思い出だけが生きる場所

綾崎暁都

プロローグ

 退屈な日常から逃れるために異世界が存在するなら、そのセカイに転生などして新しい生を満喫したいというのが、今のセカイを生きる多くの者にとっての夢であるだろう。

 ここでなら普通、生を「満喫」するではなく、生を「謳歌」するという言葉を使うのが適切なのかもしれない。でも、ぼくには「満喫」という言葉のほうがしっくりとくる。

 異世界に転生したいという欲求。これは食欲や性欲と同じ類いのものに感じる。喜び合うという精神的なものより、味わうというプリミティブな本能のようなものが勝っているように感じてしまう。

 だからこそ、ぼくにとって、みんなが想像している、夢を描いているような、そんな異世界をぼくは求めない。

 別に特別、高尚なものを求めているわけではない。ただ、ぼくにとっては、どうしてもチープなものに感じてしまう。

 でも、そんなぼく自身、とてもチープな存在だ。マンガやアニメでいうところの、モブキャラそのもの。特に誰にとっても印象に残らない。そんな存在、のはずだ。

 いや、こんなことを考える自分自身に、本当に嫌になる。だって、自分は自分、他人は他人なのだから。いちいちそんなことを気にするほうが、本当に馬鹿らしい。

 話を戻すと、つまり何が言いたいのかと言うと、退屈な今の現実から別のセカイへと逃げ出したい。でもそれは、みんなが求めているファンタジーのセカイというよりも、もっと現実的で別の何か。現実セカイと似たパラレルワールドと言い換えてもいいかもしれない。そんな何かをぼくは求めている。

 自分のことを懐古主義やら中二病などとは言いたくない。別にぼくは自分のことを懐古主義だと思ったことは一度もないし、中二病なんてものは、誰しも抱えている宿命みたいなものだと考えている。だからぼくは、そんな当たり前なことを、みんなが表面上忌み嫌う、今生きているこのセカイから逃げ出したいのだ。みんなだって、本当はそう思っているはずだ。

 だからと言って、自分に都合の良いセカイというのも、どこか気に食わない。ただ、今の現実セカイを少しだけ、自分が望む方向に変えてくれるだけで、本当はそれぐらいで充分なのだ。

 簡単に攻略出来るセカイではつまらない。簡単には思い通りにはならないもの。それなくして、本当の生きがいとは呼べない。

 だからこそ、自分にとっての思い通りにならないもの。その対象をぼくは必要としていた。それが一体何なのか、最初は分からなかった。でも、いろいろ試してみるうちに、それが段々と形となっていき、やがて人の形へとはっきり見えるようになっていった。髪の長い少女の後ろ姿に。その後ろ姿を、ぼくは今、追い求めている。

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