した。
ジェイルに潜った人間が怪我を負うことは、稀ではない。
しかし、怪我の規模が大きければ大きいほど現実に及ぼす影響も大きくなる。
現実でも腹を貫かれるわけではないが、相応の痛みと精神ダメージが課されることになるのだった。
もしジェイル内部で死ぬようなことがあれば、現実でショック死する可能性も低くはない。
「大……丈夫、です、か。エル、さん?」
「私のことはいい!! 君は……!!」
言葉にならない思いをエルは抱えていた。
かつて共に潜っていた同胞達が死んでしまった記憶が、次々と蘇る。
しかし、ヒビトは怪物の腕を抱きかかえるように握ると叫んだ。
「エル、さん!! 今のうちに、こ……の怪物を!!」
その絶叫を聞き終えるか終えないか、程の瞬間でエルはコインをさらに三枚投入する。
その目には、ヒビトがショック死するまでの短時間で何としても怪物を倒す、という覚悟の意志が宿った。
完全に死ななければ、ジェイルを抜け出すことでまだ助かるかもしれない。
その僅かな望みに掛けていた。
『ファンクション:増加が選ばれました。ランダムで部位を付与します』
『ファンクション:増加が選ばれました。ランダムで部位を付与します』
『ファンクション:増加が選ばれました。ランダムで部位を付与します』
意志がルーレットに影響したのか、三連続で増加の選択肢を当てる。
すると、地面に落ちていた二つの穂はエルの近くに戻り、さらにもう一つの穂・柄・青いこぶし大の宝玉が現れた。
集合した五つの部位は、眩い光を放ち合体する。
『五分割された部位が全て揃いました。四分五裂三叉槍、完成します』
光が収まると、エルの右手には三つの刃を持つ槍――三叉槍が握られていた。
しかし、怪物は既にヒビトの体から腕を抜きかけている。
腕を抱え握りしめていたヒビトの腕には、刃物で切ったような赤い跡が多数出来ていた。
だが、怪物が完全に腕を引き抜く前にエルは三叉槍を突き出した。
「ヒビト君は……死なせない!!」
三叉槍から雷、風の斬撃、水の竜巻が瞬時に放たれ、怪物の体は八つ裂きになって千切れ去った。
― ― ― ― ―
「ヒビト君、大丈夫!?」
ジェイルから浮上したエルは、ゲーム画面から目を離してヒビトの方を見やる。
「はは、はい、なんとか」
床に寝そべったヒビトは、大量の汗を流しながらもなんとか呼吸を保っている。
いささか苦しそうだったが、痛みが少し引いたような、一安心した表情を浮かべていた。
「よかった……でも、二度とあんな無茶はしないで。あれだけ怪我したり死ぬことを怖がってたのに、変なところで思い切りがいいのは怖いよ」
「すみません。でも、なんとなく体が動いたんです。こういう時だけは、自分はノリがいいみたいで」
へへ、と寝転がったまま笑うヒビト。
「はぁ……まぁ、これでとりあえずは呪いは解けたはず。結果的に私が倒してしまったけど、ヒビト君は私の庇護下にある、とジェイルは考えるはずだろうから」
「そういうものなんですね、自分はまだジェイルのことをよくわかってないみたいです」
起き上がると、ヒビトはコントローラーを見つめる。
しかし、ふと目を離すとコントローラーの電源を消し、服で右手を拭いた。
エルに向かって、右手を差し出すヒビト。
「よくわかってないからこそ、これからはエルさんにジェイルのことを教えてもらいたいです。死の危険があるゲームなんてホントは嫌ですけど……でも、自分には大金が必要なので」
「……わかった。教えられることは全部教える。これからよろしく」
差し出された手を、エルは力強く握り返した。
シンパシー・ジェイル 箱庭織紙 @RURU_PXP
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