第38話 少女追憶

「ところで鳴海、ニュースは聞いているか」


 すっかり着替え、久しぶりにパリッとしたナオミが尋ねる。


「ああ……何となくだがな」


「今も流れているはずだ……どれ」


「江口がやりませう」


 立ち上がり、江口がラジオの周波数を合わせる。最初は雑音混じりだったが、徐々に明瞭になっていく。


 ニュースの内容を要約すると、こういうことだった。


 第一に、現在人類を脅かしているのはデイジーのような人型の機械であるということ。一部のコントロールを外れた機体が現在の騒動の原因であるらしかった。


 第二に、それは先の大戦期に開発されたものであるということ。今まで情報が出なかったのは、意図的に伏せられていたためだろう。


 第三に、攻撃は月から加えられているということ。


 そして第四に、その開発には、“鳴海ツカサ”なる人物が関わっていたということ……。


「鳴海、この名前は……」


「ああ。俺のじいさまだな」


 父方の祖父である鳴海ツカサに関する記憶はほとんどない。幼少期に一度か二度、家を訪ねたことは覚えているが、顔や声、姿は磨りガラスを透かしたようにおぼろげで、像を結ばない。


「科学者だった……とは聞いている。それ以外は俺も知らん。親父なら知ってたかもしれないが……」


「鳴海氏、あまり驚かないのですね?」


「まあ、そんな交流もなかったしな。親戚って言っても、関わりがなきゃ感慨も湧かん」


「だが、一つ手がかりにはなるかもしれないな。鳴海、故・鳴海ツカサ氏の家はまだあるのか?」


「ああ……前まではじいさまの兄弟が、管理がてら住んでいたはずだ。今はどうか知らないが……」


「よし、ではそこに行こう。開発者の家なら、有力な備忘録なりとも見つかるかもしれん」


「今回は江口も行きませう。多少なりとも力になれるやもしれませんし」


「ああ、頼りにしてる」


 そして翌日、俺たちは鳴海ツカサの生家を訪ねた。かつては手入れされていたであろう庭は背の高い雑草が蔓延り、管理が本当にされていたかどうか疑わしい。


「ごめんください」


 インターホンは壊れているらしく、反応がなかった。仕方がなく、ドンドンと戸を叩く。


「……気配がないな」


「鳴海、どうする?」


「仕方がない、勝手に上がらせてもらうか」


「鍵は掛かっているんでせうか」


「いや……開いているな……」


 経年劣化のせいか、立て付けの悪いドアを体重をかけて開ける。


 俺たちが踏み込んだ室内は、足跡が残りそうなほど埃が降り積もっていた。


「これは酷いな。鳴海、管理は途中で投げ出されたようだぞ」


「そうみたいだな」


「まあ、これなら不法侵入を咎められることもないでせう。手早く捜索して、失敬いたしませう」


「そうだな」


 こうして、手分けして戸棚やら引き出しやらを片っ端から引っかき回すことになったわけだが、中身はほとんど生活用品で、有益な手がかりは顔を出さない。


 貴重品の類いもほとんどなく、大半は処分されたか、あるいは持ち出されたかのどちらからしかった。


「しかし、何も出てこないな。鳴海、そっちも何も見つからないか?」


「ああ。江口、めぼしい物は?」


「こちらも特に……ん?」


「どうした」


「なんでせう? 日記?」


 江口が手にしていたのは、革張りの古ぼけた日記だった。


「表紙は……何も書いていないな」


「見ても良いのでせうか?」


「いいだろ。どれ……」


 劣化した紙が崩れないよう、慎重に捲り、三人でのぞき込むと、日記は以下のような内容だった。




 〇月〇日


 日記をつける、という行為の意味は何であろうか。人は昔から、自分の生活をやたらと記録に残したがるものだ。


 しかし、そうして記録をため込みながら、それを人に見せるとなると強い抵抗を示す。それならば、初めから記録など残さなければ良いのではないかと思うが……。


 あるいは、書くという行為に、自己の思考の相対化を求めているのだろうか。かくいう私も、こうして日記をつけ始めている……。


「なんだか、日記らしくないな。くどいというか、何というか……」


「鳴海、少し飛ばそう」


「そうだな」


 ……最近、研究所では機械人形の開発を進めている。人間に可能な限り近づけた、兵器である。未成年の少女を模し、その中に自己防衛のための武装一式、それに……を搭載する予定である。


 ひとまず、介助用という名目を隠れ蓑として開発を進める。


「ん……途中が読めませんね。虫食いでせうか」


「仕方がないな……」


 〇月〇日


 今日、機械人形の電源を入れた。環境から学習し、自己を形成していくよう設計してある。しばらくは、研究所内で世間の常識を学ばせ、人間社会に溶け込んでいくよう、調整を施す。


 我ながら、表情などはよくできているように思う。これを兵器運用するのは些か惜しい気もするが、一研究所職員としては、上の命令に従うまでのことである。


 機械人形については、便宜上、ヒナと名付けることとした。アイデンティティの形成に、名前というものは重要な役割を果たすそうである。


「あれ、ここからずっと空白だな」


「書くのに飽きたのか……それとも書けるほど精神的な余裕がなかったのか」


 〇月〇日


 機械に情が移るなど、おかしなことだ。それとも、私が手ずから設計したために、一種の愛着が芽生えているのだろうか。


 今日、ヒナが派遣される場所が決まった。例の兵器の実地テストというわけだ。そのために作った筈なのだが、胸中には何か消化できないしこりのようなものがあるようだ。


 ヒナは今日も朗らかだった。私のことをナルミンと呼び、にこにことしている。


 私は、何か道を違えたような気がしてならない。


 〇月〇日


 今日から、ヒナをベースにして、機械人形の増産が始まった。謂わば、ヒナの姉妹というわけだ。


 ヒナは、工場に行っては、不思議そうに製造過程を眺めている。それらが使い捨てられる運命とも知らず……。


 そういえば、戦況が思わしくないと、同僚が話しているのを小耳に挟んだ。もし、戦争が終わったら、ヒナやその姉妹機はどうなるのだろうか。


 何やら、自分は残酷なことをしているように思う。


 〇月〇日


 ヒナの姉妹機にあたる機体が、今日完成した。ヒナとは多少性格を変えてあり、こちらは落ち着いた仕様となっている。


 相変わらず戦況は芳しくないようだ。この姉妹機も、終戦の暁には廃棄されるだろうか。不思議そうな顔の機体を眺めつつ、そんなことを思った。


 〇月〇日


 戦争が終わったと、昼下がりに聞いた。

 真っ先に、ヒナと姉妹機のことを訊ねると、廃棄物保管所に送られるのだという。


 あまり時間はないらしい。


 〇月〇日


 ヒナを隠した。場所は記さない事にする。この日記を読んだ者が、ヒナを悪用しないとも限らない。ヒナの機能に関しては、バックアップとしてディスクを残し、ヒナからはその機能を削除した。これで、ヒナはただの人形となる。笑ったり、怒ったり、泣いたりするだけの……。


 もし、ヒナを見つけ、この日記を読む者があれば、ヒナをどうかよろしく頼みたい。“彼女”には何の罪悪もないのだから……。


 〇月〇日


 朝からヒナがいなくなったことで、研究所はパニックに陥っている。研究員は尋問にかけられているようだ。私の番も恐らく近い……。


 午後に姉妹機が一機行方知れずだという知らせを聞く。嫌な予感がする……。


「……これで終わりだな」


 以降の頁は破り去られ、何が記されていたのか、あるいは何も記されてなどいなかったのか……それは分からなかった。

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